もしも願いが叶うなら

豆狸

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第六話 妖精の姫と竜の騎士

 ――お前がッ、テネシティじゃなくてお前が死ねば良かったんだ!

 元神官は、刺されて倒れた私に馬乗りになって、そんなことを叫びながら刃を突き立て続けました。
 実際のところ、彼女が船乗りに襲われたときに私が殺されていた可能性もあったのです。
 彼女は私を船乗りのほうへ突き飛ばしたのですから。ですが子どものことや夫の態度に疲れ果てていた私は彼女の盾になる前に、その場に座り込んでしまったのです。船乗りは私をけて、彼女を刺しました。

 ――彼女なら、テネシティなら上手く誤魔化してくれたッ。彼女さえ生きていれば、薄汚い船乗りや愚かな侍女がなにを言おうとも、私が神殿を放逐されるなんてことにはならなかったんだ!

 そうでしょうか?
 元神官の言葉に首を傾げます。
 ええ、心の中でです。体は穴だらけの肉片にされているのですもの。

 テネシティは計算高い女性だったように思います。
 彼女が情夫を助けるとしても、それは相手が役に立つ間だけだったのではないでしょうか。
 それにしても、彼女は情夫から得ていた毒をなにに使ったのでしょう。実の両親を殺すため? 殺してまで欲したものはなんだったのでしょう。

 お金? ジャック様から贈られた装飾品も換金していましたものね。
 でもテネシティがどこかにお金を預けている様子はありませんでした。
 なにかを購入していたのだとしても、男爵家の名前を使わない現金購入でしたので痕跡が残っていません。商品自体もなかったのです。相場にでものめり込んでいたのでしょうか。

 私は彼女のことをなにも知りません。
 夫も元婚約者も父も、情夫だった元神官でさえ知らなかったのではないでしょうか。
 ああ、でもべつに知りたくもありません。彼女が地獄へ落ちてくれさえすれば、それで満足なのです。それだけで、なのに……

「メイジー! 僕は君との婚約を破棄するッ。侍女に命じてメリルの装飾品を盗ませ、換金して私欲に使うような人間と人生をともにすることはできない!」

 元神官に殺されて意識を失ったと思ったら、私は王都男爵邸の中庭で目覚めたのです。
 辺りの様子でわかります。
 今日は三年制の学園を卒業して初めての私の誕生日。身内だけでお祝いしました。父と私、男爵家の使用人、ニセモノのメリルテネシティ――婚約者のジャック様。

 お祝いの席で婚約を破棄されて、それから男爵家運営の仕事を続けて一年間。学園に通わなかったニセモノのメリルテネシティと彼女と遊び歩いていたジャック様では、父の補佐さえできなかったのですもの。
 そこで伯爵家からの縁談が来て嫁ぎました。伯爵家自体は領地の港のおかげで裕福だったのですけれど、当時は先代が亡くなって夫が当主に就任したときの混乱が続いていました。
 夫とともに伯爵家運営のために頑張って、他国の言葉も覚えて一年間。

 余裕ができて王都へ戻り、婚約者を奪ったことの謝罪をしたいとニセモノのメリルテネシティが伯爵邸を訪ねてきて、夫が彼女に恋をして……いいえ、彼はもとから彼女に恋をしていました。似ていると思って求婚した私が少しも彼女に似ていなかったので、王都で会った本物相手に気持ちが再燃したのでしょう。
 仲直りをしろとみなに言われて、男爵邸でのお茶会に足を運んで一年間。
 そうです、これから三年後に私は死んだのです。

 私は、まだ婚約者のジャック様を見つめて口を開きました。
 彼に縋るようにしてニセモノのメリルテネシティがいます。その腕には紋章入りの腕輪が輝いています。母の生家のもの――彼女とはなんの関わりのないものです。
 一瞬激情に駆られて奪いたくなりましたが、父も侍女も彼女の側にいます。

「ジャック様、婚約破棄は承ります。ですが私にはどうしてもわからないのです。貴方が浮気相手に贈った装飾品を換金した程度のお金でなにができるのでしょう? 私は男爵家の運営のために、学園在学中から家で仕事に打ち込んで参りました。装飾品を換金した程度のお金では、なんの事業も興せません。お金が必要だったのなら、婚約者の貴方への援助をやめたほうが効果的です」

 今、テネシティの成り済ましを暴いた船乗りは海上にいます。
 本物のメリルに捨てられたのだと思って、彼は長期の仕事を入れたのです。
 証拠がないのにニセモノのメリルテネシティを責めても意味がないでしょう。黒焦げの遺体でも身元証明ができる魔道具は、この時点では開発途中のはずです。

 彼女に復讐するとしたら三年後、船乗りが戻ってきてからです。
 その間の彼女テネシティは、私以外に危害を加えていないはずです。もっともあの香草茶は彼女にとって、嫌がらせですらないお遊びだったのかもしれませんが。
 男爵家の使用人達は父が守るでしょう。それだけは信じられます。

 ああ、でも、それよりも!

 私は婚約破棄を受け入れて父と絶縁し、男爵家を出ました。
 『今』がどういう状態なのか、自分でもわかっていません。
 時間が戻ったのか、死に逝く私の見ているはかない走馬灯なのか。あるいは体験したと思っている三年間こそが悪夢に過ぎなかったのか。

 ……ああ、でも、だけど!

 私は妖精の姫と竜の騎士の絵本を見たいと思ってしまったのです。
 その絵本を作ることに関わりたいと願ってしまったのです。妖精の姫と竜の騎士の物語が、母が生きていて大好きな従兄と遊んでいたころの幸せな記憶を思い出させてくれるからかもしれません。
 作家さんが原稿を書き始めているのかすらわからないのですけどね。

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