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最終話 あなたが言ったのに
アルベルト様は幸せにはなれませんでした。
あの日、ファビオ小父様に言われた言葉を気にした彼は、神殿を出てすぐに私と別れて下町で囲っていたカテナという女性のところへ行きました。
そこで彼女が私の異母弟と睦み合っているのを目撃し、激情に駆られて殺してしまったのです。
異母弟のダビドは逃げ出したものの、彼が残した外套から禁じられている毒物が見つかって捕まりました。
ダビドはアルベルト様に罪を着せられたのだと主張したのですが、下町の奥の貧民窟で開かれていた闇市で毒物を購入するところを目撃されていました。
禁じられている毒物の流通経路を追って、変装した騎士達が闇市を見張っていたのです。そのときは入り組んだ下町の路地へと逃げられて、仮面で顔を隠した異母弟は捕まえられなかったそうです。
アルベルト様の愛人と知り合って都合の良い道具に仕立て上げたのも、闇市の常連になったのも後妻とともに下町で囲われていたころからだそうです。
異母弟は闇市で常習性の高い麻薬も購入していたことがわかりました。
学園で、彼と一緒に私の悪評をばら撒いていた人々は麻薬に惑わされた哀れな奴隷だったと聞きました。
悲しかったけれど、友人と距離を置いておいて良かったと思います。
彼女達が私を庇い続けていたら、ダビドになにをされていたかわかりません。
本人が動かなくても哀れな奴隷達は麻薬のためならなんでもしたでしょう。
異母弟の起こした事件に関わっていたのではないかと、父と義母も厳しい取り調べを受けました。
その際に祖父母の事件も再捜査されて、やはり作為的なものだったとわかりました。父は、当時愛人だった義母を通じて貧民窟の犯罪組織の人間に依頼していたのです。
お母様の病死については、伯爵家の当主となった私が今度領地へ戻る際に確認するつもりです。戻るもなにも領地には初めて行くのですけれどね。
――真実の愛さえあれば、ひとは幸せになれるのだ。
悪夢の中でアルベルト様がおっしゃった言葉を思い出します。
あれがただの夢だったとしても、彼は父とともに私の殺害計画を企てていました。
なのでおそらく、現実でも同じようなことを考えていらしたはずです。私を殺して手を汚しても、愛人との真実の愛さえあれば幸せになれるのだと。
残念ながら、それは間違っていました。
私としては彼を囮として危険に晒す前に悪党同士で潰し合ってくれたようなものなので、少しホッとしています。
やっぱり自分の手を汚すのは望ましいことではありませんもの。
アルベルト様はお茶会の後もすぐ愛人に会っていたようです。
根拠も不明な言葉に煽られて真実の愛のお相手を疑うだなんて、彼女にはもとからどこか怪しいところがあったのかもしれませんね。
そうやって短慮な行動を見せていたから、異母弟は愛人を始末するつもりで毒物を持って行っていたのです。愛人殺害を私の仕業に見せかけて、彼を煽る気だったのかもしれません。
もしかしたらアルベルト様にも悪夢、時間が戻る前の記憶がうっすらとあって、周囲に不信感を抱いていたのかもしれませんね。私の殺害が上手く行っても、彼の末路は悲惨なものだったでしょうから。
まあ、彼が上手く立ち回ったりしないでくれて良かったですわ。
などと思いながら、私は前の席に座った人物に問いかけました。
「ファビオ兄様は、この小鳥が時間を戻してくれたのだと思っていらっしゃるの?」
「おやおや忘れちゃったの? 貴女が言ったのに」
「え?」
「そのころは僕達ふたりともこの小鳥をもらってなかったけど、僕達は運命の恋人同士なんだから、なにかあっても絶対に幸せの小鳥が助けてくれるって、イザベリータが言ったんだよ?」
「幸せの小鳥……」
ああ、そうです。
お母様はこの小鳥を幸せの小鳥と呼んでいました。
きっといつかイザベリータを助けてくれると教えてくれました。お母様は小鳥の向こうにファビオ小父様を見ていらしたのでしょうか。それともファビオ兄様だとは思わないにしても、いつか出会う私の恋人を想定していたのでしょうか。
お母様は意に沿わぬ結婚で父に裏切られているからといって、自分も浮気して返すような人ではありませんでした。
父にそっくりな私は、義両親の殺人罪と息子の管理責任を問われた彼の処刑後、親の犯罪には無関係だったと認められて女伯爵になりました。もちろん父は委任状偽造の罪も罰せられました。女神様の代行者である尊い神殿を偽ったので、ほかの罪より重かったかもしれません。
後妻も共犯で裁かれました。
異母弟の愛人だった侍女はもういません。
私を厭っていた使用人達も辞めさせて、真っ当な人間を雇い直しました。
「前のときはなにもできなくてごめん。今度こそ命をかけても貴女を守るよ。……なんか僕が動き出す前にすべて解決してたけど」
「ファビオ兄様がいてくださるだけで私は幸せですわ。もう、離れないでくださいましね」
「うん。じゃあ仕事のときも一緒に来てくれる?」
「ふふふ、兄様も私の仕事を手伝ってくださいます?」
「頑張るよ」
今日の私は王都伯爵邸の中庭で、婚約したばかりのファビオ兄様とお茶を楽しんでいます。
真実の愛だけでは、ひとは幸せになれません。いいえ、悪行の誤魔化しに真実の愛を利用することが間違いなのです。真実の愛はひけらかすのではなく、自分の心で大切に守らなくてはいけないものです。
私達の結婚式はきっと、ファビオ小父様に挙げていただくことになるでしょう。
庭には心の中の真実の愛のように、季節の花が咲き誇っています。
あの日、ファビオ小父様に言われた言葉を気にした彼は、神殿を出てすぐに私と別れて下町で囲っていたカテナという女性のところへ行きました。
そこで彼女が私の異母弟と睦み合っているのを目撃し、激情に駆られて殺してしまったのです。
異母弟のダビドは逃げ出したものの、彼が残した外套から禁じられている毒物が見つかって捕まりました。
ダビドはアルベルト様に罪を着せられたのだと主張したのですが、下町の奥の貧民窟で開かれていた闇市で毒物を購入するところを目撃されていました。
禁じられている毒物の流通経路を追って、変装した騎士達が闇市を見張っていたのです。そのときは入り組んだ下町の路地へと逃げられて、仮面で顔を隠した異母弟は捕まえられなかったそうです。
アルベルト様の愛人と知り合って都合の良い道具に仕立て上げたのも、闇市の常連になったのも後妻とともに下町で囲われていたころからだそうです。
異母弟は闇市で常習性の高い麻薬も購入していたことがわかりました。
学園で、彼と一緒に私の悪評をばら撒いていた人々は麻薬に惑わされた哀れな奴隷だったと聞きました。
悲しかったけれど、友人と距離を置いておいて良かったと思います。
彼女達が私を庇い続けていたら、ダビドになにをされていたかわかりません。
本人が動かなくても哀れな奴隷達は麻薬のためならなんでもしたでしょう。
異母弟の起こした事件に関わっていたのではないかと、父と義母も厳しい取り調べを受けました。
その際に祖父母の事件も再捜査されて、やはり作為的なものだったとわかりました。父は、当時愛人だった義母を通じて貧民窟の犯罪組織の人間に依頼していたのです。
お母様の病死については、伯爵家の当主となった私が今度領地へ戻る際に確認するつもりです。戻るもなにも領地には初めて行くのですけれどね。
――真実の愛さえあれば、ひとは幸せになれるのだ。
悪夢の中でアルベルト様がおっしゃった言葉を思い出します。
あれがただの夢だったとしても、彼は父とともに私の殺害計画を企てていました。
なのでおそらく、現実でも同じようなことを考えていらしたはずです。私を殺して手を汚しても、愛人との真実の愛さえあれば幸せになれるのだと。
残念ながら、それは間違っていました。
私としては彼を囮として危険に晒す前に悪党同士で潰し合ってくれたようなものなので、少しホッとしています。
やっぱり自分の手を汚すのは望ましいことではありませんもの。
アルベルト様はお茶会の後もすぐ愛人に会っていたようです。
根拠も不明な言葉に煽られて真実の愛のお相手を疑うだなんて、彼女にはもとからどこか怪しいところがあったのかもしれませんね。
そうやって短慮な行動を見せていたから、異母弟は愛人を始末するつもりで毒物を持って行っていたのです。愛人殺害を私の仕業に見せかけて、彼を煽る気だったのかもしれません。
もしかしたらアルベルト様にも悪夢、時間が戻る前の記憶がうっすらとあって、周囲に不信感を抱いていたのかもしれませんね。私の殺害が上手く行っても、彼の末路は悲惨なものだったでしょうから。
まあ、彼が上手く立ち回ったりしないでくれて良かったですわ。
などと思いながら、私は前の席に座った人物に問いかけました。
「ファビオ兄様は、この小鳥が時間を戻してくれたのだと思っていらっしゃるの?」
「おやおや忘れちゃったの? 貴女が言ったのに」
「え?」
「そのころは僕達ふたりともこの小鳥をもらってなかったけど、僕達は運命の恋人同士なんだから、なにかあっても絶対に幸せの小鳥が助けてくれるって、イザベリータが言ったんだよ?」
「幸せの小鳥……」
ああ、そうです。
お母様はこの小鳥を幸せの小鳥と呼んでいました。
きっといつかイザベリータを助けてくれると教えてくれました。お母様は小鳥の向こうにファビオ小父様を見ていらしたのでしょうか。それともファビオ兄様だとは思わないにしても、いつか出会う私の恋人を想定していたのでしょうか。
お母様は意に沿わぬ結婚で父に裏切られているからといって、自分も浮気して返すような人ではありませんでした。
父にそっくりな私は、義両親の殺人罪と息子の管理責任を問われた彼の処刑後、親の犯罪には無関係だったと認められて女伯爵になりました。もちろん父は委任状偽造の罪も罰せられました。女神様の代行者である尊い神殿を偽ったので、ほかの罪より重かったかもしれません。
後妻も共犯で裁かれました。
異母弟の愛人だった侍女はもういません。
私を厭っていた使用人達も辞めさせて、真っ当な人間を雇い直しました。
「前のときはなにもできなくてごめん。今度こそ命をかけても貴女を守るよ。……なんか僕が動き出す前にすべて解決してたけど」
「ファビオ兄様がいてくださるだけで私は幸せですわ。もう、離れないでくださいましね」
「うん。じゃあ仕事のときも一緒に来てくれる?」
「ふふふ、兄様も私の仕事を手伝ってくださいます?」
「頑張るよ」
今日の私は王都伯爵邸の中庭で、婚約したばかりのファビオ兄様とお茶を楽しんでいます。
真実の愛だけでは、ひとは幸せになれません。いいえ、悪行の誤魔化しに真実の愛を利用することが間違いなのです。真実の愛はひけらかすのではなく、自分の心で大切に守らなくてはいけないものです。
私達の結婚式はきっと、ファビオ小父様に挙げていただくことになるでしょう。
庭には心の中の真実の愛のように、季節の花が咲き誇っています。
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