あなたの明日に寄り添いたくて

豆狸

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第一話 なぜ浮気令嬢は赤葡萄酒を浴びたがるのか?

 学園を卒業する日は近い。私が殿下に嫁ぐ日も。

「……ふう……」

 妃教育で感情を表に出さないすべを学んだものの、どうしても溢れてしまうことはある。
 思わず漏れた溜息に、隣のベルントが反応した。
 ベルントは私の護衛騎士だ。私よりも三年早く学園を卒業したときに魔導騎士爵を授かった彼は、私が王家に嫁いで王太子妃となった暁には近衛騎士として仕え続けると約束してくれている。

「ゲルダお嬢様。なにかお飲み物でもお持ちいたしましょうか」
「ええ、お願い」

 私の名前が聞こえたのか、王太子アレクサンダー殿下がこちらを見た。
 ヴンデ男爵令嬢リューグナ様と寄り添う殿下は私の婚約者で、この王国の第一王子だ。
 この国の貴族子女が通う学園で彼女と出会ってから、殿下は私の存在など忘れたかのように彼女に夢中になっていた。夜会でエスコートしているのもいつも彼女で、もうだれが殿下の婚約者なのかわからない状態だ。

 とうとう王宮で開催される夜会ですら彼女をエスコートするようになった。
 もっとも今夜は国王陛下ご夫妻が外遊でいらっしゃらないから、あのような愚行に興じられているのだろう。
 我がフィッシェ公爵家は王国一の権勢を誇る。王家が公爵家との関係を良好に保ちたいからこそ結んでいる王命の婚約なのだ。国王陛下ご夫妻がいらしたら、殿下の行為を激しく注意なさっているはずだ。

「お待たせいたしました」
「ありがとう、ベルント」

 ベルントが杯を手にして戻る前に、憎々し気な殿下の視線は私から離れた。
 この王国では学園に入学した時点で飲酒が認められている。
 学園入学を機に跡取りとして認められたり当主となったりしたもの達が、貴族の集まりでお酒が飲めなくては始まらないからだ。

 ベルントが持ってきてくれたのは赤葡萄酒だった。
 私は渋みのある赤葡萄酒よりも甘みのある白葡萄酒のほうが好きなのだけど、着ているドレスの色に合わせてくれたのだろう。
 今日の私はところどころに黒色をあしらっているものの、基本は炎のように鮮やかな赤いドレスを纏っている。透明な玻璃の杯で揺れる赤葡萄酒が良く似合う。ちなみに黒と赤は私の髪と瞳の色で、逆がアレクサンダー殿下の髪と瞳の色になる。

 ピンクの髪の男爵令嬢は、殿下の従者が持ってきた白葡萄酒を嬉しそうに飲んでいた。
 髪と同じ色のピンクのドレスに殿下の髪と同じ赤色の装飾があしらわれている。
 我が家に殿下からの贈り物が届かなくなったのはいつからだろうと思いながら、酒杯を揺らす。学園に入って最初の年はまだ、ドレスやアクセサリーを送ってくださっていた。

 ぼんやり考えながら殿下と男爵令嬢を見つめていたら、

「あぁ!」

 彼女が私に気づいた。

「ゲルダ様、こんばんはぁ。こんなところにいたんですねぇ。アタシぃご挨拶しようと思って探していたんですぅ」

 私は彼女を睨みつけた。
 男爵令嬢に話しかけられて、良い目に遭ったことなど一度もない。
 話しているうちに突然泣き出されて悪者にされたり、いきなり床に転がられて私のせいにされたり、殿下に託されたと言われて渡された手紙に書かれていた場所に行くと見知らぬ男がいて襲われかけたり──ベルントが助けに来てくれなければ、どうなっていたかわからない。

 そして、それらのことを正直に報告していただけなのに、気が付けば殿下の私への感情は最悪になっていた。
 十年前に婚約してからずっと初恋を捧げて来た殿下にとっての私は、ご自身の最愛を偽りで貶める嫉妬に狂った嘘つき悪女になり果てたのだ。
 厳しい妃教育を頑張って来たことも、ずっとずっと殿下をお慕いしていたこともなんの意味もない。殿下には男爵令嬢の言葉だけが本当のことなのだ。

「こんばんは、リューグナ様。私、用事がありますので、これで」
「えぇ、もっとお話ししましょうよぅ。……あぁっ!」

 いつものようにわざとらしい叫び声を上げて、男爵令嬢が私にぶつかってきた。
 口をつけていなかった赤葡萄酒が杯を飛び出して、彼女の胸元を赤く染める。
 男爵令嬢はそのまま床に腰をついた。殿下が彼女に駆け寄ってくる。

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