9 / 17
第九話 不貞の末路~都合の良い夢を見て~
「あれはどういうことだッ」
ジャックは自分と恋人の間の机を殴りつけた。
殴りつけた拳に痛みを感じる。
数カ月前に婚約破棄をした婚約者、この男爵家の令嬢メイジーと一緒にいたときは、イラつくことはあってもここまで怒りを覚えることはなかった。
イラついていたのは自分自身の問題だとわかっている。
ジャックは自分より有能で男爵家の運営で結果を出しているメイジーが気に食わなかっただけなのだ。
だから父親と祖母を亡くし、母親は行方不明という状態で転がり込んできた目の前の女と仲良くして当てつけてやった。
婚約者のために使うようにと渡された金を恋人につぎ込んだ。
贈った装身具を着用している恋人の姿を見たことはない。
メイジーに奪われたのだと泣きつかれて、婚約者に嫉妬されているのだとほくそ笑んでいた。男爵家を照らす跡取り娘の輝きは、ジャックには眩し過ぎたのだ。曇っているくらいでちょうど良いと感じていた。
婚約破棄を宣言したら、メイジーに縋りつかれると思っていた。
そうしたら再構築してやっても良いと考えていたのだ。
なにしろ目の前の恋人には後ろ盾となる身寄りがない。財産もないし、メイジーが学んできた知識も経験もないのだ。貴族の妻にはできない。
しかしメイジーは婚約破棄を受け入れた。
それだけならまだ良かった。
元婚約者は真面目な性格で家思いだ。ジャックの恋人が来るまでは当主であり父である男爵との関係も良好だった。
メイジーならば婚約破棄を受け入れても、男爵家を維持するために尽くし続けてくれると思っていたのだ。
父と領民のために、一生を費やして。
どこかから縁談でも来れば状況は変わるものの、長年の婚約者に婚約を破棄された令嬢に真面な縁談など来るはずがないと思っていた。そうなれば男爵は遠縁のジャックを養子にして家を継がせるしかない。目の前の恋人を愛人として囲えるのならメイジーと再構築して結婚しても良いし、メイジーに実務をすべて任せられるのなら恋人と結婚して遊び暮らしても良い――それがジャックの夢見た自分にだけ都合の良い未来だった。
今のジャックは男爵家の養子だ。
メイジーが父と絶縁して出て行ったので、この家に跡取りがいなくなったからである。
実家の子爵家は男爵家が息子のものになるのなら、妻がだれでも気にしていない。
「あれってなぁに?」
長椅子に腰かけた恋人は、物憂げに問い返してくる。
その腕には紋章入りの腕輪があった。
男爵家の亡き夫人の血縁だという証だ。
「メイジーに結婚を申し込んできた伯爵にすり寄っていたことだ!」
港のある領地を持つ伯爵は、メイジーが男爵家と絶縁して家を出ていることを知った上で、父である男爵に許可を取りに来たのだった。
当主交代で混乱しているとはいえ、伯爵家自体は裕福なことで知られている。
男爵はメイジーが望めば、と彼の求婚を受け入れた。もっとも男爵に別れた娘の行動を決定する権限はない。伯爵の気持ちの問題だ。
ジャックと恋人は男爵家の跡取りとして同席していた。
もちろんふたりにもメイジーの行動を決定する権限はない。
伯爵家が裕福だと知るなり、恋人は彼にすり寄り始めた。メイジーへの求婚の許可を取りに来たはずの伯爵の頬が赤く染まっていくのを、ジャックは目の前で見た。
「良いじゃない。あの人お金持ちなんでしょ? アタシお金が欲しいのよ。男爵家ってもっと羽振りが良くなかった? あの女がいなくなったくらいで、こんなに寂れるとは思わなかった。ジャックも跡取りの婚約者として勉強してきてたんでしょ? あの女のいなくなった穴くらい、なんで埋められないのよ」
「……」
「まあジャックってば馬車に乗れないから、取り引き先と会うのもひと苦労だもんね」
「黙れッ」
メイジーと婚約破棄をしてから、ジャックは馬車に乗れなくなった。
馬にもだ。馬の鳴き声が怖いのだ。
まるで馬車に乗っていたときに恐ろしいことでも起こったかのように、そのとき馬が鳴いていたかのように――
ジャックは自分と恋人の間の机を殴りつけた。
殴りつけた拳に痛みを感じる。
数カ月前に婚約破棄をした婚約者、この男爵家の令嬢メイジーと一緒にいたときは、イラつくことはあってもここまで怒りを覚えることはなかった。
イラついていたのは自分自身の問題だとわかっている。
ジャックは自分より有能で男爵家の運営で結果を出しているメイジーが気に食わなかっただけなのだ。
だから父親と祖母を亡くし、母親は行方不明という状態で転がり込んできた目の前の女と仲良くして当てつけてやった。
婚約者のために使うようにと渡された金を恋人につぎ込んだ。
贈った装身具を着用している恋人の姿を見たことはない。
メイジーに奪われたのだと泣きつかれて、婚約者に嫉妬されているのだとほくそ笑んでいた。男爵家を照らす跡取り娘の輝きは、ジャックには眩し過ぎたのだ。曇っているくらいでちょうど良いと感じていた。
婚約破棄を宣言したら、メイジーに縋りつかれると思っていた。
そうしたら再構築してやっても良いと考えていたのだ。
なにしろ目の前の恋人には後ろ盾となる身寄りがない。財産もないし、メイジーが学んできた知識も経験もないのだ。貴族の妻にはできない。
しかしメイジーは婚約破棄を受け入れた。
それだけならまだ良かった。
元婚約者は真面目な性格で家思いだ。ジャックの恋人が来るまでは当主であり父である男爵との関係も良好だった。
メイジーならば婚約破棄を受け入れても、男爵家を維持するために尽くし続けてくれると思っていたのだ。
父と領民のために、一生を費やして。
どこかから縁談でも来れば状況は変わるものの、長年の婚約者に婚約を破棄された令嬢に真面な縁談など来るはずがないと思っていた。そうなれば男爵は遠縁のジャックを養子にして家を継がせるしかない。目の前の恋人を愛人として囲えるのならメイジーと再構築して結婚しても良いし、メイジーに実務をすべて任せられるのなら恋人と結婚して遊び暮らしても良い――それがジャックの夢見た自分にだけ都合の良い未来だった。
今のジャックは男爵家の養子だ。
メイジーが父と絶縁して出て行ったので、この家に跡取りがいなくなったからである。
実家の子爵家は男爵家が息子のものになるのなら、妻がだれでも気にしていない。
「あれってなぁに?」
長椅子に腰かけた恋人は、物憂げに問い返してくる。
その腕には紋章入りの腕輪があった。
男爵家の亡き夫人の血縁だという証だ。
「メイジーに結婚を申し込んできた伯爵にすり寄っていたことだ!」
港のある領地を持つ伯爵は、メイジーが男爵家と絶縁して家を出ていることを知った上で、父である男爵に許可を取りに来たのだった。
当主交代で混乱しているとはいえ、伯爵家自体は裕福なことで知られている。
男爵はメイジーが望めば、と彼の求婚を受け入れた。もっとも男爵に別れた娘の行動を決定する権限はない。伯爵の気持ちの問題だ。
ジャックと恋人は男爵家の跡取りとして同席していた。
もちろんふたりにもメイジーの行動を決定する権限はない。
伯爵家が裕福だと知るなり、恋人は彼にすり寄り始めた。メイジーへの求婚の許可を取りに来たはずの伯爵の頬が赤く染まっていくのを、ジャックは目の前で見た。
「良いじゃない。あの人お金持ちなんでしょ? アタシお金が欲しいのよ。男爵家ってもっと羽振りが良くなかった? あの女がいなくなったくらいで、こんなに寂れるとは思わなかった。ジャックも跡取りの婚約者として勉強してきてたんでしょ? あの女のいなくなった穴くらい、なんで埋められないのよ」
「……」
「まあジャックってば馬車に乗れないから、取り引き先と会うのもひと苦労だもんね」
「黙れッ」
メイジーと婚約破棄をしてから、ジャックは馬車に乗れなくなった。
馬にもだ。馬の鳴き声が怖いのだ。
まるで馬車に乗っていたときに恐ろしいことでも起こったかのように、そのとき馬が鳴いていたかのように――
あなたにおすすめの小説
旦那様、離婚してくださいませ!
ましろ
恋愛
ローズが結婚して3年目の結婚記念日、旦那様が事故に遭い5年間の記憶を失ってしまったらしい。
まぁ、大変ですわね。でも利き手が無事でよかったわ!こちらにサインを。
離婚届?なぜ?!大慌てする旦那様。
今更何をいっているのかしら。そうね、記憶がないんだったわ。
夫婦関係は冷めきっていた。3歳年上のキリアンは婚約時代から無口で冷たかったが、結婚したら変わるはずと期待した。しかし、初夜に言われたのは「お前を抱くのは無理だ」の一言。理由を聞いても黙って部屋を出ていってしまった。
それでもいつかは打ち解けられると期待し、様々な努力をし続けたがまったく実を結ばなかった。
お義母様には跡継ぎはまだか、石女かと嫌味を言われ、社交会でも旦那様に冷たくされる可哀想な妻と面白可笑しく噂され蔑まれる日々。なぜ私はこんな扱いを受けなくてはいけないの?耐えに耐えて3年。やっと白い結婚が成立して離婚できる!と喜んでいたのに……
なんでもいいから旦那様、離婚してくださいませ!
貴方の運命になれなくて
豆狸
恋愛
運命の相手を見つめ続ける王太子ヨアニスの姿に、彼の婚約者であるスクリヴァ公爵令嬢リディアは身を引くことを決めた。
ところが婚約を解消した後で、ヨアニスの運命の相手プセマが毒に倒れ──
「……君がそんなに私を愛していたとは知らなかったよ」
「え?」
「プセマは毒で死んだよ。ああ、驚いたような顔をしなくてもいい。君は知っていたんだろう? プセマに毒を飲ませたのは君なんだから!」
【完結】物置小屋の魔法使いの娘~父の再婚相手と義妹に家を追い出され、婚約者には捨てられた。でも、私は……
buchi
恋愛
大公爵家の父が再婚して新しくやって来たのは、義母と義妹。当たり前のようにダーナの部屋を取り上げ、義妹のマチルダのものに。そして社交界への出入りを禁止し、館の隣の物置小屋に移動するよう命じた。ダーナは亡くなった母の血を受け継いで魔法が使えた。これまでは使う必要がなかった。だけど、汚い小屋に閉じ込められた時は、使用人がいるので自粛していた魔法力を存分に使った。魔法力のことは、母と母と同じ国から嫁いできた王妃様だけが知る秘密だった。
みすぼらしい物置小屋はパラダイスに。だけど、ある晩、王太子殿下のフィルがダーナを心配になってやって来て……
愛なんか消えてしまえと願う私は悪くないと思う
ましろ
恋愛
「赤ちゃんができたの」
母の言葉に目眩がした。
我が家の両親は恋愛結婚。身分差から駆け落ち同然で一緒になった二人は未だにその愛は消えず、燃え上がり続けているのだからある意味凄いわ。
でもね? どうしてそんなにも子どもを作ってしまうの⁉
私を入れて子どもは七人。お父さんの給料ではお手伝いさんなんか雇えるわけもなく、おっとりしたお嬢様気質の抜けないお母さんだけで家事育児などできるはずもなく。
そうなると働き手は長女の私だ。
ずっと小さな頃から弟妹のお世話と家事に明け暮れ、それなのにまだ産むと言うの?
「……ねえ、お母さんにとって子どもって何?」
「うふふ。それはね、愛の結晶よ」
愛。愛って何? 私はあなたの愛のために働き詰めなのですけど?
自分達の手に余るなら、そんなモノなど捨ててしまえっ!
❦R-15は保険です。
連載中のものが止まったままのくせに!とは言わないで(泣)
現在、作業中のものがなかなか終わらなくて息抜きのための不定期連載です。
幼馴染の元カノを家族だと言うのなら、私は不要ですよね。
美杉日和。(旧美杉。)
恋愛
実るはずのない初恋は、告白も出来ぬままに終わった。
私リュシカが恋をした相手は、十五歳年上の第一騎士団の団長。彼は亡くなった母の友人であり、母たちと同じ頃に結婚したものの、早くに奥さんを私の母と同じ流行病で亡くしてしまった。
それ以来独身の彼は、ただ亡くなった奥さんを思い生きてきた。そんな一途な姿に、いつしか私は惹かれていく。
しかし歳の差もあり、また友人の子である私を、彼が女性として認めることはなかった。
私は頑なに婚約者を作ることを拒否していたものの、父が縁談を持ってくる。結婚適齢期。その真っただ中にいた私は、もう断ることなど出来なかった。
お相手は私より一つ年上の男爵家の次男。元々爵位を継ぐ予定だった兄が急死してしまったため、婚約者を探していたのだという。
花嫁修業として結婚前から屋敷に入るように言われ赴くと、そこには彼の幼馴染だという平民の女性がいた。なぜか彼女を中心に回っている屋敷。
そのことを指摘すると彼女はなぜか私を、自分を虐げる存在だと言い始め――
運命の恋は一度だけ
豆狸
恋愛
王宮から招かれているのです。
マルクス殿下の十歳の誕生パーティへ行かないわけにはいきません。
けれど行きたいとは思えませんでした。行ったら、なにか恐ろしいことが起こりそうな気がするのです。今すぐにではなく、もっと未来、時間を経た後に……
魔法のせいだから許して?
ましろ
恋愛
リーゼロッテの婚約者であるジークハルト王子の突然の心変わり。嫌悪を顕にした眼差し、口を開けば暴言、身に覚えの無い出来事までリーゼのせいにされる。リーゼは学園で孤立し、ジークハルトは美しい女性の手を取り愛おしそうに見つめながら愛を囁く。
どうしてこんなことに?それでもきっと今だけ……そう、自分に言い聞かせて耐えた。でも、そろそろ一年。もう終わらせたい、そう思っていたある日、リーゼは殿下に罵倒され頬を張られ怪我をした。
──もう無理。王妃様に頼み、なんとか婚約解消することができた。
しかしその後、彼の心変わりは魅了魔法のせいだと分かり……
魔法のせいなら許せる?
基本ご都合主義。ゆるゆる設定です。