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第三話 護衛騎士の死
一瞬戸惑ったような表情になった王太子アレクサンダー殿下だったが、すぐにその顔は憤怒に染まっていく。
「煩い煩い煩いっ! そうだ、あの男は貴様の悪事をリューグナに教えに来ていたんだ。貴様が夜会でリューグナを殺そうとしていることをな!」
「なのに彼女は自分から私に近寄って来たのですか?」
「心優しいリューグナは、貴様のような悪女でも説得出来ると思っていたんだろう」
「いきなりぶつかって来て、私が持っていた赤葡萄酒を浴びるのが説得ですか?」
「黙れっ! とにかく悪いのは貴様だ。あの男が死んでいたのは、アイツの存在に気づいた貴様の護衛騎士が夜会を抜け出して殺しに行ったからだ。凶器の毒を塗ったナイフは、リューグナの控室から夜会会場までの廊下に飾られていた花瓶に隠されていた。活けられた花が枯れていたからわかったぞ」
国王陛下ご夫妻がいないとはいえ、すべての権限が殿下にあるわけではない。
私の投獄だって多くの方々に反対されたので、殿下はご自身と側近達で強行した。
今も牢の入り口を守るのは殿下の側近だ。私を解放しようとすると殿下と側近達が自害を仄めかすので、近衛騎士も手を出せないでいる。
「護衛騎士は夜会の間中私といましたし、彼女がお亡くなりになってからは殿下の側近に捕らえられていました。いつ気づいて、いつ男を殺しに行ったというのですか?」
「知ったことか! とにかく貴様の仕業に間違いないんだ!」
殿下は愚かな方ではない。……愚かな方ではなかった、男爵令嬢との恋に落ちるまでは。
殿下が怒り狂いやつれ果てていっているのは、自分の発言がおかしいと自覚しているからだ。
愚かな方ではないからこそ、最愛の男爵令嬢を喪った悲しみを忘れるためにはだれかを、嫉妬に狂った悪人であるはずの私を犯人にして責め立てずにはいられないのだろう。
「そういえば、貴様の護衛騎士はベルントという名だったか?」
「……」
私は唇を噛んで俯いた。
ベルントは殿下や側近達の手から逃れたと聞いていた。
悪い予感が胸を過ぎる。もしかしたら捕まって、私の罪を偽証させるための拷問でもされているのだろうか。
「死んだぞ」
「え?」
思わず顔を上げた私に、殿下は愉悦に満ちた瞳を向ける。
「せっかく逃げられたというのに、貴様を助けようとしていたらしい。下水道を通って地下牢に侵入しようとして魔獣に襲われたようだ。排水口から入り込んできた魔獣を討伐した魔導騎士隊が、魔獣の腹に入っていたと言って貴様の護衛騎士の右腕を届けてきたのだ」
「……」
私が牢に入れられていても、殿下が狂恋に囚われていても、王国の人々は日常を生きている。
この王国は今はもう失われた古代の魔導技術で結界が張られていて、人間を喰らう恐ろしい魔獣が国土に入ってくることはない。
しかしそれは地表だけのことで、地下の水路や遥かな上空には魔獣が行き来していた。王国の下水道に入り込む魔獣については以前から問題視されていたものの、魔導騎士団が定期的に間引きに行く以上の対応は取れないでいた。
幼いころから一緒だったベルントの死を告げられて、私の心に穴が開く。
薄い色の金髪に青みがかった灰色の瞳の私の護衛騎士。
初恋の殿下の変心に悩み苦しみ、嫉妬に狂っては自己嫌悪に陥る私を宥めて正気に戻してくれたのは、いつも冷静な彼だった。彼がいなければ私は彼女を虐げて、男爵令嬢の嘘をすべて真実にしていたに違いない。とっくの昔に卒業した学園を訪問して私を助けてくれたのは、殿下からの手紙に浮かれる私に、男爵令嬢の罠ではないかと言えなかったからだと後から聞いた。
「俺とリューグナのように愛し愛される関係ではなかったとはいえ、大切な存在を喪ったことは辛かろう。あの護衛騎士も貴様のような主人などさっさと見捨てれば良かったのにな」
冷たく薄暗い地下牢に、殿下が哄笑を響かせる。
「なんだ、自分を助けようとした護衛騎士の死を告げても泣きもしないのか。冷たい女だな、貴様は。……リューグナとはまるで違う」
吐き捨てるように言って殿下が立ち去った翌日、私は処刑された。
国王陛下ご夫妻の行かれている旧大陸付近の天候が回復していると報告があったらしい。
おふたりが帰国する前にと、殿下と側近達が処刑を実行したのだろう。私のお父様とお兄様も王都へは辿り着いていなかったようだ。
「煩い煩い煩いっ! そうだ、あの男は貴様の悪事をリューグナに教えに来ていたんだ。貴様が夜会でリューグナを殺そうとしていることをな!」
「なのに彼女は自分から私に近寄って来たのですか?」
「心優しいリューグナは、貴様のような悪女でも説得出来ると思っていたんだろう」
「いきなりぶつかって来て、私が持っていた赤葡萄酒を浴びるのが説得ですか?」
「黙れっ! とにかく悪いのは貴様だ。あの男が死んでいたのは、アイツの存在に気づいた貴様の護衛騎士が夜会を抜け出して殺しに行ったからだ。凶器の毒を塗ったナイフは、リューグナの控室から夜会会場までの廊下に飾られていた花瓶に隠されていた。活けられた花が枯れていたからわかったぞ」
国王陛下ご夫妻がいないとはいえ、すべての権限が殿下にあるわけではない。
私の投獄だって多くの方々に反対されたので、殿下はご自身と側近達で強行した。
今も牢の入り口を守るのは殿下の側近だ。私を解放しようとすると殿下と側近達が自害を仄めかすので、近衛騎士も手を出せないでいる。
「護衛騎士は夜会の間中私といましたし、彼女がお亡くなりになってからは殿下の側近に捕らえられていました。いつ気づいて、いつ男を殺しに行ったというのですか?」
「知ったことか! とにかく貴様の仕業に間違いないんだ!」
殿下は愚かな方ではない。……愚かな方ではなかった、男爵令嬢との恋に落ちるまでは。
殿下が怒り狂いやつれ果てていっているのは、自分の発言がおかしいと自覚しているからだ。
愚かな方ではないからこそ、最愛の男爵令嬢を喪った悲しみを忘れるためにはだれかを、嫉妬に狂った悪人であるはずの私を犯人にして責め立てずにはいられないのだろう。
「そういえば、貴様の護衛騎士はベルントという名だったか?」
「……」
私は唇を噛んで俯いた。
ベルントは殿下や側近達の手から逃れたと聞いていた。
悪い予感が胸を過ぎる。もしかしたら捕まって、私の罪を偽証させるための拷問でもされているのだろうか。
「死んだぞ」
「え?」
思わず顔を上げた私に、殿下は愉悦に満ちた瞳を向ける。
「せっかく逃げられたというのに、貴様を助けようとしていたらしい。下水道を通って地下牢に侵入しようとして魔獣に襲われたようだ。排水口から入り込んできた魔獣を討伐した魔導騎士隊が、魔獣の腹に入っていたと言って貴様の護衛騎士の右腕を届けてきたのだ」
「……」
私が牢に入れられていても、殿下が狂恋に囚われていても、王国の人々は日常を生きている。
この王国は今はもう失われた古代の魔導技術で結界が張られていて、人間を喰らう恐ろしい魔獣が国土に入ってくることはない。
しかしそれは地表だけのことで、地下の水路や遥かな上空には魔獣が行き来していた。王国の下水道に入り込む魔獣については以前から問題視されていたものの、魔導騎士団が定期的に間引きに行く以上の対応は取れないでいた。
幼いころから一緒だったベルントの死を告げられて、私の心に穴が開く。
薄い色の金髪に青みがかった灰色の瞳の私の護衛騎士。
初恋の殿下の変心に悩み苦しみ、嫉妬に狂っては自己嫌悪に陥る私を宥めて正気に戻してくれたのは、いつも冷静な彼だった。彼がいなければ私は彼女を虐げて、男爵令嬢の嘘をすべて真実にしていたに違いない。とっくの昔に卒業した学園を訪問して私を助けてくれたのは、殿下からの手紙に浮かれる私に、男爵令嬢の罠ではないかと言えなかったからだと後から聞いた。
「俺とリューグナのように愛し愛される関係ではなかったとはいえ、大切な存在を喪ったことは辛かろう。あの護衛騎士も貴様のような主人などさっさと見捨てれば良かったのにな」
冷たく薄暗い地下牢に、殿下が哄笑を響かせる。
「なんだ、自分を助けようとした護衛騎士の死を告げても泣きもしないのか。冷たい女だな、貴様は。……リューグナとはまるで違う」
吐き捨てるように言って殿下が立ち去った翌日、私は処刑された。
国王陛下ご夫妻の行かれている旧大陸付近の天候が回復していると報告があったらしい。
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