勇者の凱旋

豆狸

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番外編 もうひとつの勇者の凱旋

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「うん、いいよ」

 勇者デビッドが村を旅立つ前日、幼なじみの彼に求婚されて私は受け入れた。
 彼は青い瞳を見開いて、上ずった声で言う。

「え? え? レスリーは冒険者のバーナードさんが好きなんじゃないの?」
「バーナードさんにはギルド受付のマリナさんがいるもん」

 だからバーナードさんの弟のバークさん狙いだったんだけど、この前会ったとき、恋人募集中だから村の女の子紹介してって言われたんだよね。
 はい、つまり私は全然眼中にないということですねー。
 私は基本怠け者だから、自分に気のない人を振り向かせる努力をする気はない。いや、ちょびっとはあったんだけど、めんどくさいからどうしようかと悩んでた。

 金髪で端正な顔をした細身なデビッドは好みと違うけど、向こうから求婚してくれたんだし、せっかくだから受けておこう。
 魔王を倒す旅の途中で彼がほかの女の子に目移りしても責めるつもりはない。
 むしろそれを期待している。勇者様の婚約不履行ということで、一生遊んで暮らせるだけの慰謝料くれないかなー。

 デビッドが真っ白な肌を朱に染めて言う。

「じゃ、じゃあさ……結婚を約束した記念に、キ、キ、キスしてもいい?」
「それはダメ」
「なんで?」
「暗い森の中でふたりきりだし、キスして盛り上がったら、はしたない行為に及んじゃうかもしれないでしょ?」
「うん。僕は及ぶ気満々だよ!」

 デビッドお前、そんな端正な顔で堂々とはしたない発言をするなよ。

「それで赤ちゃんが出来たらどうするの? デビッドは魔王を倒せないかもしれないじゃない。世界が滅びそうな状態や魔王に支配された状態での子育ては無理だよ。キスは魔王を倒してから」
「……魔王を倒したらキスしてもいい?」
「魔王を倒したら結婚するんじゃないの?」
「うん! そうだね! 魔王を倒したら結婚して、はしたない行為もし放題だね!」

 言うな、っつーに。
 とにかくその日はこれで話は終わり、私達は一緒に隣同士の家へと戻った。
 明日旅立つデビッドが少し哀れになったので、おやすみと言ってほっぺにキスしてあげると、彼は満面の笑顔になった。魔王討伐に旅立つ勇者の幼なじみとして、なかなか良い仕事をしたのではないかと思う。

☆ ☆ ☆ ☆ ☆

 王都からデビッドを迎えに来たのだろう。
 求婚された翌朝は、隣の家の辺りが騒々しかった。
 とはいえ、我が家ではお父さんが狩ってきて解体済みのモンスターから素材のより分けをするだけだ。でもねお母さん、同じ村の人間が勇者として旅立つ日なんだから、今日は仕事を休んでもいいと思うの。

 というかお父さん、なんでこんな日の早朝に森へ狩りに行ったの。
 え? なんか大きな気配が動くのを感じた?
 まあ滅多に出現しない高額素材モンスターのワイバーンが獲れて良かったけどさあ。私も妹もワイバーンの血が服に染み込んじゃったから、新しい作業着買ってよね。

「レスリーちゃん、いる?」

 隣のおばさんの声がする。
 玄関先でお母さんと話している気配。
 私に感じられる気配はそれくらいかなー。数少ない女友達にはいつも空気くらい読めと言われている。

「レスリー。あなた昨日デビッド君と森へ行ってたわよね? そのとき、彼なにか言ってた? 今朝起こしに行ったらベッドにいなかったんですって」

 玄関先から響いてくるお母さんの声に聞かれて考える。
 デビッドが魔王討伐に行くのを恐れて逃げ出すとは思えない。
 お父さんみたいになにかの気配を感じて、行きがけの駄賃に狩りに行っただけなんじゃないかな。とりあえず、私が彼に求婚されて受け入れたことは大事おおごとになりそうだから言いたくない。

「うーん。大した話はしなかったよ……?」

 適当に答えたとき、私にもわかるくらい大きな気配が動いた。
 娘ふたりに素材のより分けを任せて、朝からのんびり酒杯を揺らしていたお父さんに聞くと、早朝に感じた気配と似ていると言う。
 狩りと解体で疲れただろうからお酒を飲むのはいいけれど、目の前で焼いてるワイバーンの肉は少し私達にも分けて欲しいものだ。などと思っていたら──

「あらデビッド、あなたどこへ行ってたの?」
「ただいま、母さん。おばさん、レスリーいる?」
「レスリーはいるけど……デビッド君、その大きなドラゴンどうしたの?」

 玄関先からデビッドの声がする。
 やっぱり狩りに行ってたのか。
 まさか私にドラゴン素材のより分け頼みに来たんじゃないよね? してもいいけどワイバーンが終わってからになるよ。解体担当のお父さん、もうお酒飲んじゃってるし。

「ドラゴンじゃありませんよ、おばさん。これは魔王の第三形態です」
「「……」」
「あ、ダメだ。王都の聖神殿に行って大神官様に鑑定してもらわなきゃ魔王を討伐したとは認められませんよね。早くレスリーと結婚したいのになあ」
「……デビッド」
「なぁに、母さん」
「うちの家の前に聖神殿から来たみなさんが待ってらっしゃるわよ? たぶん大神官様もいらっしゃってるはずよ」
「本当? 家に寄らずに直接こっちに転移魔法で来ちゃったからなー。じゃあ家に帰ってくるよ」

 田舎の村なので、隣同士と言っても結構距離がある。
 それでも騒ぎが聞こえるくらいだから、かなりの人数がデビッドを迎えに来てるんだと思う。解体部屋のすぐ外くらいまで人がいるんじゃないかな。
 そしてデビッド、あなた転移魔法持ってたの? 勇者だから? 羨ましい。三年前の十五歳の成人の儀で私に転移魔法の恩恵ギフトが与えられてたら、今ごろ運送業でぼろ儲けしてゴロゴロ生活してたのになー。

★ ★ ★ ★ ★

 ──そんなこんなで史上最速で魔王を倒した勇者は、魔王討伐の旅の途中で彼が浮気して婚約不履行になることを期待していた幼なじみと結婚して、末永く幸せに暮らしたということです。
 幼なじみが幸せだったかどうかはわかりませんが。

・おしまい・

◇ ◇ ◇ ◇ ◇

レスリー「お父さんが感じた大きな気配ってなんだったんだろ?」
デビッド「レスリーのキスのおかげで興奮して眠れなかった僕が、転移魔法で魔王のところへ移動したときの気配じゃない?」

魔王(故)「そして我が倒されたため、世界の魔力濃度が下がって落下したワイバーンにうぬの父親が止めを刺したのであろうよ」
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