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第二話 聖女は目を開けない
リジアの魔力を吸収して、精霊達は会場の人間の前に姿を現した。
倒れた彼女の周囲で光り輝きながら円を描き、小さな森を生み出していく。
「リジア、リジアっ!」
アフォンソは婚約破棄したばかりの元婚約者に駆け寄ろうとしたが、見えない壁に阻まれた。
結界だ。初代聖女が魔王の攻撃から勇者を守ったときに作ったのと同じものだ。
そして聖女であるリジアを守るために、精霊達がペレイラ王国に張ってくれているのと同じものでもある。精霊結界に守られたこの王国は、近隣諸国のように魔王の死後も生き延びている魔物達の大暴走に襲われることはなかった。
「アフォンソ様……」
近寄ってこようとするロバーラを睨みつけ、アフォンソは会場の人間に退去を命じた。
それから衛兵を呼び寄せ、ナイフを借りて自分の腕を切った。
流れる血をハンカチに染み込ませて渡す。ちらりとロバーラに視線をやり、彼は衛兵に命じる。
「今朝起きたときから僕はおかしかった。あの娘がなにか含ませたのだろう。この血に痕跡が残ってないか調べるよう、王宮魔術師に伝えてくれ」
「はっ! かしこまりました」
「なにをおっしゃってるの、アフォンソ様。そんな、酷い……」
「だれかこの娘をタバーレス侯爵邸に送り届けてくれ。その後人員を増やして侯爵邸を警備するように。……人の口に戸は立てられない。聖女のことはすぐ王都中に広がるだろう」
アフォンソは精霊に取り囲まれて光り輝いているリジアを見つめた。
「仲が悪かった家族とはいえ、自分が意識を失っている間に怒り狂った暴徒に殺されたのでは彼女が悲しむ。……数人残って、僕のことも守ってくれ。王宮の父上には包み隠さず事実を伝えるように」
「はっ!」
アフォンソは自分が悪いのだと理解していた。
リジアが王宮へ嫁いだら会う機会がないから、学園を卒業した庶子の自分は年老いた豪商に嫁入りして貴族社会に顔を出すことはないから一度だけ、一度だけでいいからアフォンソと夜を過ごしたいというロバーラの願いを叶えてしまったのだから。それもリジアが魔術学園の卒業パーティで歌う別れの歌を完成させるため王宮に泊まり込んでいた夜に。
寝ている間に飲まされた、あるいは起きてすぐ飲んだ水差しの水に仕込まれていた薬でおかしくなったのは自業自得でしかない。
どうせならリジアを傷つける前に正気が戻れば良かったのに。
タバーレス侯爵邸へ行ってもロバーラが出てきてリジアに会えないことも、学園でリジアを探してもロバーラに邪魔されていたことも、薄々気付きながら手を打たなかった。
侯爵が娼館の女と作った娘は母に似て男に媚びるのが上手かったのだ。一線を越えたのは昨夜が初めてだが、お堅い人間には眉を顰められそうな行為は以前からしていた。
卒業したらリジアと結婚して二度とロバーラと会うことはないのだから、ロバーラに冷たくしたらリジアに嫌がらせをされるかもしれないから、と自分に言い訳して。
リジアに贈った装飾品がロバーラに横取りされていたことは、さすがに今夜まで気づいていなかった。淫らな行為の代償だとしても絶対に許せない。
アフォンソが薬でおかしくなっていることで安心していたのか、ロバーラはこれまで奪った装飾品を卒業パーティにつけてきていた。
ロバーラに嫉妬して贈った装飾品をつけてくれないのだと、リジアに身勝手な怒りを抱いていた自分を今は殴りたかった。
『愛すれば裏切る』
『尽くせば利用する』
『慈しめば見下す』
『……可哀相にね』
鈴を鳴らすような精霊達の声がアフォンソの耳朶を打つ。
リジアが真の聖女であることは、だれよりアフォンソが知っていた。
婚約を結んだ直後、幼いリジアがアフォンソの手を握って精霊達の姿を見せてくれたのだ。今目の前にあるのと同じように光り輝いていた。
──ナイショですよ、アフォンソさま。
セイレイたちはニンゲンにリヨウされるのをこのまないのです。だからセイレイたちがチカラをかしてくれるのは、きがむいたときだけということにしてください。
ワタシがよんだらきてくれるのは、ふたりだけのヒミツなのです。
微笑む幼い聖女に恋をして、それからずっと愛していたのに、愛されていると自惚れてアフォンソは彼女を裏切った。なにをしても許してくれると思い上がっていた。
「……リジア……」
彼女は再び目を開けるのだろうか。
アフォンソは卒業パーティ会場に現れた小さな森の中、精霊達の光に包まれているリジアを見つめ続けた。
ふたりの間は見えない壁に隔たれている。
倒れた彼女の周囲で光り輝きながら円を描き、小さな森を生み出していく。
「リジア、リジアっ!」
アフォンソは婚約破棄したばかりの元婚約者に駆け寄ろうとしたが、見えない壁に阻まれた。
結界だ。初代聖女が魔王の攻撃から勇者を守ったときに作ったのと同じものだ。
そして聖女であるリジアを守るために、精霊達がペレイラ王国に張ってくれているのと同じものでもある。精霊結界に守られたこの王国は、近隣諸国のように魔王の死後も生き延びている魔物達の大暴走に襲われることはなかった。
「アフォンソ様……」
近寄ってこようとするロバーラを睨みつけ、アフォンソは会場の人間に退去を命じた。
それから衛兵を呼び寄せ、ナイフを借りて自分の腕を切った。
流れる血をハンカチに染み込ませて渡す。ちらりとロバーラに視線をやり、彼は衛兵に命じる。
「今朝起きたときから僕はおかしかった。あの娘がなにか含ませたのだろう。この血に痕跡が残ってないか調べるよう、王宮魔術師に伝えてくれ」
「はっ! かしこまりました」
「なにをおっしゃってるの、アフォンソ様。そんな、酷い……」
「だれかこの娘をタバーレス侯爵邸に送り届けてくれ。その後人員を増やして侯爵邸を警備するように。……人の口に戸は立てられない。聖女のことはすぐ王都中に広がるだろう」
アフォンソは精霊に取り囲まれて光り輝いているリジアを見つめた。
「仲が悪かった家族とはいえ、自分が意識を失っている間に怒り狂った暴徒に殺されたのでは彼女が悲しむ。……数人残って、僕のことも守ってくれ。王宮の父上には包み隠さず事実を伝えるように」
「はっ!」
アフォンソは自分が悪いのだと理解していた。
リジアが王宮へ嫁いだら会う機会がないから、学園を卒業した庶子の自分は年老いた豪商に嫁入りして貴族社会に顔を出すことはないから一度だけ、一度だけでいいからアフォンソと夜を過ごしたいというロバーラの願いを叶えてしまったのだから。それもリジアが魔術学園の卒業パーティで歌う別れの歌を完成させるため王宮に泊まり込んでいた夜に。
寝ている間に飲まされた、あるいは起きてすぐ飲んだ水差しの水に仕込まれていた薬でおかしくなったのは自業自得でしかない。
どうせならリジアを傷つける前に正気が戻れば良かったのに。
タバーレス侯爵邸へ行ってもロバーラが出てきてリジアに会えないことも、学園でリジアを探してもロバーラに邪魔されていたことも、薄々気付きながら手を打たなかった。
侯爵が娼館の女と作った娘は母に似て男に媚びるのが上手かったのだ。一線を越えたのは昨夜が初めてだが、お堅い人間には眉を顰められそうな行為は以前からしていた。
卒業したらリジアと結婚して二度とロバーラと会うことはないのだから、ロバーラに冷たくしたらリジアに嫌がらせをされるかもしれないから、と自分に言い訳して。
リジアに贈った装飾品がロバーラに横取りされていたことは、さすがに今夜まで気づいていなかった。淫らな行為の代償だとしても絶対に許せない。
アフォンソが薬でおかしくなっていることで安心していたのか、ロバーラはこれまで奪った装飾品を卒業パーティにつけてきていた。
ロバーラに嫉妬して贈った装飾品をつけてくれないのだと、リジアに身勝手な怒りを抱いていた自分を今は殴りたかった。
『愛すれば裏切る』
『尽くせば利用する』
『慈しめば見下す』
『……可哀相にね』
鈴を鳴らすような精霊達の声がアフォンソの耳朶を打つ。
リジアが真の聖女であることは、だれよりアフォンソが知っていた。
婚約を結んだ直後、幼いリジアがアフォンソの手を握って精霊達の姿を見せてくれたのだ。今目の前にあるのと同じように光り輝いていた。
──ナイショですよ、アフォンソさま。
セイレイたちはニンゲンにリヨウされるのをこのまないのです。だからセイレイたちがチカラをかしてくれるのは、きがむいたときだけということにしてください。
ワタシがよんだらきてくれるのは、ふたりだけのヒミツなのです。
微笑む幼い聖女に恋をして、それからずっと愛していたのに、愛されていると自惚れてアフォンソは彼女を裏切った。なにをしても許してくれると思い上がっていた。
「……リジア……」
彼女は再び目を開けるのだろうか。
アフォンソは卒業パーティ会場に現れた小さな森の中、精霊達の光に包まれているリジアを見つめ続けた。
ふたりの間は見えない壁に隔たれている。
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