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第十話 彼女に嘘をつきました。
フェアリーは夢見ていた。
いつか愛する人と結ばれて、ずっとずっと幸せに暮らすことを。
恋をした人間なら、だれでも願う夢だ。
下町で男爵に囲われていたフェアリーの母は、その夢を叶えていた。
父が正妻を追い出して、フェアリーの母こそが本当の妻だと迎えに来てくれたのだ。
秘密結婚は欺瞞だったと教えられても、フェアリーは今も両親こそが真実の愛で結ばれていたのだと信じている。ふたりが処刑されて、自分の帰るところが無くなった今もだ。
両親の真実の愛が悲劇に終わったのは、身分が低かったからだとフェアリーは思っている。
自分のように相手が王子様だったら、多少の問題は無かったことにしてもらえる。
学園卒業後のフェアリーを王都公爵邸に匿っていた公爵ですら密かに毒杯を賜ったというのに、王太子に愛されて側妃として王宮へ上がったフェアリーは無傷だ。贅沢な王宮暮らしを味わった今では、男爵家が残っていても里帰りする気はない。
(父さんと母さんを貶めたあの男はムカつくけど、実家が子爵に落ちぶれたのよね。良い気味! アタシがマシューの子どもを産んで国母になったら、子爵家も跡かたなく潰してやるわ)
王家に嫁いで一年。
まだ子どもはできていないけれど、フェアリーに焦る気持ちはなかった。
自分はマシューに愛されている。真実の愛の相手なのだ。きっとすべてが上手く行く。
マシューの正妃は辺境伯令嬢だったホリーだが、彼女とは白い結婚だと聞いている。
彼の子どもを産むのはフェアリーひとりだと誓われていた。
フェアリーが愛するのもマシューひとりだ。
(それでもあの女が正妃でいるのは気に食わないから、子どもが生まれたら自殺に見せかけてマシューに殺してもらおうっと。何年も夫に相手にされなかった惨めな妃が自殺したって、だれも怪しまないわよね)
フェアリーにとって一番大切なのは愛だ。
愛さえあればすべてのことは上手く行くと思っている。
逆に愛を持たない人間は可哀想だと考えていた。もっとも可哀想だからといって手を伸ばす気はない。指をさして笑いながら言う『可哀想』なのだ。
その日、先触れが来てマシューがフェアリーの部屋を訪れた。
「どうしたの、マシュー」
「……父上に言われた。君が側妃入りしてからの三年間で子どもが生まれなかったら、私が種なしだと発表して臣下に落とすと」
「なに、それ。王様はマシューのお父さんなのに、なんでそんな酷いこと言うの?」
「政治的な判断だ。これ以上辺境伯家との亀裂を深めるわけにはいかない。私が臣下に下れば、ホリーと離縁して実家に帰すことができる」
「……」
フェアリーにはよくわからなかった。
マシューをひとり占めできるのは嬉しい。
しかしそれは前から、フェアリーとマシューが出会ってからずっとそうだった。今さら特別に喜ぶようなことではない。それに、惨めなホリーの姿を見られなくなるのは少し残念な気がした。
「フェアリー」
「マシュー?」
マシューがフェアリーの胸に顔を埋め、心配そうに尋ねてくる。
「王太子でなくなっても、私を愛してくれるかい?」
「当り前じゃない!」
状況は噛み砕けていないものの、フェアリーは迷わず叫んだ。
フェアリーはマシューを愛している。
王太子だからではない、マシューだから愛したのだ。たとえ最初と予定が変わっても、愛する人と結ばれて幸せに暮らせるのなら夢は叶う。
「そうだよな、良かった。君はホリーとは違う……」
「もちろんよ!」
「こんなことなら、初めから君のところへ来れば良かった」
「アタシより先にあの人のところへ報告に行ったの?……まあ、身分とかあるから仕方ないんだろうけど」
「すまない。君との間に子どもができなくても、ホリーとの間に子どもができれば王太子のままでいられるかと思ったんだ」
「はァ?」
そのときフェアリーの頭の中に過去の記憶が蘇った。
下町で母と一緒に暮らしていたころの思い出だ。
母はいつも泣いていた。白い結婚だと言っていたのに、アイツとは子どもを作らないと言ってくれたのに、どうしてどうしてどうして!……と。
「なにそれ。白い結婚だって言ってたじゃない」
「ああ、安心してくれ。ホリーには断られた」
「断られたって……断られなかったら、あの女を抱いていたの?」
「それは……」
「……ねえ、前にあの男が言ってたわ。アナタ、最初はあの女を抱くつもりだったって、アタシに飲ませてたのと同じ避妊薬を飲ませるつもりだったって。アタシへの嫌がらせで嘘つかれたと思ってたけど、本当だったの?」
「仕方がないだろう? ホリーから言い出してくれたから良いものの、こちらから白い結婚を言い出して、それを辺境伯家に告げられていたらお終いだったんだ。君に約束したのは正妃と子どもを作らないことだ。抱かずに白い結婚にするとは、最初から言ってない」
「そんなの知らない! マシューはアタシに嘘をついたのね! アタシだけを愛するって言いながら、あの女も抱くつもりだったなんてッ」
――嘘つき!
知らぬ間に飲まされていた薬の副作用で普段より感情的になっていたのかもしれない。
フェアリーは自分の腕の中にいたマシューを突き飛ばした。
聖王の腹心となった彼のかつての側近に言われた言葉が耳朶を打つ。
『愛する人と結ばれて、ずっとずっと幸せに暮らす? 他人の幸せを踏み躙った不貞関係のふたりのくせに、そんな身勝手な夢を叶えられると信じているんですか? 傲慢にもほどがあるでしょう』
それでも夢は叶うもの、アタシの夢は叶うんだものと呟きながら、フェアリーは泣きじゃくる。
本当はわかっている。両親は間違っていた、だから罰せられた。公爵の陰謀がなかったら、父は母を囲うだけで家に迎えたりはしなかった。
わかっていても信じていたかったのだ、自分の夢は叶うのだと。
床に転がったマシューは、フェアリーの涙を拭ってはくれない。
いつか愛する人と結ばれて、ずっとずっと幸せに暮らすことを。
恋をした人間なら、だれでも願う夢だ。
下町で男爵に囲われていたフェアリーの母は、その夢を叶えていた。
父が正妻を追い出して、フェアリーの母こそが本当の妻だと迎えに来てくれたのだ。
秘密結婚は欺瞞だったと教えられても、フェアリーは今も両親こそが真実の愛で結ばれていたのだと信じている。ふたりが処刑されて、自分の帰るところが無くなった今もだ。
両親の真実の愛が悲劇に終わったのは、身分が低かったからだとフェアリーは思っている。
自分のように相手が王子様だったら、多少の問題は無かったことにしてもらえる。
学園卒業後のフェアリーを王都公爵邸に匿っていた公爵ですら密かに毒杯を賜ったというのに、王太子に愛されて側妃として王宮へ上がったフェアリーは無傷だ。贅沢な王宮暮らしを味わった今では、男爵家が残っていても里帰りする気はない。
(父さんと母さんを貶めたあの男はムカつくけど、実家が子爵に落ちぶれたのよね。良い気味! アタシがマシューの子どもを産んで国母になったら、子爵家も跡かたなく潰してやるわ)
王家に嫁いで一年。
まだ子どもはできていないけれど、フェアリーに焦る気持ちはなかった。
自分はマシューに愛されている。真実の愛の相手なのだ。きっとすべてが上手く行く。
マシューの正妃は辺境伯令嬢だったホリーだが、彼女とは白い結婚だと聞いている。
彼の子どもを産むのはフェアリーひとりだと誓われていた。
フェアリーが愛するのもマシューひとりだ。
(それでもあの女が正妃でいるのは気に食わないから、子どもが生まれたら自殺に見せかけてマシューに殺してもらおうっと。何年も夫に相手にされなかった惨めな妃が自殺したって、だれも怪しまないわよね)
フェアリーにとって一番大切なのは愛だ。
愛さえあればすべてのことは上手く行くと思っている。
逆に愛を持たない人間は可哀想だと考えていた。もっとも可哀想だからといって手を伸ばす気はない。指をさして笑いながら言う『可哀想』なのだ。
その日、先触れが来てマシューがフェアリーの部屋を訪れた。
「どうしたの、マシュー」
「……父上に言われた。君が側妃入りしてからの三年間で子どもが生まれなかったら、私が種なしだと発表して臣下に落とすと」
「なに、それ。王様はマシューのお父さんなのに、なんでそんな酷いこと言うの?」
「政治的な判断だ。これ以上辺境伯家との亀裂を深めるわけにはいかない。私が臣下に下れば、ホリーと離縁して実家に帰すことができる」
「……」
フェアリーにはよくわからなかった。
マシューをひとり占めできるのは嬉しい。
しかしそれは前から、フェアリーとマシューが出会ってからずっとそうだった。今さら特別に喜ぶようなことではない。それに、惨めなホリーの姿を見られなくなるのは少し残念な気がした。
「フェアリー」
「マシュー?」
マシューがフェアリーの胸に顔を埋め、心配そうに尋ねてくる。
「王太子でなくなっても、私を愛してくれるかい?」
「当り前じゃない!」
状況は噛み砕けていないものの、フェアリーは迷わず叫んだ。
フェアリーはマシューを愛している。
王太子だからではない、マシューだから愛したのだ。たとえ最初と予定が変わっても、愛する人と結ばれて幸せに暮らせるのなら夢は叶う。
「そうだよな、良かった。君はホリーとは違う……」
「もちろんよ!」
「こんなことなら、初めから君のところへ来れば良かった」
「アタシより先にあの人のところへ報告に行ったの?……まあ、身分とかあるから仕方ないんだろうけど」
「すまない。君との間に子どもができなくても、ホリーとの間に子どもができれば王太子のままでいられるかと思ったんだ」
「はァ?」
そのときフェアリーの頭の中に過去の記憶が蘇った。
下町で母と一緒に暮らしていたころの思い出だ。
母はいつも泣いていた。白い結婚だと言っていたのに、アイツとは子どもを作らないと言ってくれたのに、どうしてどうしてどうして!……と。
「なにそれ。白い結婚だって言ってたじゃない」
「ああ、安心してくれ。ホリーには断られた」
「断られたって……断られなかったら、あの女を抱いていたの?」
「それは……」
「……ねえ、前にあの男が言ってたわ。アナタ、最初はあの女を抱くつもりだったって、アタシに飲ませてたのと同じ避妊薬を飲ませるつもりだったって。アタシへの嫌がらせで嘘つかれたと思ってたけど、本当だったの?」
「仕方がないだろう? ホリーから言い出してくれたから良いものの、こちらから白い結婚を言い出して、それを辺境伯家に告げられていたらお終いだったんだ。君に約束したのは正妃と子どもを作らないことだ。抱かずに白い結婚にするとは、最初から言ってない」
「そんなの知らない! マシューはアタシに嘘をついたのね! アタシだけを愛するって言いながら、あの女も抱くつもりだったなんてッ」
――嘘つき!
知らぬ間に飲まされていた薬の副作用で普段より感情的になっていたのかもしれない。
フェアリーは自分の腕の中にいたマシューを突き飛ばした。
聖王の腹心となった彼のかつての側近に言われた言葉が耳朶を打つ。
『愛する人と結ばれて、ずっとずっと幸せに暮らす? 他人の幸せを踏み躙った不貞関係のふたりのくせに、そんな身勝手な夢を叶えられると信じているんですか? 傲慢にもほどがあるでしょう』
それでも夢は叶うもの、アタシの夢は叶うんだものと呟きながら、フェアリーは泣きじゃくる。
本当はわかっている。両親は間違っていた、だから罰せられた。公爵の陰謀がなかったら、父は母を囲うだけで家に迎えたりはしなかった。
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