真実の愛(笑)だそうですよ。

豆狸

文字の大きさ
2 / 3

中編 悪女の断罪

しおりを挟む
 エティエンヌ殿下はテナシテ男爵令嬢に向かって疎まし気に反論します。

「そんなわけないだろ! 僕はお忍びで来たこの国で、まあまあ可愛くて病気も持ってなさそうな女の子に口説かれたから誘いに乗っただけ! 変なこと吹き込んだのはサミュエルの独断だし、個人的には二度と会う気はなかったよ!」
「はい、その通りでございます。すべてはこのサミュエルが勝手にしたこと、エティエンヌ殿下にはなんの罪もありません」
「……」

 フリート王太子殿下は無言で俯いています。
 私は溜息をついて、従者サミュエルに口を閉じるよう命じました。
 この国で最も力を持つギャルニエ公爵家の娘ですし、未来の王太子妃として教育されてきたので他人に命令するのには慣れています。それに……どうもサミュエルはエティエンヌ殿下を表舞台に引きずり出すための要因として私に期待しているようで、私には逆らわないのです。そんなに慕っているエティエンヌ殿下の言うことなんだから、ちゃんと聞いてあげればいいのに。

「このおふたりの処遇については、すでに国王陛下のご判断を仰いでいます。追って沙汰があることでしょう。もちろん隣国にも話を通しています。そして、それとはべつに……」

 私は、ちらりと背後を窺いました。
 子爵令嬢シャルロッテ様は婚約者の騎士団団長のご子息と一緒ですが、侯爵子息と婚約している伯爵令嬢カテリーネ様はおひとりです。大丈夫でしょうか。
 ……大丈夫ではありませんでした。だれか、だれか彼女を止めて。会場の隅に用意されたパーティ料理、カテリーネ様が全部食べてしまいそうです!

「……えー、コホン。王太子殿下の元婚約者として、ひとまずこの場を仕切らせていただきますね。壇上の方々への伝言をお預かりしてきているのです」
「元?」

 なぜかフリート王太子殿下が顔をお上げになりました。
 この場で婚約破棄なさるおつもりだったくせに、なにを今さら縋るような目で私を見てらっしゃるのですか?
 私はフリート王太子殿下とテナシテ男爵令嬢こそが真実の愛だと思っておりましたよ? エティエンヌ殿下との関係をネタに従者サミュエルに脅されて、仕方なく間諜のような真似をしていたのではないかと思っておりましたとも。

 そういえば一度目でも二度目でもフリート王太子殿下は、いつも明るく元気で笑顔、裏表がなく素直な女性とテナシテ男爵令嬢を褒め称えていらっしゃいましたね。
 私もそう思いましたわ。
 一度目と二度目の経験を元に彼女とエティエンヌ殿下の出会いの瞬間を見物に行って、彼を見た途端真っ赤に発情したテナシテ男爵令嬢のお顔を拝見したときに。というか、フリート王太子殿下と一緒にいらっしゃるときのお顔は演技だったみたいですわよ?

「ベ、ベアトリーチェ、様?」

 視線を向けると、ピカール商会の跡取りは震える声で私の名前を口にしました。
 あらあら、この方に尊称付きで呼ばれるのは久しぶりですわね。
 最初は陰で、最近は堂々と、ベアトリーチェと呼び捨てになさっていましたのに。ただのベアトリーチェではなく、悪女ベアトリーチェでしたかしら?

「ピカール商会のご当主から伝言をお預かりしております。次男に継がせる、だそうです」
「あああっ!」

 彼は崩れ落ち、泣きながら床を叩きました。
 でも当然じゃありません? 商会のお金を横領してテナシテ男爵令嬢に貢いでいたのですから。一度目のときはそれでピカール商会を潰していらっしゃいましたし。
 さーて、次は聖王猊下の甥御様、神学の恩師殿です。

「ベ、ベアトリーチェ、嬢?」
「先生に神学を学ぶ資格のない背教者と罵られて教室を追い出されてから、私反省いたしました。父から聖王猊下にお願いしていただいて、直々に教えを受けたのですわ。先日猊下に敬虔で忠実な神のしもべであると認められて、司教の位を授かりましたの」

 彼への伝言はふたつあります。

「まずは聖王猊下から、司教の位を返上しろ、とのことです。続いて魔導学園から、女生徒と不適切な関係になる教師は必要ない、ですわ」

 フリート王太子殿下とテナシテ男爵令嬢を同じクラスにするため、彼女の成績に下駄を履かせていたのですわよね。代償は彼女自身です。
 一度目のときはそれで味を占めて、毎年女生徒に手を出していたことが後からわかって大問題になりましたっけ。苦しんで自殺した方もいらっしゃったとか。
 あのときは聖神殿の威信も揺らぎました。彼は司教の位も持っていましたからね。

「ち、違う。誤解だ、私はテナシテ男爵令嬢を抱いたりしてない!」
「なにをおっしゃっているのです? そんなこと存じませんわ。私は伝言をお預かりしただけですもの」

 テナシテ男爵令嬢の周辺についての調査書を国王陛下と聖王猊下、魔導学園の学園長に提出したときに。
 お三方が私にお預けになった伝言の理由までは説明されていませんのよ。
 きちんとテナシテ男爵令嬢についての報告が上がってさえいれば、一度目のときもあんな状態にはならなかったのでしょうねえ。お三方は聡明でいらっしゃいますもの。どこで報告が歪められていたのかしら。

「き、貴様のせいで!」
「ヘルベルト様!」
「ん!」

 私に飛びかかろうとした聖王猊下の甥御様は、シャルロッテ様に呼ばれた騎士団団長のご子息の手によって取り押さえられました。
 なにが私のせいだとおっしゃるのでしょうか。テナシテ男爵令嬢と関係を持ち、便宜を図ると決めたのはご自分ですのに。とりあえず学園長への報告を歪めていたのは彼の仕業でしょうね。
 さーて、続いて魔導士団団長ご子息と侯爵家のご子息ですわよ。

「あなた方はご実家のご当主と結託して、騎士団の予算をご自分達の懐に流用なさいましたね。これは勘当や離職程度で済まされる問題ではありません。近日中に裁判所から召喚状が届く予定です。学生だったから許されるなどとお思いになりませんように」

 彼らがテナシテ男爵令嬢と出会う前から親がおこなっていた悪事ですが、男爵令嬢に貢ぐため積極的に関わっていったのはご自分達なので情状酌量の余地はありません。
 一度目は予算を奪われた挙句、罪を着せられた騎士団団長とその一族が処刑されてしまったのですわよね。国王陛下がお亡くなりになった直後でした。
 私は婚約破棄されて何年も実家で閉じ籠っていたときに話を聞いたのでしたわ。訪ねてきて教えてくださったシャルロッテ様の憔悴しきった顔が、今も頭に残っています。

 魔導士団団長のご子息は、青白い顔でユラユラと揺れています。頭は良い方なのですが、突発的な出来事に対処できないのです。
 まだ侯爵家のご子息のほうが応用は効くのですけれど──彼は、美しい自分に夢中だった婚約者、吝嗇家で知られる裕福な伯爵家のご令嬢、芸術と美食を愛するカテリーネ様をご覧になりました。伯爵家の方は吝嗇で貯めたお金を芸術と美食に注がれるのです。
 パーティ料理を食べ尽くしたカテリーネ様が微笑みます。あんなに食べていながら、どうやって均整の取れた体型を維持してらっしゃるのでしょうか。

「カテリーネ、君は私を助けてくれるよな? 流用した分の金を補填すればいいだけなんだ。伯爵家ならほんのはした金の金額だよ。その代わり浮気はもうしない、絶対にしないから!」

 婚約者のいる人間が浮気をしないのは、最初から当たり前のことです。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

公爵令嬢は結婚前日に親友を捨てた男を許せない

有川カナデ
恋愛
シェーラ国公爵令嬢であるエルヴィーラは、隣国の親友であるフェリシアナの結婚式にやってきた。だけれどエルヴィーラが見たのは、恋人に捨てられ酷く傷ついた友の姿で。彼女を捨てたという恋人の話を聞き、エルヴィーラの脳裏にある出来事の思い出が浮かぶ。 魅了魔法は、かけた側だけでなくかけられた側にも責任があった。 「お兄様がお義姉様との婚約を破棄しようとしたのでぶっ飛ばそうとしたらそもそもお兄様はお義姉様にべた惚れでした。」に出てくるエルヴィーラのお話。

【完結短編】真実の愛を見つけたとして雑な離婚を強行した国王の末路は?

ジャン・幸田
恋愛
真実の愛を見つけたとして政略結婚をした新妻を追い出した国王の末路は、本人以外はハッピーになったかもしれない。

いちゃつきを見せつけて楽しいですか?

四季
恋愛
それなりに大きな力を持つ王国に第一王女として生まれた私ーーリルリナ・グランシェには婚約者がいた。 だが、婚約者に寄ってくる女性がいて……。

婚約破棄、されたほうです。

みけねこ
恋愛
社交パーティーの会場のど真ん中で突然言い渡された婚約破棄。 目の前で婚約者は肩を抱き寄せられ、得意げに弟はこちらにそう突きつけた。 婚約破棄、されたのはどうやらこちらのようです。

【完結済み】婚約破棄したのはあなたでしょう

水垣するめ
恋愛
公爵令嬢のマリア・クレイヤは第一王子のマティス・ジェレミーと婚約していた。 しかしある日マティスは「真実の愛に目覚めた」と一方的にマリアとの婚約を破棄した。 マティスの新しい婚約者は庶民の娘のアンリエットだった。 マティスは最初こそ上機嫌だったが、段々とアンリエットは顔こそ良いが、頭は悪くなんの取り柄もないことに気づいていく。 そしてアンリエットに辟易したマティスはマリアとの婚約を結び直そうとする。 しかしマリアは第二王子のロマン・ジェレミーと新しく婚約を結び直していた。 怒り狂ったマティスはマリアに罵詈雑言を投げかける。 そんなマティスに怒ったロマンは国王からの書状を叩きつける。 そこに書かれていた内容にマティスは顔を青ざめさせ……

【完結】婚約破棄される未来見えてるので最初から婚約しないルートを選びます

22時完結
恋愛
レイリーナ・フォン・アーデルバルトは、美しく品格高い公爵令嬢。しかし、彼女はこの世界が乙女ゲームの世界であり、自分がその悪役令嬢であることを知っている。ある日、夢で見た記憶が現実となり、レイリーナとしての人生が始まる。彼女の使命は、悲惨な結末を避けて幸せを掴むこと。 エドウィン王子との婚約を避けるため、レイリーナは彼との接触を避けようとするが、彼の深い愛情に次第に心を開いていく。エドウィン王子から婚約を申し込まれるも、レイリーナは即答を避け、未来を築くために時間を求める。 悪役令嬢としての運命を変えるため、レイリーナはエドウィンとの関係を慎重に築きながら、新しい道を模索する。運命を超えて真実の愛を掴むため、彼女は一人の女性として成長し、幸せな未来を目指して歩み続ける。

木乃伊取りが木乃伊 ~監視対象にまんまと魅了された婚約者に、婚約破棄だと言われたので速攻了承したのに・・・保留ってどういうことですか!?~

夏笆(なつは)
恋愛
 貴族学園最高学年であり、侯爵家の娘であるアラベラは、一年ほど前、婚約者のサイラスより特別任務で魅了を操る女生徒、チェルシーの監視役となったことを聞かされた。  魅了防止の護符も与えられ、何より愛するのは君だけだ、心配はないと言い切ったサイラスだが、半年経った頃から態度が激変し、真実の愛はチェルシーと育むと宣言、とうとうアラベラに婚約破棄を叩きつける。  しかし、その時には自分の気持ちに決着をつけていたアラベラが、あっさりと了承したことでサイラスの様子がおかしくなる。 小説家になろうにも掲載します。

あなたに何されたって驚かない

こもろう
恋愛
相手の方が爵位が下で、幼馴染で、気心が知れている。 そりゃあ、愛のない結婚相手には申し分ないわよね。 そんな訳で、私ことサラ・リーンシー男爵令嬢はブレンダン・カモローノ伯爵子息の婚約者になった。

処理中です...