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第一話 始まり
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金色の髪で空のように真っ青な瞳の王子様は、私の最愛でした。
公爵令嬢の私バルバラと王太子のマティユ様は幼いころから仲が良く、早くに結ばれた婚約も政略だけのものではありませんでした。
……少なくとも私はそう思っていました。
殿下と呼ばれるのは堅苦しいからと、普通の貴族同士の婚約者のように名前で呼ぶことを許されて、王宮で一緒に勉強した後の自由時間で芸術好きな彼が描く絵の題材にしていただけることを幸せだと感じていました。空のように真っ青な瞳で紙面を見つめて筆を走らせるマティユ様の金色の髪が、窓からの風に揺れているのを見るのが大好きでした。
私達ふたりの関係の崩壊が始まったのは、この王国の貴族子女と裕福な平民の通う学園に入学したときでした。
いつもは学園の中庭で開催される入学式が講堂でおこなわれて、特待生のデジール様が壇上で鍵盤楽器を奏でました。
その見事な演奏をお聞きになって、マティユ様は彼女に夢中になったのです。
王太子という立場上、マティユ様は学園の芸術科への所属は許されませんでした。
それでも彼は芸術科の校舎へ足繁く通って、デジール様との関係を深められたのです。
芸術好きなマティユ様は弦楽器が得意でいらっしゃいました。芸術科の校舎からは、デジール様の鍵盤楽器と合奏なさるマティユ様の旋律がよく聞こえてきました。
デジール様は孤児院出身の平民でした。
にもかかわらず貴族が通う学園の芸術科特待生に選ばれたのです。
彼女の才能を見抜いて下町の神殿で鍵盤楽器の演奏を教えた神官は、慧眼だったといえるでしょう。
私達と同い年だったデジール様は学園の卒業式でも演奏をなさいました。
彼女は芸術科の首席だったのです。
本当は次席の卒業生と合奏する予定だったのですが、相手が彼女との才能の差を暴かれるのを嫌がって拒んだので、名前も聞いたことのない卒業生と合奏なさいました。
正直なところ、最初はマティユ様との合奏のほうが素晴らしかったと思いました。
弦楽器の卒業生は明らかに、押し付けられた役目を歓迎していなかったのです。
優しく寄り添い合っていたマティユ様との合奏とは違い、卒業式の合奏は殴り合いから始まりました。
デジール様は帝国の音楽大学への入学が決まっていました。
帝国から嫁いでいらした皇女殿下が母君のマティユ様の口添えがなかったとは言いません。
でもデジール様の実力がなければ認められなかったでしょう。音楽大学のある町は芸術の都と呼ばれていました。音楽大学に通っているのが権力者のお気に入りだけだったとしたら、そう呼ばれることはなかったに違いありません。
弦楽器を演奏する卒業生は商家の生まれで、実家にお金はあるものの、音楽大学に入学を許されるほどの才能はなかったという話でした。
だから、音楽大学への入学や演奏家としての未来が決まっているほかの卒業生が逃げた後で合奏相手を押しつけられてしまったのです。
デジール様との才能の差を暴かれて恥をかいたとしても、もう音楽とは無縁の暮らしになるのだから良いではないか、と。
周囲がはっきりとそう言って押しつけたのではないでしょう。
でも本人が一番わかっていたに違いありません。
そして決意したのでしょう。自分では彼女の才能には勝てない、そもそもこうして演奏すること自体が最後になるかもしれない、ならばせめて一矢を報いてやろう、と。
殴り合いで始まった合奏は、猫の喧嘩のようにぐるぐると回りながらの睨み合いとなり、不満げな怒鳴り合いを経て──奇跡の旋律を生み出しました。
演奏が終わったとき、最初に立ち上がって拍手と喝采を送ったのはマティユ様でした。
もちろん私も彼に続きました。
私達ふたりに遅れてほかの卒業生や在校生も立ち上がり、講堂は建物を揺るがすほどの拍手喝采に包まれました。
楽器のある壇上のデジール様がマティユ様に微笑みを送っていました。
マティユ様も彼女に笑みを返しています。
けれど私は嫉妬を感じることはありませんでした。ふたりがただの天才演奏家と信奉者でないことは知っています。デジール様はマティユ様を『マティユ』と呼び捨てにしていて、ふたりは隠れて抱き合い口付けを交わす仲なのです。
だけどマティユ様の婚約者は私です。
破棄も解消も白紙撤回も望まれたことはありません。
それは、学園卒業の数ヶ月前に国王陛下ご夫妻が事故に遭われてお亡くなりになられたせいもあるでしょう。マティユ様が即位するためには私の実家の後ろ盾が必要なのです。
亡き国王陛下ご夫妻にはマティユ様以外に子どもはいませんでした。
陛下には年齢の離れた異母弟がいらっしゃったのですが、大公殿下となられたその方は先王陛下のお子様にしては誕生時期がおかしいと言われています。
母君が身分の低い男爵令嬢だったこともあって、大公のジャン殿下の即位はだれにも望まれていないのです。
マティユ様とデジール様の関係は、学園の卒業で終わりとなります。
私と結婚した後もマティユ様は彼女を想い続けるかもしれません。
とはいえ、こんな奇跡のような演奏をする天才なのです。忘れられるわけがありません。私ともマティユ様とも違う世界の人間なのだから、想いを残していても仕方がないと割り切ることが出来るでしょう。
私とマティユ様はこれからも同じ世界で人生を紡いでいくのです。
いつかはデジール様の煌めきも薄れて、隣にいる私を思い出してくださることでしょう。
──そう考えていたのです、このときは。
公爵令嬢の私バルバラと王太子のマティユ様は幼いころから仲が良く、早くに結ばれた婚約も政略だけのものではありませんでした。
……少なくとも私はそう思っていました。
殿下と呼ばれるのは堅苦しいからと、普通の貴族同士の婚約者のように名前で呼ぶことを許されて、王宮で一緒に勉強した後の自由時間で芸術好きな彼が描く絵の題材にしていただけることを幸せだと感じていました。空のように真っ青な瞳で紙面を見つめて筆を走らせるマティユ様の金色の髪が、窓からの風に揺れているのを見るのが大好きでした。
私達ふたりの関係の崩壊が始まったのは、この王国の貴族子女と裕福な平民の通う学園に入学したときでした。
いつもは学園の中庭で開催される入学式が講堂でおこなわれて、特待生のデジール様が壇上で鍵盤楽器を奏でました。
その見事な演奏をお聞きになって、マティユ様は彼女に夢中になったのです。
王太子という立場上、マティユ様は学園の芸術科への所属は許されませんでした。
それでも彼は芸術科の校舎へ足繁く通って、デジール様との関係を深められたのです。
芸術好きなマティユ様は弦楽器が得意でいらっしゃいました。芸術科の校舎からは、デジール様の鍵盤楽器と合奏なさるマティユ様の旋律がよく聞こえてきました。
デジール様は孤児院出身の平民でした。
にもかかわらず貴族が通う学園の芸術科特待生に選ばれたのです。
彼女の才能を見抜いて下町の神殿で鍵盤楽器の演奏を教えた神官は、慧眼だったといえるでしょう。
私達と同い年だったデジール様は学園の卒業式でも演奏をなさいました。
彼女は芸術科の首席だったのです。
本当は次席の卒業生と合奏する予定だったのですが、相手が彼女との才能の差を暴かれるのを嫌がって拒んだので、名前も聞いたことのない卒業生と合奏なさいました。
正直なところ、最初はマティユ様との合奏のほうが素晴らしかったと思いました。
弦楽器の卒業生は明らかに、押し付けられた役目を歓迎していなかったのです。
優しく寄り添い合っていたマティユ様との合奏とは違い、卒業式の合奏は殴り合いから始まりました。
デジール様は帝国の音楽大学への入学が決まっていました。
帝国から嫁いでいらした皇女殿下が母君のマティユ様の口添えがなかったとは言いません。
でもデジール様の実力がなければ認められなかったでしょう。音楽大学のある町は芸術の都と呼ばれていました。音楽大学に通っているのが権力者のお気に入りだけだったとしたら、そう呼ばれることはなかったに違いありません。
弦楽器を演奏する卒業生は商家の生まれで、実家にお金はあるものの、音楽大学に入学を許されるほどの才能はなかったという話でした。
だから、音楽大学への入学や演奏家としての未来が決まっているほかの卒業生が逃げた後で合奏相手を押しつけられてしまったのです。
デジール様との才能の差を暴かれて恥をかいたとしても、もう音楽とは無縁の暮らしになるのだから良いではないか、と。
周囲がはっきりとそう言って押しつけたのではないでしょう。
でも本人が一番わかっていたに違いありません。
そして決意したのでしょう。自分では彼女の才能には勝てない、そもそもこうして演奏すること自体が最後になるかもしれない、ならばせめて一矢を報いてやろう、と。
殴り合いで始まった合奏は、猫の喧嘩のようにぐるぐると回りながらの睨み合いとなり、不満げな怒鳴り合いを経て──奇跡の旋律を生み出しました。
演奏が終わったとき、最初に立ち上がって拍手と喝采を送ったのはマティユ様でした。
もちろん私も彼に続きました。
私達ふたりに遅れてほかの卒業生や在校生も立ち上がり、講堂は建物を揺るがすほどの拍手喝采に包まれました。
楽器のある壇上のデジール様がマティユ様に微笑みを送っていました。
マティユ様も彼女に笑みを返しています。
けれど私は嫉妬を感じることはありませんでした。ふたりがただの天才演奏家と信奉者でないことは知っています。デジール様はマティユ様を『マティユ』と呼び捨てにしていて、ふたりは隠れて抱き合い口付けを交わす仲なのです。
だけどマティユ様の婚約者は私です。
破棄も解消も白紙撤回も望まれたことはありません。
それは、学園卒業の数ヶ月前に国王陛下ご夫妻が事故に遭われてお亡くなりになられたせいもあるでしょう。マティユ様が即位するためには私の実家の後ろ盾が必要なのです。
亡き国王陛下ご夫妻にはマティユ様以外に子どもはいませんでした。
陛下には年齢の離れた異母弟がいらっしゃったのですが、大公殿下となられたその方は先王陛下のお子様にしては誕生時期がおかしいと言われています。
母君が身分の低い男爵令嬢だったこともあって、大公のジャン殿下の即位はだれにも望まれていないのです。
マティユ様とデジール様の関係は、学園の卒業で終わりとなります。
私と結婚した後もマティユ様は彼女を想い続けるかもしれません。
とはいえ、こんな奇跡のような演奏をする天才なのです。忘れられるわけがありません。私ともマティユ様とも違う世界の人間なのだから、想いを残していても仕方がないと割り切ることが出来るでしょう。
私とマティユ様はこれからも同じ世界で人生を紡いでいくのです。
いつかはデジール様の煌めきも薄れて、隣にいる私を思い出してくださることでしょう。
──そう考えていたのです、このときは。
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