百年の愛

豆狸

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第二話 後悔

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 卒業してから半年の準備期間を経て、私はマティユ様の即位と同時に結婚いたしました。

 それから一年が過ぎたころだったでしょうか。
 私は月のものの周期が乱れて体調を崩し、何日か公務を離れて寝込んでいました。
 王宮医によると多忙と緊張が原因ということなので、すぐに元気になれるものだと信じて療養していたのです。医師の複雑そうな表情は気になりましたが、私に懐妊でなかったことを告げるのが辛かっただけなのだろうと思っていました。

 王妃の部屋で休んでいたら、侍女がマティユ様の訪問を報告してくれました。
 若くして国王となったマティユ様は王妃である私以上に多忙な生活を送っていらっしゃいます。
 体調を崩して負担をおかけしているのにお見舞いに来てくださるなんて……嬉しくて心臓が飛び跳ねていた私は、侍女の憐れむような視線に気づきませんでした。

「バルバラ」
「マティユさ……ま?」

 彼は赤ん坊を抱いていました。
 金色の髪で、小さな瞳は空のように真っ青です。
 生まれてから三ヶ月以上は経っているように見えます。首が座っているからです。マティユ様との子どもを夢見て調べていたので、少しは赤ん坊のこともわかるのです。

 マティユ様はおっしゃいました。

「この子はアンリ。デジールが産んだ私の子だ。君にはこの子を自分の子どもとして育ててもらいたい。この子を愛してやって欲しいんだ」

☆ ☆ ☆ ☆ ☆

 の私は毒を飲んで自害を図りました。
 ある事情から毒の効果が阻害されて命は助かったのですが、しばらく意識は戻りませんでした。
 そして意識が戻ったとき、すべては終わっていました。

 マティユ様は赤ん坊アンリを殺して、ご自身も後を追っていたのです。

「どうして……」

 寝台で体を起こした私が尋ねると、公爵家を継いだ兄が教えてくれました。
 死にかけた私は実家に戻されていたのです。
 夫のマティユ様が亡くなったので王宮へ行くことはもうないでしょう。

「あのデジールという女が死んだからかもしれない」
「デジール様が、なぜ?」
「酒の飲み過ぎらしい。音楽大学に入学してからの彼女は才能が枯渇したと噂されていた。演奏から精彩が失われていたそうだ。それで酒に溺れて……最近では大学にも顔を出さなくなり、下宿先に引き籠っていたという」
「……」

 下宿に引き籠っていたのはあの子を出産するためでしょう。
 妊娠期間を考えると、彼女が身籠ったのは卒業式の辺りです。
 あの奇跡のような演奏を聞いたマティユ様はとても興奮していらっしゃいました。卒業式の後で彼女のもとへ駆けつけて、情熱のままに体を重ねていたとしてもおかしくはありません。デジール様は予期せぬ妊娠による体調不良で、これまでのような演奏が難しくなったのでしょう。

「私が……」
「バルバラ?」
「私が悪いのです。私が受け入れていれば……あの子が嫌いだったわけではないのです。金色の髪も空のように真っ青な瞳もマティユ様と同じで、愛しくて……でも愛しければ愛しいほど怖くなったのです。いつか憎んでしまうのではないかと、憎んで傷つけてしまうのではないかと……愛しいマティユ様のお子様を殺すくらいなら私が、私が死んでしまえば良いのだと思ったのに……」
「君が罪悪感を覚える必要はないよ、悪いのは陛下だ」
「お兄様……」

 兄は苦し気な顔で教えてくれました。
 私が飲んだ毒の効果を阻害したのは、マティユ様が私に飲ませていた避妊薬の毒性なのだと。
 多忙なマティユ様と私は月に一度だけ夫婦の営みをしていました。その際私の体に負担をかけないようにと、マティユ様が勧めてくださっていたお酒の中に避妊薬が入っていたそうなのです。死毒の効果を阻害するほどの毒性を持っていた避妊薬は体に良いものではなく、今回死にかけなくても私は子どもを望むことは出来なくなっていたそうです。

 私を診断した王宮医はわかっていたのでしょう。
 わかっていても国王であるマティユ様の命とあれば打ち明けられるはずがありません。
 侍女だって……結婚に際してマティユ様は、私の侍女を一新しました。王宮で王妃付きだった侍女は全員もとから王宮勤めだった人間で、公爵家から来たものはいませんでした。国王との子どもを待ち望み育児書を集めていた憐れな王妃を、彼女達はどんな気持ちで見つめていたのでしょう。

 すべてはあの子のために……デジール様の産んだ子どもを正式な跡取りにするために、マティユ様は私が子どもを産めないようにしたのです。

「……ふふふ、なんて愚かなのでしょう」
「バルバラ……」

 私は愚か者です。
 マティユ様に少しも愛されていないと気づいていなかったことだけではありません。
 あの子が愛しいのです。金色の髪に空のように真っ青な瞳の赤ん坊アンリが。こんなことになるのなら抱き締めれば良かった、いつか芽生えたかもしれない憎悪から逃げるのではなく立ち向かえば良かった、あの子を愛せば……愛したかったと思わずにはいられないのです。

 私が意識不明でなければ、デジール様の訃報に苦しむ陛下を止められたかもしれません。
 あの子だけでも助けられたかもしれません。
 短絡的に死を選ぶのではなかったと、私は心から後悔したのです。
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