百年の愛

豆狸

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第四話 金色の髪

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「かか様ぁー!」

 可愛いアンリは五歳になりました。
 私は二十四歳です。
 アンリが来たのを機に、私は陛下との夫婦の営みをお断りしました。避妊薬を飲み続けて毒性が蓄積していったら、体が弱ってアンリを育てられなくなるかもしれませんものね。

「アンリ、なぁに?」

 王宮の中庭で中腰になって、私は走ってきたアンリと視線を合わせました。
 尋ねはしたものの、本当は彼に呼ばれた理由を知っています。
 アンリはさっきまで芸術の勉強……幼いのでまだお遊びの延長です……をしていて、その小さな手には丸められた紙が握られていたのですもの。

「かか様の絵、描いたよ!」

 陽光に照らされた金色の髪を煌めかせながら、アンリが紙を広げます。
 私の絵です。指にはちゃんと絡み合う蛇の指輪があります。
 もう二度とこの蛇達に願うことがありませんように。

「あらあら、上手ねえ。アンリはきっと絵描きさんになれるわよ」
「くふふ」

 見せられた絵から溢れ出る才能を感じるのは育ての母の欲目でしょうか。
 ……いつか本当のことを話したら、この子は私のことをどう思うのでしょう。
 デジール様を慕うのは当然ですけれど、生さぬ仲の私が母として愛し続けることを許してくれると嬉しいのですが。

「あ」

 私に絵を渡してくれた後で、アンリが中庭を囲む建物を見上げました。
 陛下の執務室がある方向です。
 彼は嬉しそうに両手を振ってから、悲しそうに項垂れました。

「窓にとと様見えたのに、気づいてもらえなかった」
「あら残念ね。夕食のときに母様が父様を怒ってあげましょうか」
「えーダメだよ。とと様はお仕事で忙しいんだもん」
「そうね」

 陛下は少しアンリに冷たいように見えます。
 いいえ、実際は私を疑っているからでしょう。
 アンリを可愛がることで私が嫉妬して、彼に嫌がらせをすると考えているのです。どんなに言葉を尽くしても、私がアンリを愛していることを納得してもらえるとは思えません。人間は嘘をつく生き物なのですもの。

「ねえアンリこの絵、母様がもらっても良くて?」
「うん! かか様にあげようと思って描いたんだもん! もらってくれたら嬉しい!」

 王宮に人が多いせいか、五歳にしては言葉が達者な気がします。
 成長は嬉しいものの、いつまでも子どもでいて欲しいと願うのは親の身勝手ですね。
 そういえば、昔の陛下にも私の絵を描いてもらったことがありましたっけ。芸術好きの陛下は絵の出来に満足出来なくて、私が欲しがってもくださいませんでした。

 もじもじしながらアンリが言います。

「今度はねえ、とと様の絵を描こうと思うの。とと様喜んでくれるかなあ」
「ええ、きっと大喜びしてくださるわ。父様はお仕事が忙しいだけで、本当はアンリのこと大好きなんですもの」

 アンリは髪と瞳の色以外、陛下には似ていません。
 きっとデジール様に似ているのでしょう。
 学園に在学中は所属している学科が違いますし、仲の良いおふたりを見て嫉妬に狂う自分も嫌だったので、あまり彼女を見ないようにしていました。

 だから彼女の髪の色も瞳の色も覚えていません。
 それで良かったと思います。
 どんなにアンリが可愛くても、デジール様の面影を見たら憎しみを覚えてしまうかもしれません。そんなことになったら……考えただけで体が恐怖で凍りつくような気がしました。

「くふふ」

 嬉しそうに笑って、アンリの空のように真っ青な瞳が私を映します。

「かか様は?」
「え?」
「かか様は僕のこと好き?」
「ええ、大好きよ」
「くふふー」
「貴方が緑のお野菜をいっぱい食べられるようになったら、きっともっともっと好きになるわ」
「ぐぬぬー」

 アンリは葉野菜が苦手なのです。
 一度目で毒の後遺症に苦しんでいたとき、公爵家の侍医が野菜は体に良いと教えてくれました。
 だからアンリには葉野菜も根菜もたくさん食べて欲しいのです。そんなことを考えていたら、アンリが抱き着いてきました。

「……頑張って食べるー」
「偉いわ」

 アンリの金色の髪を撫でながら、私は思っていました。
 陛下にお願いして、アンリとデジール様を会わせてもらおうと。
 もちろんすぐではありません。アンリがもう少し大きくなってからです。実母のデジール様の前ならば、陛下もだれ憚ることなくアンリを愛おしむことが出来るでしょう。

 今度の人生では、デジール様が生きていらっしゃいます。
 実家の父と兄にお願いして、帝国の音楽大学の教員に彼女に気を配るよう頼んでもらったのです。
 おかげで出産までは酒浸りにもならず、心なしか一度目よりも大きなアンリを産んでくださいました。

 ただ……兄が言っていました。
 芸術家の中には一度の成功を自分の到達点だと考えて、努力しなくなる人間がいると。
 努力しなくてもその到達点に居座れると自惚れて、自分が転がり落ちていることに気づいても努力を再開しようとはせず、成功の快感だけを求めて酒や麻薬に溺れる人間がいるのだと。

 デジール様はどうやらそちらの人間のようです。
 一度目の酒浸りも妊娠による体調不良だけが理由ではなかったのでしょう。
 音楽大学の教員にどれだけ注意させても、出産後の彼女は酒浸りになりました。ときおりお忍びで帝国へ行く陛下が窘めても変わらないようです。せめてアンリが会いに行けるようになるまではお元気でいてくれると良いのですけれど。

「僕ねえ、僕ねえ、次にとと様の絵を描いたら、その次は僕とかか様ととと様の絵を描くんだ」
「あら、三人も描くのは大変そうね」
「頑張るー」
「うふふ、楽しみだわ」

 金色の髪で空のように真っ青な瞳の王子様は、私の最愛です。
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