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第九話 一度目と二度目の間で
ファビオ達は失敗した。
夫のアルベルトが妻殺しで処刑されても、殺されたイザベリータは戻らない。
大神官のほうのファビオが甥のファビオに頭を下げる。
「すまない。まさかこちらに報告もなしに結婚式をするとは思わなかったんだ」
大神官のファビオは王都で一番大きな神殿の神殿長だ。
王都の神殿で冠婚葬祭がおこなわれるときは、すべてファビオに報告がある。
しかし伯爵に金を握らされた小さな神殿の大神官は、わざと届け出を出さずにイザベリータ達の式を挙げた。ファビオのもとに報告が上がったのは、イザベリータが式を挙げた翌日だ。彼女の訃報が届けられたのは、それから数日後。
本来なら貴族の結婚式は何日も、場合によっては何カ月も前から計画される。
家と家とのつながりだから大々的に知らしめられるものでもある。
だからファビオは気づかなかった。イザベリータを殺すためだけに挙げられた、ささやかな結婚式に。
彼には自分の神殿での仕事があるし、イザベリータの式の前後に挙げられた平民の式の報告は受けていた。
ヴェールを被った花嫁の顔は見えない。
ファビオが式の行われている神殿の前を通ったとしても怪しむことはできなかっただろう。
甥のほうのファビオは商人だ。
家を継いだわけではない。家は弟に譲った。
彼は独立して家を興し、商人として王国に貢献することで爵位を得ようとしていたのだ。幼なじみで彼の初恋の人であるイザベリータの婿になるためである。
本人にそれを告げなかったのは間抜けだったかもしれない。
だけどファビオは愛するイザベリータを縛りつけたくなかった。
それにどこかから情報が洩れたら、伯爵が強硬手段を取るかもしれない。それが怖かったのだ。
イザベリータが侯爵令息のアルベルトと婚約させられたという話は、ふたりのファビオで共有していた。
とはいえ伯爵による一方的なもので侯爵家には認められていなかったし、なにより結婚式の予定が立っていなかったことでふたりは様子見をしていたのだ。
神殿での結婚式は絶対にすると思っていた。神殿に結婚を認められなければイザベリータ名義の個人財産の受取人は変えられない。
イザベリータの母の実家を食い潰した今の伯爵家は裕福ではない。
他人を巻き込むには餌が必要だ。
それは神殿が預かっている彼女名義の個人財産以外あり得ない。伯爵が羽振りの良い振りをしていられるのは、実の娘の後見人としてその利子を使えるからだ。本当ならイザベリータが結婚するか成人して元金を動かす権利を得た時点で、利子の運用先についても追及されるはずだった。
「……叔父さんのせいじゃないよ」
ファビオはやっとの思いで言葉を絞り出した。
「悪いのは自分達の欲望のために周りを食い潰す伯爵達だ」
伯爵の後妻が絶縁された侯爵令嬢だということもふたりの判断を鈍らせていた。
不貞を嫌う侯爵が、簡単に異母妹の絶縁を解いて身内に戻ろうとするとは思わなかったのだ。
甘かったな、と大神官は思う。
役目柄貴族と関わることは多かった。
彼は侯爵が不貞こそ嫌っているものの、根は優しくて思いやり深い人間だと知っている。
異母妹が反省したと聞かされたら、息子が不貞相手と別れて家のためになる相手と結婚しようとしていると告げられたら、喜んで絶縁を解いて結婚を認めそうなくらいに。
「イザベリータは戻ってこないけど伯爵達に罪を償わせることはできる。伯爵領の霊廟に納められた小母さんが本当に病死だったかどうかは確かめられなくても、商会の頭取夫婦の事故なら調べ直せる」
「ああ。今なら彼らも油断しているだろう。それに、侯爵令息が投獄されていた間に、彼の愛人だった下町の女が毒殺されている。そちらのほうからも追い込めるかもしれない」
「侯爵令息の愛人?」
「たぶん彼女はイザベリータの異母弟の愛人でもある。侯爵家の下働きになる前からか、なった後からだったのかはわからないがね」
「え? 侯爵令息のひとつ下だったんだから、イザベリータの異母弟よりもいつつも上じゃないか」
「イザベリータの異母弟は母親に似て見た目も気性も蠱惑的だったし、年齢は恋をしない理由にはならないからね」
イザベリータの母親は大神官ファビオの姉の親友だった。
ふたりの年の差はふたつで、まだそれが大きい年ごろだった。
彼が一人前になろうと足掻いている間に、彼女は伯爵の魔手に捕らえられた。
「愛人がイザベリータの異母弟と関係がありそうだと、明確な証拠がなくても侯爵令息に匂わせておけば、なにか変わっていたかもしれないね」
「伯爵達は叔父さんをイザベリータに近づけないようにしていたんだから仕方ないよ。でもそうだね、なにかがひとつでも変わっていたら……伯爵達に握り潰されるとしても手紙を書いておけば良かったかな。それか叔父さんみたいになにかに隠して……」
商人のファビオは手の中の木製の小鳥を見た。
イザベリータが持っているものと対になっているものだ。
彼女は母親に、ファビオは叔父にもらった。どちらも使われなかった乗船券が入っている。悲しい思い出を伝える二羽の小鳥は、ふたりのファビオが伯爵一家の罪を暴いた後で奇跡を起こした。
夫のアルベルトが妻殺しで処刑されても、殺されたイザベリータは戻らない。
大神官のほうのファビオが甥のファビオに頭を下げる。
「すまない。まさかこちらに報告もなしに結婚式をするとは思わなかったんだ」
大神官のファビオは王都で一番大きな神殿の神殿長だ。
王都の神殿で冠婚葬祭がおこなわれるときは、すべてファビオに報告がある。
しかし伯爵に金を握らされた小さな神殿の大神官は、わざと届け出を出さずにイザベリータ達の式を挙げた。ファビオのもとに報告が上がったのは、イザベリータが式を挙げた翌日だ。彼女の訃報が届けられたのは、それから数日後。
本来なら貴族の結婚式は何日も、場合によっては何カ月も前から計画される。
家と家とのつながりだから大々的に知らしめられるものでもある。
だからファビオは気づかなかった。イザベリータを殺すためだけに挙げられた、ささやかな結婚式に。
彼には自分の神殿での仕事があるし、イザベリータの式の前後に挙げられた平民の式の報告は受けていた。
ヴェールを被った花嫁の顔は見えない。
ファビオが式の行われている神殿の前を通ったとしても怪しむことはできなかっただろう。
甥のほうのファビオは商人だ。
家を継いだわけではない。家は弟に譲った。
彼は独立して家を興し、商人として王国に貢献することで爵位を得ようとしていたのだ。幼なじみで彼の初恋の人であるイザベリータの婿になるためである。
本人にそれを告げなかったのは間抜けだったかもしれない。
だけどファビオは愛するイザベリータを縛りつけたくなかった。
それにどこかから情報が洩れたら、伯爵が強硬手段を取るかもしれない。それが怖かったのだ。
イザベリータが侯爵令息のアルベルトと婚約させられたという話は、ふたりのファビオで共有していた。
とはいえ伯爵による一方的なもので侯爵家には認められていなかったし、なにより結婚式の予定が立っていなかったことでふたりは様子見をしていたのだ。
神殿での結婚式は絶対にすると思っていた。神殿に結婚を認められなければイザベリータ名義の個人財産の受取人は変えられない。
イザベリータの母の実家を食い潰した今の伯爵家は裕福ではない。
他人を巻き込むには餌が必要だ。
それは神殿が預かっている彼女名義の個人財産以外あり得ない。伯爵が羽振りの良い振りをしていられるのは、実の娘の後見人としてその利子を使えるからだ。本当ならイザベリータが結婚するか成人して元金を動かす権利を得た時点で、利子の運用先についても追及されるはずだった。
「……叔父さんのせいじゃないよ」
ファビオはやっとの思いで言葉を絞り出した。
「悪いのは自分達の欲望のために周りを食い潰す伯爵達だ」
伯爵の後妻が絶縁された侯爵令嬢だということもふたりの判断を鈍らせていた。
不貞を嫌う侯爵が、簡単に異母妹の絶縁を解いて身内に戻ろうとするとは思わなかったのだ。
甘かったな、と大神官は思う。
役目柄貴族と関わることは多かった。
彼は侯爵が不貞こそ嫌っているものの、根は優しくて思いやり深い人間だと知っている。
異母妹が反省したと聞かされたら、息子が不貞相手と別れて家のためになる相手と結婚しようとしていると告げられたら、喜んで絶縁を解いて結婚を認めそうなくらいに。
「イザベリータは戻ってこないけど伯爵達に罪を償わせることはできる。伯爵領の霊廟に納められた小母さんが本当に病死だったかどうかは確かめられなくても、商会の頭取夫婦の事故なら調べ直せる」
「ああ。今なら彼らも油断しているだろう。それに、侯爵令息が投獄されていた間に、彼の愛人だった下町の女が毒殺されている。そちらのほうからも追い込めるかもしれない」
「侯爵令息の愛人?」
「たぶん彼女はイザベリータの異母弟の愛人でもある。侯爵家の下働きになる前からか、なった後からだったのかはわからないがね」
「え? 侯爵令息のひとつ下だったんだから、イザベリータの異母弟よりもいつつも上じゃないか」
「イザベリータの異母弟は母親に似て見た目も気性も蠱惑的だったし、年齢は恋をしない理由にはならないからね」
イザベリータの母親は大神官ファビオの姉の親友だった。
ふたりの年の差はふたつで、まだそれが大きい年ごろだった。
彼が一人前になろうと足掻いている間に、彼女は伯爵の魔手に捕らえられた。
「愛人がイザベリータの異母弟と関係がありそうだと、明確な証拠がなくても侯爵令息に匂わせておけば、なにか変わっていたかもしれないね」
「伯爵達は叔父さんをイザベリータに近づけないようにしていたんだから仕方ないよ。でもそうだね、なにかがひとつでも変わっていたら……伯爵達に握り潰されるとしても手紙を書いておけば良かったかな。それか叔父さんみたいになにかに隠して……」
商人のファビオは手の中の木製の小鳥を見た。
イザベリータが持っているものと対になっているものだ。
彼女は母親に、ファビオは叔父にもらった。どちらも使われなかった乗船券が入っている。悲しい思い出を伝える二羽の小鳥は、ふたりのファビオが伯爵一家の罪を暴いた後で奇跡を起こした。
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