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第四話 終わった約束
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「私を愛するという約束?」
母は頷き、言葉を続ける。
「……愛せなかったの。あなたが悪いのではないとわかっていたわ。でも私はどうしてもあなたを愛せなかった。あの男の妃にもなりたくなかった。お姉様を殺した男の妻になど、だれが! だけどあの男は王座を守るために私を穢し、無理矢理妃にしたのよ」
「あの男とは、父上のことですか?」
「ええ、そうよ」
母はどこか解放されたかのような微笑みを浮かべる。
「悪魔を愛して婚約者を無実の罪に落とし、処刑したのがあなたの父親。聖王猊下に悪魔の正体を暴かれた後、王座を従弟のジュベル公爵に奪われたくなくて、ジュベル公爵家に対抗する権力を持つブラン公爵家の娘である私……恥知らずにもお姉様の妹である私を求めたのがあなたの父親。妻を亡くしたジュベル公爵に、いざというときにアリスの後見人になるという証にあなたとの婚約を申し出て、その代償として悪魔との子どもを押し付けたのもあなたの父親よ」
「ダ、ダニエルは私の異母兄なのですか?」
「そうよ。……あなたを愛したくて、でもどうしても愛せなくて自分で自分が許せなかった私に、幼いアリスは言ってくれたのよ。自分が愛すると。あの子だって母親に愛されることなく育ったというのに。私の代わりにあなたを愛すると、初めて会ったときから大好きだから、って」
もう終わった約束だけど、と母は笑う。
「それで随分楽になったわ。あなたを愛さなくてはいけないと自分を追い込まなくても良くなったの。母として愛することは出来なかったけど、王妃として王子を大切に育てることは出来たと思うわ」
「ええ……母上には感謝しています」
「あの子……ディアーブラだったかしら? 悪魔じゃないといいわね。たとえ悪魔だったとしても大丈夫よ。あの男が喜々としてダニエルを王座に就けようと画策するでしょうから、あなたは愛を貫けるわ。だからね、もう二度とアリスに近寄っては駄目よ。あの子を解放してあげて」
少し狂気を帯びた笑みを浮かべて、母は嬉しそうに語る。
どんなに母が正当な評価をしてもアリスの劣等感が強かったのは、常に義兄であるダニエルに貶められていたからだろうと、母は言う。
「あの男がジュベル公爵を多忙にしてアリスと引き離していたのは嫉妬からでしょうね。公爵と夫人は心から愛し合っていたけれど、聖王猊下に正体を見破られた悪魔は処刑を恐れてべつの男と逃げ出して、後から生まれたばかりの赤ん坊だけが戻って来たんだから」
二十年前の悪魔は一緒に逃げた男に売られて、場末の娼館で命を落としたのだという。
男は取り巻きの一員ではなく、聖王猊下を護衛していた聖騎士だったらしい。
父以外の取り巻き達は、母の姉が処刑された時点で正気に返ったようだ。もちろん遅過ぎるのだが。
母の話を聞いているうちに、あるはずのない記憶が蘇ってきた。
無残な姿で首を落とされたアリスを見て、呆然としていた記憶だ。群衆の中に怒りに燃える目をしたジュベル公爵がいた。ダニエルを始めとするディアーブラの取り巻き達も、ディアーブラ本人すらも事の重大さに怯えていた。
それでも私はディアーブラと結ばれた……気がする。
愛していたからではない。アリスを王太子暗殺未遂の罪で処刑した以上、彼女の罪を暴いて私を救ったことになっているディアーブラと結婚しないわけにはいかなかったからだ。
見たこともないはずの悪夢に飲み込まれそうになって、私は頭を横に振った。
私はなにもしていない。ディアーブラに惹かれたのだって自分のせいではない。そう思って自問する。……本当に?
アリスを処刑するなんてとんでもない言葉を口に出してしまったときのように、ディアーブラと会話していると、ときおりそれまでの会話を無視した言葉がこぼれてしまうことがあった。
そんなときディアーブラからの返事を聞くと、彼女への熱情が燃え上がるのを感じた。
でもそうではないときもあった。いや、そうではないときのほうが多かった。泣き叫ぶアリスに冷たい言葉を投げかけたのは、登下校や昼食をディアーブラとともにし、夜会で婚約者をエスコートしなかったのは私の意思だ。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
ジュベル公爵の活躍で体調が悪かった聖王猊下が後継を指定し、その座を退いた。
後顧の憂いがなくなったせいか、引退した先代は体調が回復傾向にあるという。
すぐに我が国を訪れてくれた新しい聖王猊下は、ディアーブラが悪魔だと断言した。
ああ、やっぱり。そんな感想しか抱けなかった。
聖王猊下によると、異界から現れ悪意によってこの世界の人間の運命を捻じ曲げる悪魔らしい。
悪魔は火焙りの刑になった。
母は頷き、言葉を続ける。
「……愛せなかったの。あなたが悪いのではないとわかっていたわ。でも私はどうしてもあなたを愛せなかった。あの男の妃にもなりたくなかった。お姉様を殺した男の妻になど、だれが! だけどあの男は王座を守るために私を穢し、無理矢理妃にしたのよ」
「あの男とは、父上のことですか?」
「ええ、そうよ」
母はどこか解放されたかのような微笑みを浮かべる。
「悪魔を愛して婚約者を無実の罪に落とし、処刑したのがあなたの父親。聖王猊下に悪魔の正体を暴かれた後、王座を従弟のジュベル公爵に奪われたくなくて、ジュベル公爵家に対抗する権力を持つブラン公爵家の娘である私……恥知らずにもお姉様の妹である私を求めたのがあなたの父親。妻を亡くしたジュベル公爵に、いざというときにアリスの後見人になるという証にあなたとの婚約を申し出て、その代償として悪魔との子どもを押し付けたのもあなたの父親よ」
「ダ、ダニエルは私の異母兄なのですか?」
「そうよ。……あなたを愛したくて、でもどうしても愛せなくて自分で自分が許せなかった私に、幼いアリスは言ってくれたのよ。自分が愛すると。あの子だって母親に愛されることなく育ったというのに。私の代わりにあなたを愛すると、初めて会ったときから大好きだから、って」
もう終わった約束だけど、と母は笑う。
「それで随分楽になったわ。あなたを愛さなくてはいけないと自分を追い込まなくても良くなったの。母として愛することは出来なかったけど、王妃として王子を大切に育てることは出来たと思うわ」
「ええ……母上には感謝しています」
「あの子……ディアーブラだったかしら? 悪魔じゃないといいわね。たとえ悪魔だったとしても大丈夫よ。あの男が喜々としてダニエルを王座に就けようと画策するでしょうから、あなたは愛を貫けるわ。だからね、もう二度とアリスに近寄っては駄目よ。あの子を解放してあげて」
少し狂気を帯びた笑みを浮かべて、母は嬉しそうに語る。
どんなに母が正当な評価をしてもアリスの劣等感が強かったのは、常に義兄であるダニエルに貶められていたからだろうと、母は言う。
「あの男がジュベル公爵を多忙にしてアリスと引き離していたのは嫉妬からでしょうね。公爵と夫人は心から愛し合っていたけれど、聖王猊下に正体を見破られた悪魔は処刑を恐れてべつの男と逃げ出して、後から生まれたばかりの赤ん坊だけが戻って来たんだから」
二十年前の悪魔は一緒に逃げた男に売られて、場末の娼館で命を落としたのだという。
男は取り巻きの一員ではなく、聖王猊下を護衛していた聖騎士だったらしい。
父以外の取り巻き達は、母の姉が処刑された時点で正気に返ったようだ。もちろん遅過ぎるのだが。
母の話を聞いているうちに、あるはずのない記憶が蘇ってきた。
無残な姿で首を落とされたアリスを見て、呆然としていた記憶だ。群衆の中に怒りに燃える目をしたジュベル公爵がいた。ダニエルを始めとするディアーブラの取り巻き達も、ディアーブラ本人すらも事の重大さに怯えていた。
それでも私はディアーブラと結ばれた……気がする。
愛していたからではない。アリスを王太子暗殺未遂の罪で処刑した以上、彼女の罪を暴いて私を救ったことになっているディアーブラと結婚しないわけにはいかなかったからだ。
見たこともないはずの悪夢に飲み込まれそうになって、私は頭を横に振った。
私はなにもしていない。ディアーブラに惹かれたのだって自分のせいではない。そう思って自問する。……本当に?
アリスを処刑するなんてとんでもない言葉を口に出してしまったときのように、ディアーブラと会話していると、ときおりそれまでの会話を無視した言葉がこぼれてしまうことがあった。
そんなときディアーブラからの返事を聞くと、彼女への熱情が燃え上がるのを感じた。
でもそうではないときもあった。いや、そうではないときのほうが多かった。泣き叫ぶアリスに冷たい言葉を投げかけたのは、登下校や昼食をディアーブラとともにし、夜会で婚約者をエスコートしなかったのは私の意思だ。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
ジュベル公爵の活躍で体調が悪かった聖王猊下が後継を指定し、その座を退いた。
後顧の憂いがなくなったせいか、引退した先代は体調が回復傾向にあるという。
すぐに我が国を訪れてくれた新しい聖王猊下は、ディアーブラが悪魔だと断言した。
ああ、やっぱり。そんな感想しか抱けなかった。
聖王猊下によると、異界から現れ悪意によってこの世界の人間の運命を捻じ曲げる悪魔らしい。
悪魔は火焙りの刑になった。
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