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最終話 百年の愛
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金色の髪で空のように真っ青な瞳の最愛は、本当の父親のところへ行きました。
一度目のときは、二十歳からアンリを愛して四十五年。
二度目のときは、十八歳から彼を待っていて四十七年。
三度目のときは、十八歳からあの子が六歳になるまでの八年。
偽りの母親は百年目でお仕舞いです。
最初から陛下にすべてを明かしてアンリと出会わない人生は、選ぶことは出来ませんでした。
二度目のときにデジール様の素行を調査して、あの方には任せられないと思ったのです。
アンリの実の父親は一度目のときも二度目のときも早くに亡くなっていました。
一度目のときは確認しようがありませんが、二度目のときはデジール様に殺されていたのです。
卒業式のときの奇跡の演奏に囚われてお酒と麻薬に溺れていたあの方を心配して訪ねたアンリの父親は、下宿の階段から突き落とされて墜落死したということです。表向きは事故死として処理されていました。……一度目のときもそうだったのではないでしょうか。
アンリの母親であるデジール様を悪い女性だ、愚かな女性だ、と決めつけたくはありません。
それでもあの方は間違っていたと言わずにはいられません。
だってアンリを陛下に任せると決めたのはデジール様なのですもの。あの方ご自身が手放したのですから、私が偽りの母親を享受しても良いではありませんか。
ええ、ええ、ただの言い訳です。
私があの子の母親でいたかっただけなのです。
アンリ愛しさに陛下を弑してしまおうかと考えたことすらあります。陛下さえいなければアンリを罰する存在はいません。大公ならアンリの数奇な運命を憐れんで、継承権の無い元王子として市井で暮らすことを許してくれるでしょう。
だけど……二度目のときに実の母親の罪で処刑されたからこそ、偽りの母親の罪にあの子を巻き込むことは出来ませんでした。
六歳で実の父親のところへ行かせたのは、七歳になると王族としてのお披露目があるからです。
たとえ成人前であの子に罪が無いとされていても王子として顔を知らしめた後では、だれにどう利用されるかわかりません。私にとってキリの良い百年が、あの子とともに過ごせる期間の限界だったのは不思議な偶然です。
一度目のアンリと二度目のアンリと三度目のアンリが、同じなのか別人なのかだなんて考えるのはもうやめました。
あの子は私の最愛です。
百年だけ母親として愛することを許された、大切な大切な王子様なのです。それがすべて。私の百年のすべてです。
「……バルバラ」
「はい、陛下」
今回の陛下は、それなりに父親としてアンリに接してくださいました。
なぜかデジール様に会いに行っても、誘われるまま麻薬を嗜んだりはなさらなかったようです。
私とは白い結婚です。初夜に夫婦の営みはお断りいたしました。毒を飲まない健康な体で、全力でアンリを育てたかったからです。
これからはどうしましょう。
アンリのいなくなった王宮は、どんなに侍女や侍従、近衛騎士達がいても空っぽに思えます。
今回なら陛下が愛人を作っても子どもは出来るはずです。
前より陛下と大公の関係が良好な気がするので、円満に譲位をしていただいて、お好きな芸術に満たされた余生を送っていただいても良いかもしれません。私は離縁して公爵家へ戻り、ときどきアンリの様子を覗きに行けたら素敵なのですが。
などと考えていましたら――
「君は、君もオギュストを好きだったのか?」
「……だれですか、それは」
「アンリの父親だ!」
「あ、そうでしたね」
二度目のときも今回のこれまでも、アンリを託すに足る人間かということは調べていたのですが、彼本人には興味がなかったので名前を言われても実感がありませんでした。
「卒業式の合奏の後で見つめていたし、アンリを託しても大丈夫な人間だと私を説得したではないか。……彼はなにも知らない、王家を乗っ取ろうとしていたのではないと、みなに語っていたではないか。あの男が『特別』だったからではないのか?」
「私の『特別』はアンリです。オギュスト? のことはアンリの父親として認められるかどうかを調査して為人を知っただけです」
合奏の後で見つめていたのはアンリとの相似を確認するためと……昔の陛下との記憶を思い出したからもありましたっけ。
「ならどうして! オギュストを愛していないのなら、どうしてアンリを愛することが出来たのだ。私の子どもだったとしても、君の子どもではないのだぞ!」
そのとき、金色の髪を揺らす風のように私の心を過ぎった声がありました。
――この子はアンリ。デジールが産んだ私の子だ。君にはこの子を自分の子どもとして育ててもらいたい。この子を愛してやって欲しいんだ。
「陛下がおっしゃったからです」
「……」
「貴方が、愛せ、と私におっしゃったのです。……ありがとうございます、陛下。あの子を愛して、私は幸せでございました」
陛下はしばらく黙りこくってから、私におっしゃいました。
「なら、今度は私を愛して欲しい」
「陛下?」
「昔のようにマティユと、名前で呼んで欲しい。デジールに裏切られたことは辛かったけれど、私もアンリを愛しいと思っていた。バルバラ……私は君と本当の夫婦になりたい。本当の家族になりたい。大公に……異母兄上に聞いたのだ、母は彼に無茶な頼みごとをするくらい私を愛していたのだと。私は母の『特別』だったのだと」
そこまで言って、陛下は泣きじゃくり始めました。
いいえ、以前のようにマティユ様とお呼びしなくてはいけないのでしたね。
以前……もう遠い遠い昔のことですね。
「私はずっと『特別』になりたかった。だれかの大切なたったひとりに。天才のデジールと一緒にいれば『特別』になれると思って……結局私は彼女を利用していただけだったのかもしれない。恋などではなかったのだ」
どう答えたら良いかわからなくて、私は泣いているマティユ様の背中をさすりました。
心の中では首を横に振っています。
利用していたのは事実かもしれませんが、恋でなかったなんてあり得ません。最愛の婚約者が心底彼女を想っているのだとわかったから、学園時代の私は……
「どこへも行かないでくれ、バルバラ。ずっと私の側にいて欲しいんだ」
「……ええ、側におりますわ。ですので立派な国王陛下になってくださいませね、マティユ様」
百年以上前の恋心を思い出せるかどうかはわかりません。
でも立派な国王になってくださるのなら、このまま王妃としてマティユ様を支え続けたいと思っています。
だってこの王国にはアンリが暮らしているのですもの。あの子が住む国に波風を立てるわけにはいきません。
金色の髪で空のように真っ青な瞳の王子様は、百年間もこれからも私の最愛なのです。
一度目のときは、二十歳からアンリを愛して四十五年。
二度目のときは、十八歳から彼を待っていて四十七年。
三度目のときは、十八歳からあの子が六歳になるまでの八年。
偽りの母親は百年目でお仕舞いです。
最初から陛下にすべてを明かしてアンリと出会わない人生は、選ぶことは出来ませんでした。
二度目のときにデジール様の素行を調査して、あの方には任せられないと思ったのです。
アンリの実の父親は一度目のときも二度目のときも早くに亡くなっていました。
一度目のときは確認しようがありませんが、二度目のときはデジール様に殺されていたのです。
卒業式のときの奇跡の演奏に囚われてお酒と麻薬に溺れていたあの方を心配して訪ねたアンリの父親は、下宿の階段から突き落とされて墜落死したということです。表向きは事故死として処理されていました。……一度目のときもそうだったのではないでしょうか。
アンリの母親であるデジール様を悪い女性だ、愚かな女性だ、と決めつけたくはありません。
それでもあの方は間違っていたと言わずにはいられません。
だってアンリを陛下に任せると決めたのはデジール様なのですもの。あの方ご自身が手放したのですから、私が偽りの母親を享受しても良いではありませんか。
ええ、ええ、ただの言い訳です。
私があの子の母親でいたかっただけなのです。
アンリ愛しさに陛下を弑してしまおうかと考えたことすらあります。陛下さえいなければアンリを罰する存在はいません。大公ならアンリの数奇な運命を憐れんで、継承権の無い元王子として市井で暮らすことを許してくれるでしょう。
だけど……二度目のときに実の母親の罪で処刑されたからこそ、偽りの母親の罪にあの子を巻き込むことは出来ませんでした。
六歳で実の父親のところへ行かせたのは、七歳になると王族としてのお披露目があるからです。
たとえ成人前であの子に罪が無いとされていても王子として顔を知らしめた後では、だれにどう利用されるかわかりません。私にとってキリの良い百年が、あの子とともに過ごせる期間の限界だったのは不思議な偶然です。
一度目のアンリと二度目のアンリと三度目のアンリが、同じなのか別人なのかだなんて考えるのはもうやめました。
あの子は私の最愛です。
百年だけ母親として愛することを許された、大切な大切な王子様なのです。それがすべて。私の百年のすべてです。
「……バルバラ」
「はい、陛下」
今回の陛下は、それなりに父親としてアンリに接してくださいました。
なぜかデジール様に会いに行っても、誘われるまま麻薬を嗜んだりはなさらなかったようです。
私とは白い結婚です。初夜に夫婦の営みはお断りいたしました。毒を飲まない健康な体で、全力でアンリを育てたかったからです。
これからはどうしましょう。
アンリのいなくなった王宮は、どんなに侍女や侍従、近衛騎士達がいても空っぽに思えます。
今回なら陛下が愛人を作っても子どもは出来るはずです。
前より陛下と大公の関係が良好な気がするので、円満に譲位をしていただいて、お好きな芸術に満たされた余生を送っていただいても良いかもしれません。私は離縁して公爵家へ戻り、ときどきアンリの様子を覗きに行けたら素敵なのですが。
などと考えていましたら――
「君は、君もオギュストを好きだったのか?」
「……だれですか、それは」
「アンリの父親だ!」
「あ、そうでしたね」
二度目のときも今回のこれまでも、アンリを託すに足る人間かということは調べていたのですが、彼本人には興味がなかったので名前を言われても実感がありませんでした。
「卒業式の合奏の後で見つめていたし、アンリを託しても大丈夫な人間だと私を説得したではないか。……彼はなにも知らない、王家を乗っ取ろうとしていたのではないと、みなに語っていたではないか。あの男が『特別』だったからではないのか?」
「私の『特別』はアンリです。オギュスト? のことはアンリの父親として認められるかどうかを調査して為人を知っただけです」
合奏の後で見つめていたのはアンリとの相似を確認するためと……昔の陛下との記憶を思い出したからもありましたっけ。
「ならどうして! オギュストを愛していないのなら、どうしてアンリを愛することが出来たのだ。私の子どもだったとしても、君の子どもではないのだぞ!」
そのとき、金色の髪を揺らす風のように私の心を過ぎった声がありました。
――この子はアンリ。デジールが産んだ私の子だ。君にはこの子を自分の子どもとして育ててもらいたい。この子を愛してやって欲しいんだ。
「陛下がおっしゃったからです」
「……」
「貴方が、愛せ、と私におっしゃったのです。……ありがとうございます、陛下。あの子を愛して、私は幸せでございました」
陛下はしばらく黙りこくってから、私におっしゃいました。
「なら、今度は私を愛して欲しい」
「陛下?」
「昔のようにマティユと、名前で呼んで欲しい。デジールに裏切られたことは辛かったけれど、私もアンリを愛しいと思っていた。バルバラ……私は君と本当の夫婦になりたい。本当の家族になりたい。大公に……異母兄上に聞いたのだ、母は彼に無茶な頼みごとをするくらい私を愛していたのだと。私は母の『特別』だったのだと」
そこまで言って、陛下は泣きじゃくり始めました。
いいえ、以前のようにマティユ様とお呼びしなくてはいけないのでしたね。
以前……もう遠い遠い昔のことですね。
「私はずっと『特別』になりたかった。だれかの大切なたったひとりに。天才のデジールと一緒にいれば『特別』になれると思って……結局私は彼女を利用していただけだったのかもしれない。恋などではなかったのだ」
どう答えたら良いかわからなくて、私は泣いているマティユ様の背中をさすりました。
心の中では首を横に振っています。
利用していたのは事実かもしれませんが、恋でなかったなんてあり得ません。最愛の婚約者が心底彼女を想っているのだとわかったから、学園時代の私は……
「どこへも行かないでくれ、バルバラ。ずっと私の側にいて欲しいんだ」
「……ええ、側におりますわ。ですので立派な国王陛下になってくださいませね、マティユ様」
百年以上前の恋心を思い出せるかどうかはわかりません。
でも立派な国王になってくださるのなら、このまま王妃としてマティユ様を支え続けたいと思っています。
だってこの王国にはアンリが暮らしているのですもの。あの子が住む国に波風を立てるわけにはいきません。
金色の髪で空のように真っ青な瞳の王子様は、百年間もこれからも私の最愛なのです。
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