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第三話 赤い瞳
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公爵家の優秀な侍医のおかげで、しばらくすると私は寝台から出られるようになりました。
もう政略結婚の道具にもなり得ない私は、兄に当主の座を譲って引退した両親と暮らしながら、古い装飾品を集めて売る商売を始めました。
お金に困っているわけではありません。子どものころ、おとぎ話で聞いたことがあったのです。時間を戻してくれる不思議な装飾品のことを。
十八歳で学園を卒業して、十九歳で自殺未遂をして、ニ十歳から動き始めて四十五年。
両親と兄を喪って甥や姪に孫が生まれるころ、私はそれを見つけ出しました。
おとぎ話に出て来た通りの絡み合った金と銀の蛇の指輪です。
金の蛇の瞳は赤い宝石で銀の蛇の瞳はあの子と同じ色の青い宝石。使えるのは二回だけ、時間が戻ると瞳の宝石は色を失ってしまいます。
私は指輪をつけて祈りました。
時間が戻りますように。今度はあの子を愛せますように。
どうか、どうか、どうか──時間は戻りませんでした、私が寿命を迎えるまでは。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
優しい甥や姪とその家族に囲まれて大往生した私は、耳が痛くなるほどの拍手の中で意識を取り戻しました。毒を飲んだり飲まされたりしたにもかかわらず、随分と長生きしたものです。
私がいるのは懐かしい学園の講堂でした。
隣のマティユ様は立ち上がり、壇上のデジール様と視線を交わし合っています。
講堂にいる人間で立ち上がっていないのは私だけのようでした。
マティユ様とデジール様はおそらく今夜結ばれて、一年と半年が過ぎたらあの子が私のもとへやって来ます。
今度は喜んで受け入れましょう。
ああ、でもデジール様がお亡くなりになってマティユ様が自暴自棄になったりしないように、なにか対策を取らなくてはいけませんね。
王宮へ嫁いだときの侍女と夫婦の営みのときの毒についてはどうしましょうか。
飲むのを拒んだら、マティユ様は私を疑ってあの子を任せてくれないかもしれません。
前のときのように長生き出来るのなら良いけれど、避妊薬の毒性だけが蓄積されるのは身体に悪いでしょう。実際あの子が来たころは体調が崩れていたのだし……
思いながら視線を下ろすと、今の時間には手に入れていなかったはずの蛇の指輪がありました。
おとぎ話でもそうでした。
金の蛇の赤い宝石は色を失っています。だけど銀の蛇の青い宝石、あの子と同じ色の瞳は変わらず輝いています。自分の口元が綻んだのがわかりました。
「……バルバラ」
「はい?」
「君は立ち上がらないのだな。今の演奏に感動しなかったのか?」
考え込んでいたら、マティユ様が睨みつけてきました。
素晴らしい演奏だったのは確かですが、私にとっては四十五年以上前の遠い記憶です。意識が戻ったのは演奏が終わった後なのですから。
でもデジール様に敵意があると思われたら、あの子を任せてもらえないかもしれません。
「感動のあまり動けなかったのです、殿下」
「……」
これまでのように名前でお呼びしていたら、デジール様に嫉妬しそうだと思われてしまうかもしれません。
これからは殿下とお呼びすることにしましょう。
結婚したら陛下です。
怪訝そうに見られたので、適当な話題を探してデジール様のいらっしゃる壇上へ視線を移します。
視線を下げてはいけません。
さっきまで無かった指輪に気づかれては面倒です。
「あら」
「どうしたんだ?」
「……昔、殿下が私の絵を描いてくださっていたときのことを思い出しただけですわ」
「は? どうして今……」
前のときはデジール様と合奏をした弦楽器の卒業生の髪を茶色だと思っていたのですけれど、どうやら違うようです。
講堂の窓から差し込む光に照らされた彼の髪は金色に煌めいていたのです。
色の濃い金髪だったのですね。そういえば、彼はこの演奏がきっかけで音楽大学への特別入学を許されたと聞きました。今度もそうなるのでしょうか。
私の視線を辿った殿下が彼を見て、不思議そうに首を傾げました。
殿下も彼の髪を茶色だと思っていたのかもしれません。
もっともそれは一瞬のことで、殿下の視線はすぐにデジール様へと移りました。
──陛下と結婚した初夜で、私は勧められるまま避妊薬入りのお酒を飲みました。下手に言葉を弄するよりも、そのほうが信頼されると思ったのです。
もう政略結婚の道具にもなり得ない私は、兄に当主の座を譲って引退した両親と暮らしながら、古い装飾品を集めて売る商売を始めました。
お金に困っているわけではありません。子どものころ、おとぎ話で聞いたことがあったのです。時間を戻してくれる不思議な装飾品のことを。
十八歳で学園を卒業して、十九歳で自殺未遂をして、ニ十歳から動き始めて四十五年。
両親と兄を喪って甥や姪に孫が生まれるころ、私はそれを見つけ出しました。
おとぎ話に出て来た通りの絡み合った金と銀の蛇の指輪です。
金の蛇の瞳は赤い宝石で銀の蛇の瞳はあの子と同じ色の青い宝石。使えるのは二回だけ、時間が戻ると瞳の宝石は色を失ってしまいます。
私は指輪をつけて祈りました。
時間が戻りますように。今度はあの子を愛せますように。
どうか、どうか、どうか──時間は戻りませんでした、私が寿命を迎えるまでは。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
優しい甥や姪とその家族に囲まれて大往生した私は、耳が痛くなるほどの拍手の中で意識を取り戻しました。毒を飲んだり飲まされたりしたにもかかわらず、随分と長生きしたものです。
私がいるのは懐かしい学園の講堂でした。
隣のマティユ様は立ち上がり、壇上のデジール様と視線を交わし合っています。
講堂にいる人間で立ち上がっていないのは私だけのようでした。
マティユ様とデジール様はおそらく今夜結ばれて、一年と半年が過ぎたらあの子が私のもとへやって来ます。
今度は喜んで受け入れましょう。
ああ、でもデジール様がお亡くなりになってマティユ様が自暴自棄になったりしないように、なにか対策を取らなくてはいけませんね。
王宮へ嫁いだときの侍女と夫婦の営みのときの毒についてはどうしましょうか。
飲むのを拒んだら、マティユ様は私を疑ってあの子を任せてくれないかもしれません。
前のときのように長生き出来るのなら良いけれど、避妊薬の毒性だけが蓄積されるのは身体に悪いでしょう。実際あの子が来たころは体調が崩れていたのだし……
思いながら視線を下ろすと、今の時間には手に入れていなかったはずの蛇の指輪がありました。
おとぎ話でもそうでした。
金の蛇の赤い宝石は色を失っています。だけど銀の蛇の青い宝石、あの子と同じ色の瞳は変わらず輝いています。自分の口元が綻んだのがわかりました。
「……バルバラ」
「はい?」
「君は立ち上がらないのだな。今の演奏に感動しなかったのか?」
考え込んでいたら、マティユ様が睨みつけてきました。
素晴らしい演奏だったのは確かですが、私にとっては四十五年以上前の遠い記憶です。意識が戻ったのは演奏が終わった後なのですから。
でもデジール様に敵意があると思われたら、あの子を任せてもらえないかもしれません。
「感動のあまり動けなかったのです、殿下」
「……」
これまでのように名前でお呼びしていたら、デジール様に嫉妬しそうだと思われてしまうかもしれません。
これからは殿下とお呼びすることにしましょう。
結婚したら陛下です。
怪訝そうに見られたので、適当な話題を探してデジール様のいらっしゃる壇上へ視線を移します。
視線を下げてはいけません。
さっきまで無かった指輪に気づかれては面倒です。
「あら」
「どうしたんだ?」
「……昔、殿下が私の絵を描いてくださっていたときのことを思い出しただけですわ」
「は? どうして今……」
前のときはデジール様と合奏をした弦楽器の卒業生の髪を茶色だと思っていたのですけれど、どうやら違うようです。
講堂の窓から差し込む光に照らされた彼の髪は金色に煌めいていたのです。
色の濃い金髪だったのですね。そういえば、彼はこの演奏がきっかけで音楽大学への特別入学を許されたと聞きました。今度もそうなるのでしょうか。
私の視線を辿った殿下が彼を見て、不思議そうに首を傾げました。
殿下も彼の髪を茶色だと思っていたのかもしれません。
もっともそれは一瞬のことで、殿下の視線はすぐにデジール様へと移りました。
──陛下と結婚した初夜で、私は勧められるまま避妊薬入りのお酒を飲みました。下手に言葉を弄するよりも、そのほうが信頼されると思ったのです。
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