あなたの明日に寄り添いたくて

豆狸

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第七話 貴女の明日に寄り添いたくて

 失ってから気づく恋もある。
 十一歳のベルントは、主家の令嬢であるゲルダに恋をしていた。
 みっつ年下の少女に対する想いに気づいたのは、彼女がアレクサンダー王子と婚約をする少し前、王子が好きなのだと照れくさそうに微笑む顔を見たときだった。

 ゲルダの父フィッシェ公爵に言われた結婚話など、その場だけの戯言たわごとに過ぎないとわかっていたつもりだったのに、ベルントは世界が崩れ落ちるような衝撃を受けた。
 泣き虫で家族が大好きで、そのくせ家族に厳しくされるとベルントに甘やかされに来るお嬢様とこれからもずっと一緒にいられるのだと、勝手に信じ込んでいたのだ。
 それでも最初は自惚れていた。ゲルダには自分が必要なのだと、泣き虫令嬢を笑顔に出来るのは自分だけなのだと、だが──

 アレクサンダー王子の婚約者となったことで、ゲルダは強くなった。
 大きな馬にも怯えることなく乗れるようになり、元から頑張っていた勉強もさらに頑張るようになった。
 泣き顔を見ることもなくなった。妃教育で感情を表に出さないすべを学んだ彼女は、いつも穏やかな笑みを浮かべるようになった。

 少し……いや、ベルントはとても寂しかった。
 寂しいと同時に悔しかった。
 ゲルダを甘やかすことしか出来なかった自分と違って、アレクサンダー王子は彼女を高みへと引き上げることが出来る存在なのだ。

 そして、ゲルダも高みに立つ彼を支えることのできる存在に成長した。
 アレクサンダー王子が王太子に選ばれたのは、彼がこの王国の第一王子だということだけが理由ではない。
 優秀な婚約者とフィッシェ公爵家という後ろ盾も、欠けてはならない重要な因子だった。

(……だからこそ、ゲルダお嬢様が王太子の婚約者から外されることはない)

 王太子アレクサンダーが男爵令嬢に夢中になってゲルダを蔑ろにしても。
 自分への王太子の想いを理解している男爵令嬢が、恋敵ゲルダを騙して悪逆の徒を差し向けても。
 ゲルダはアレクサンダーの婚約者のままだ。王家が男爵令嬢を排除したとしても、王太子アレクサンダーの憎悪がゲルダに向かうだけだ。

 ベルントが魔導騎士になったのはゲルダの側にいたいからだった。
 家族ではない、夫でも恋人でもない男が彼女とともにいるための唯一の道だ。
 王太子に嫁いで王族となるゲルダの傍らに立ち、彼女を守るには近衛騎士になるしかない。魔導騎士の資格がなければ近衛騎士にはなれないのだ。

 生涯伝えることの出来ない想いは、彼女に仕え続けることで昇華されると思っていた。
 いや、昇華させるつもりだった。
 彼女が、ゲルダが幸せでいてくれるのなら、それで良かった。

(けれど……)

 ベルントは、王太子アレクサンダーが男爵令嬢に溺れた理由が少しだけわかっていた。
 顔立ちも所作もまるで違うが、感情を素直に出す男爵令嬢の姿には、幼いころの泣き虫令嬢を彷彿とさせるところがあったのだ。
 婚約が結ばれた前後は、アレクサンダーもゲルダに恋をしていたのだろう。

 もっとも男爵令嬢とゲルダは根本的なところが異なる。
 泣き虫令嬢だったころのゲルダは本当に心からの感情を表に出していたけれど、男爵令嬢のそれには演技がある。
 こうすれば好意を得られると計算した上で、感情を素直に出す女性を演じているのだ。

「ベルント」
「なんだ?」

 思索に耽っていたベルントは、友人の声で現実に戻った。
 ここは旧大陸遺跡都市、故郷の王国が調査を許された区間だ。
 ゲルダに別れを告げて数ヶ月、ベルントは誘ってくれた友人とともに、魔導騎士団内の遺跡調査班の一員として調査に明け暮れている。

「なんだじゃないよ、感動薄いな。お前の言った通り隠し部屋があったんだぞ? もっと喜べよ!」
「……役に立つものがあるかどうかわからないからな。ぬか喜びでは悲し過ぎる」
「あるに決まってるだろ? あれだけ厳重に隠されてたんだ。間違いなくここは選ばれた人間しか入れない、賢者のための古代魔導研究室だ!」
「そうだと良いな」
「ベルント~」

 情けない声を上げたのは一瞬で、友人も班員も班長の指示のもとに調査を始める。
 ベルントも自分に任された場所の調査を開始した。
 ここに隠し部屋があると、ベルントは以前から知っていた。正確に言えば『前』ではなく『今後』、『未来』に知った。本来ならここは三十年後、共和国が元の大陸から完全に独立してから、共和国独自の調査班の活動によって発見されるのだ。

(本来、ではないな。歴史は変わった。私が変えたんだ。あんな莫迦げた未来、すべて変えて見せる!)

 心の中で決意して、ベルントは隠し部屋の奥に隠された部屋に向かいかけた視線を手元へ戻す。
 右腕を失った研究者によって開かれたその部屋には、時間を戻す魔導を秘めた遺物が眠っている。
 遺物に秘められた魔導の作動までは発見からさら長い月日が必要だった。作動したのも右腕を失った研究者だ。魔導を作動した彼は、この時間に戻ってきた。

(今はまだ、あれを作動する必要はない。出来ることをすべて試してからだ)

「班長! この魔道具の術式なんですが……」

 ベルントは担当の棚から手に取って、刻まれた術式を確認していた魔道具の効能に気づいた振りをして班長に声をかけた。
 もちろんこの魔道具の効能も見つける前から知っていた。
 時間を戻す前に作動して確認もしている。解毒の術式が刻まれている魔道具だ。

(右腕を食った魔獣の魔導で沖に飛ばされ、漂っていたところを旧大陸へ向かう船に拾われて、ゲルダお嬢様が処刑されたと聞いたときは絶望したけれど……)

 やり直したこの時間で、ベルントは今度こそずっとゲルダに寄り添い続けたいと願っていた。
 明日も、明後日も、ずっとずっと未来も。だから今の別離に耐えられているのだ。
 そして出来ることなら騎士としてではなく、夫として恋人として側にいたいと望んでいるのだった。

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