国王の情婦

豆狸

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第四話 激しく荒れ狂う嵐のように

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 フェッブレは兄の婚約者に恋をした。
 禁忌ゆえか、激しく荒れ狂う嵐のような恋情だった。
 兄とは父も母も同じで、髪の色以外はそっくりだとだれもに言われていた。兄カンナヴァーロの髪は父王譲りの黄金で、弟フェッブレの髪は母妃譲りの白銀だったのだ。

 兄の婚約者、レオーネ公爵令嬢は兄を愛していた。
 その赤い髪と琥珀の瞳のまま、燃え上がる炎のようにカンナヴァーロを愛していた。
 カンナヴァーロも彼女を愛していた。その黄金の髪と青い瞳のまま、どこまでも広がる大空のようにレオーネ公爵令嬢を愛していた。

 フェッブレの入り込む隙間などどこにもなかった。
 そうでなくてもフェッブレは彼女より年下で、最初から出遅れているのだ。
 第二王子として未来の国王となる兄を支える役目を期待されていたけれど、フェッブレは自分の恋情から逃れるために純潔の誓いを立てて神殿へ入った。

 ──恋情から逃れることは出来なかった。

 離れてもなお、フェッブレの恋情は嵐のように荒れ狂った。
 功績を上げ、元王子としてではなく神官フェッブレとして認められても、最年少で神殿の最高位である聖王にまで上り詰めても、フェッブレの恋情は消えなかった。
 横恋慕なのに、ふたりは相思相愛なのに、彼女がフェッブレを振り向くことなどないのに。

 それでも彼女が好きだった。
 嵐が静まり、雲の切れ間から光が差すときが来るなんて思えなかった。
 来るとしても差し込む光は黄金の太陽の光ではなく、白銀の月の光であって欲しいと願っていた。たとえ指が焼け落ちたとしても、あの赤い髪を自分の手でくしけずりたかった。たとえそのまま死に絶えたとしても、あの琥珀の瞳に自分の姿だけを映して欲しかった。

 だから、フェッブレはグレコ公爵子息の誘いに乗った。

☆ ☆ ☆ ☆ ☆

「愛してはいけない方を愛しているのです」

 裏切り者のグレコ公爵子息、今は当主の座を継いだ男がフェッブレの最愛との間に作った娘が、影だけを映す仕切り越しに罪を告白する。
 信者の罪を聞き、許しを与えるのは神官であるフェッブレの役目だ。
 神殿最高位の聖王となったからといって、神官でなくなるわけではない。フェッブレは信者を導き、彼らの罪を許し続ける。自分の罪は抱えたままで。

 愛しい人によく似た声に、私も、と答えたくなるのを必死で耐える。
 彼女の今の歪んだ状況はすべて自分が作り出したものなのだ。
 グレコ公爵子息の家に引き取られた娘を兄好みに仕立て上げて、悪意のない義弟の振りをしてレオーネ公爵令嬢の嫉妬を煽った。ああ、でも……とフェッブレは思う。

(嫉妬して怒り狂う彼女もまた、炎のように美しかった……)

 間違いだとわかっていても消えない恋情は、罪の記憶さえも美しく輝かせる。
 兄カンナヴァーロは婚約者の嫉妬から守るためにグレコ公爵家の娘と行動をともにし、フェッブレ達に嵌められて彼女と関係を結んだ。生真面目な兄は一夜のことと切り捨てることが出来ず、愛していたレオーネ公爵令嬢との婚約を破棄することで責任を取った。
 そしてフェッブレが還俗の手続きを取っている間に、グレコ公爵子息がレオーネ公爵令嬢を攫って行った。

 赤い髪に琥珀の瞳。
 整った美貌も甘い声もそのままなのに、レオーネ公爵令嬢の産んだグレコ公爵令嬢は母親とは違う。
 フェッブレには違うとわかる。自分が愛した女性はもうこの世にいない。彼女の未来も幸せも愚かなフェッブレと裏切り者のグレコ公爵子息が奪ってしまった。

 だけどフェッブレは今もなお、この世にいない女性に恋している。
 荒れ狂う恋情は消えない。
 いっそ告白して玉砕していたなら、気持ちに踏ん切りがついていたのだろうか。いいや、とフェッブレは思う。どんなに酷く振られても自分の恋情は消えなかった。なにがあろうとも嵐のように、この恋情は荒れ狂う。

 フェッブレは国王の情婦と呼ばれている王太子の婚約者に許しを与え、その幸せを祈った。
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