次の春は、きっと

豆狸

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第三話 冬の絵

 すべてが真っ白に塗り潰された絵。
 かと思ったら、筆の軌跡の間に覗いているものがある。
 冬の街並みのようだ。

 私は『春を夢見ても』に出てきた、ロセッティ侯爵家次男が世話になっていたという画商が経営する画廊へ来ていた。
 画家の名前を憶えていなかったので、春の絵を持って来て同じ作者の絵を出してもらったところだ。
 コンティ伯爵夫人として、前世の少女漫画では出てこなかったロセッティ侯爵家の跡取り長男の名前は知ってたりするんだけどね。もちろん現当主の名前も。

 次男の絵は、思っていたより少なかった。
 だからこそ高騰したのかもしれない。
 夏の絵と、秋の絵と、冬の絵。夏と秋の絵は、春の絵とは画風が違う風景画。芸術祭の審査員として有名な画壇の大家の好みに合わせているようだ。

 私は前世の印象派っぽい『春』の画風のほうが好き。
 光の表現が独特で、印象派後期の感情を表現された絵の雰囲気があるのだ。
 冬の絵は先ほど述べた通りで――前世の挑戦的な現代芸術っぽくて、これも嫌いじゃない。

 隣にいるテレーザは、なにこれ、みたいな顔で見てる。
 まあ今世の令嬢として受けた芸術教育で判定すると、悪い意味で個性的な絵になっちゃってるからね。
 テレーザも下位貴族家生まれの令嬢だったから仕方がない。

 この世界は前世よりちょっと前くらいの文明で、残念ながら魔法とか妖精とかのファンタジー要素はない。
 でも前世で同じくらいの時代よりも暮らしやすいんじゃないかしら。
 『春見て』は歴史漫画じゃなくて、ヒストリカル(歴史ものっぽい)漫画だったから。

「……その絵がお気に召しましたか?」

 白い冬の絵は実際に題名も『冬』。
 夏の絵も『夏』で、秋の絵だけ『女神の祝福』という題名だったりする。
 審査員受けを狙ったのだろう。画風は画壇の大家の好み、題名は特別審査員の大神官に媚びていたのだと思われる。

 画風を変えた『夏』が駄目で、題名で媚びた『女神の祝福』も上手く行かず、『冬』のときは自棄になっていたのか、あるいは落選後に塗り潰したのか……なんてことを考えながら、怪訝そうな顔の店員に答える。

「はい。……ほら、ここ。塗り潰しきれないで下の絵が覗いているでしょう?」
「そんな細かいところまでお気づきですか」
「ここが好きなんです。すべてを塗り潰さずにはいられない絶望の中で、それでも滲み出る希望のようで」

 この絵を見ているうちに思い出したのだ。
 購入した『春』の絵を自室の壁に飾って思っていたことを。
 あのとき、私はまだ学園入学前だった。

 だから、思っていたのだ。
 学園に入学する春が来たら、次の春が来たら、きっと婚約者は私を見てくれる。ほかの女性といなくなったりしなくなる、と。
 叶わなかった悲しい願望でしかなかったけれど。

 『春』を婚家に持っていかなかったのは、前世の記憶が戻る前からジョヴァンニに不信感があったからだろう。
 いつか実家へ戻る日が来るかもしれないと感じていたのだ。
 きっと『春見て』の通りに進んでいたら、妊娠がわかった時点で婚家へ運び、ここが終の棲家だと自分に言い聞かせていたに違いない。ジョヴァンニがブルローネとの想い出に浸っているのに気づかない振りをして、幸せが待ついつかを夢見ていたのだろう。

「ありがとうございます」

 店員が微笑んだ。
 彼は少し艶っぽい感じの美形である。
 少女漫画の世界――少女漫画によく似た世界? だからか、この王国には美形が多い。

「実はこれ、僕が描いた絵なんですよ」
「え? あの、では貴方はロセッティ侯爵家ご次男の……」
「はい。ルーカと言います。お持ちいただいた絵の作者として、先ほど名前はお伝えしてましたね」
「……はあ」

 呆然として見つめる。
 だって凄く元気そうなのだ。
 酒浸りには見えない。次の芸術祭でも落選して、絶望する予定だったんだろうか。とりあえず今日は画材購入のための小銭稼ぎか、世話になっている画商への恩返しで店員をしていたようだ。

「あ、今はただの画家のルーカです。ロセッティ侯爵家とは縁を切ってますので」

 貴方のお兄さん、いずれそのこと後悔しますよ。
 反対するんじゃなくて、支援してやれば良かったって。
 ああ、でもこの人が死ななければ……

「えっと……こちらはすべていただきます」
「ありがとうございます!」

 私は額縁も選んで、後日カルーゾ伯爵邸へ届けてもらうようお願いした。
 手続きを終えて、帰り際にルーカへ言う。
 真正面から見つめると『春見て』に出てきたロセッティ侯爵に似てる。

「余計な……本当に余計なお世話だとは思うのですが、お酒はほどほどにしてくださいね。お体を大切にして、その、次の芸術祭でのご活躍を期待しています」

 彼は一瞬目を丸くして、それから破顔した。

「ありがとうございます。ご期待に沿えるよう尽力いたします」

 芸術祭で受賞してもらえば価格は上がるよね。
 私が離縁したら『春見て』の展開とは変わるはずだし、顔見知りになった人が亡くなるってわかってて放置するのも違う気がするし。
 背中にルーカの視線を感じながら、私は画廊を出た。うん、わかる。私の言動が謎過ぎて目が離せないのね。

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