あなたが言ったのに

豆狸

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第三話 神殿

 お茶会の数日後、アルベルトはイザベリータと王都の神殿に来ていた。彼女にせがまれたのだ。

 王都の伯爵邸で軟禁状態の彼女は、父親である伯爵の領地に行ったことはない。
 伯爵は後妻の息子のダビドを跡取りにしたいのだ。
 前妻の娘のイザベリータが領民に慕われたりしたらたまらない。

 そんな伯爵の努力は今のところ報われていない。
 王国の冠婚葬祭を司る神殿は、自分達が認めた正妻との婚姻中に愛人との不貞から産まれたダビドに伯爵家の継承権を許していないのだ。
 なにしろイザベリータと異母弟ダビドはひとつしか違わない。

 結婚したときから不貞をしていたと思われても仕方がないし、実際そうだった。
 本来はイザベリータが伯爵家の後継だったし、こうしてアルベルトの婚約者となり侯爵家へ嫁ぐことが決まっても、伯爵家の次代は彼女が産んだ第二子以降の予定になっている。
 だからこそ伯爵は後妻の甥であるアルベルトにイザベリータを押しつけ、彼女名義の個人財産と引き換えの処分を依頼してきたのだ。

 客や取り引き先との関係があり、動かし続けなくてはいけなかった商家と違い、イザベリータに祖父母と母親が残した財産は神殿に守られていた。
 後見人の伯爵であっても利子にしか手を出せず、元金を動かすときにはイザベリータ直筆の委任状が必要だった。
 利子を引き出すのだって本当は、本来の持ち主であるイザベリータのために資産を運用して増やすという名目が必要だったのだ。

 今のイザベリータは学園生だ。
 この王国では学園に在学中の貴族子女は未成人扱いになる。
 ある程度の権限は入学時から許されているものの、正式な当主就任や個人財産の運用を認められるのは卒業して成人とされてからなのだ。

 だから伯爵はイザベリータが卒業間近になってからアルベルトとの婚約を決め、卒業とほぼ同時に結婚させようとしている。
 彼女に自分名義の個人財産を動かす暇を与えないために、伯爵家の嫡子としての権利も主張させないように、夫であるアルベルトの支配下に置こうというのだ。
 あの伯爵のことだから委任状を偽造してイザベリータ名義の個人財産の元金にも手を出しているのではないか、とアルベルトは思う。

 しかし、それにも限度があるはずだ。
 残った虫食いの財産でも今のアルベルトには必要だった。
 侯爵令息という立場を維持して上辺を誤魔化し続けていれば、いつか奇跡が起こるかもしれないのだから。

 イザベリータが神殿に来たがったのは、亡くなった母親に祈りを捧げるためだ。
 いくら平民の商家出身だといっても、彼女の母親はちゃんと神殿に認められて伯爵夫人となった。
 その遺体は伯爵領の霊廟に納められている。ただ、イザベリータが領地へ行くことを父親に禁じられているだけだ。

「……お待たせいたしました」

 愛と契約の女神像に向かって跪き、母親の死後の幸福について祈っていたイザベリータが立ち上がる。
 あれから、イザベリータとはカテナの話をしていない。
 下町で囲っている家へ行ってカテナとは話をした。学園に忍び込んでイザベリータと会ったりはしていないと言っていた。それが真実かどうか、アルベルトにはわからない。

(伯爵邸での扱いを考えれば、彼女が自分で情報を集めたとは思えない。学園でだれかに吹き込まれて、私を試すつもりで名前を出したのか?)

 結婚する前に逃げ出されては困る。
 イザベリータは世間知らずの貴族令嬢だ。カテナとは違う。
 王都の下町に迷い込んだとしたら、奥の貧民窟から這い出してきた悪党に見つかって殺されるだけだ。伯爵は父親としての管理責任が問われるし、アルベルトは銅貨一枚手に入れられない。

 彼女が俗世を捨てて神殿に入っても同じことだ。
 伯爵が個人財産の元金に手を出していなかったとしても、利子を使って得たとされる利益は神殿に徴収されるだろう。神殿で暮らすイザベリータの生活費として求められるのは当然のことだ。それは彼女のために引き出されたお金だったのだから。
 もちろん、この場合もアルベルトはなにも得られない。

(この後、王都の大通りにでも誘ってみるか。なんの楽しみもない人生を送っている小娘だ。甘いものでも食わせてやれば、私に夢中になるだろう)

 アルベルトがそう考えて口を開こうとしたとき、

「イザベリータ!」

 だれかが叫んだ。
 絹糸のような銀の髪に透き通った水晶が空を映しているような青い瞳、おとぎ話や伝説に出てくる妖精なのではないかと疑いたくなるほどの美青年だ。
 彼を見て、イザベリータは花笑んだ。

「ファビオ小父様。神殿長ともあろうお方が大声を上げてはいけませんわ」

 この神殿を任されている大神官らしい。
 ファビオという名前は聞いたことがある。
 イザベリータがアルベルトに詳しい紹介をしてくれる。

「アルベルト様。こちらの方はこの神殿の神殿長のファビオ様。私の亡くなった母の親友だった方の弟ですの。母の死後もずっとお世話になっていて……」

 伯爵は、イザベリータの母親の死後、すぐにアルベルトの叔母を引き入れたわけではなかった。
 イザベリータは母親の親友一家に守られていたのだ。
 母親と同じで親友も平民の商家だったが、イザベリータよりもふたつ年上の息子は学園の特待生だった。

 彼とイザベリータが婚約していれば、卒業しても彼女を守り続けていただろう。
 しかし伯爵は、王国で認められていても数の少ない女性当主になるのだから、イザベリータの婿は貴族令息でなくてはいけないと婚約を受け入れなかった。
 そして彼が卒業した途端、伯爵は後妻親子を引き入れた。婚約者でもない平民にはなにもできない。

「ファビオ小父様。こちらの方は私の婚約者のアルベルト様ですわ。私、侯爵家へ嫁ぐことになりましたの。学園を卒業したらすぐに結婚することになっています」
「うちの神殿で式をしてくれたら良いのになあ」
「ふふふ、父が決めたことですから」

 ああ、とアルベルトは思う。
 今日もイザベリータの後ろにいる侍女が、ほかの神殿へ誘導しようとしていた意味がわかった。
 この神殿は王都で一番大きい。よほどの理由がない限り、王都で神殿に行くのならここへ行きたいというのは当たり前なので疑問に思っていなかったけれど、伯爵は娘をこの大神官と会わせたくなかったのだ。結婚式が予定されているほかの神殿の大神官は、伯爵に金を握らされているに違いない。

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