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第三話 精霊樹の実
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ウルリヒ陛下は大広間を見回し、高らかに宣言した。
「ギュンター王国の法に従い、一年間の白い結婚生活を送って来たクリスティーネは夫である王太子殿下と離縁ができる! 彼女は俺の番、今夜から俺の妻だ!」
「お待ちください皇帝陛下! クリスティーネは王太子妃です」
そう言い募ったのは王妃殿下だった。
私がいなくなったら彼女の仕事量は倍以上増える。
少しでも楽をさせてあげたくて頑張っていたけれど、それを感謝されたことはない。王妃殿下の一番はいつでも可愛い息子で、私は息子の出来の悪い妻に過ぎない。
「だから? 俺は帝国の大学で法律について研究していた。今も近隣諸国の法については数日前に改定されたものであっても諳んじられるぞ? ギュンター王国の法では王太子妃であっても白い結婚による離縁は適用される」
「法は法に過ぎません。王太子とその妃の離縁など許されません!」
ウルリヒ陛下は王妃殿下に獲物を見つけた猫のような視線を送り、泣き続けていた私を抱き寄せた。
「おかしいな。法で決められていなくても、王命の婚約を勝手に破棄することなど許されるものではなかった。だが王妃殿下、あなたは息子の婚約破棄を受け入れたではないか」
「う、受け入れたのではありません。婚約破棄などありませんでした。ですからクリスティーネは王太子妃になっているのです」
「本来の婚礼予定から一年も経ってからの密やかに人目を忍ぶような結婚式。そして一年間の白い結婚。それはすべて婚約破棄のせい、王太子殿下がほかの女を愛しているからではないのか?」
「他国の方に我が国のことをどうこう言われる筋合いはありませんっ!」
感情的に怒鳴った王妃殿下に、ウルリヒ陛下はさらに残酷な微笑みを向ける。
「そうか、国交断絶だな。わかった、受け入れよう。皆の者、帰るぞ。我が国はギュンター王国との国交が無くなるのだから、この国からの要請はすべて無視しろ。もちろん、この国の元王太子妃を俺が連れ去ったなんて侮辱も聞き流せ」
「かしこまりました」
ウルリヒ陛下の言葉に、少し離れたところにいたヘルツェル帝国の高官が駆け寄ってきて頷く。
部下ときちんとした人間関係を築けている彼が羨ましかった。
王妃殿下の顔色が変わる。もう彼女に母の姿を見たりはしていなかったが、ひとり気炎を上げる姿には同情せざるを得なかった。王太子殿下も国王陛下も、こんな状況なのにロイバーナ様を守るかのように彼女を囲んでこちらを睨みつけている。
「お、お待ちください皇帝陛下。まさか契約中の食糧の輸出までお止めになられるのではありませんよね?」
ギュンター王国は、王太子殿下がお生まれになって数年したころから不作に悩まされていた。
ヘルツェル帝国を始めとする近隣諸国から輸入して、やっと生活している状況だ。
王太子妃として、何度各国へ支払い延期を求める手紙を書いたことだろう。私が頭を下げて新しく輸出してもらった食糧を食べながら、この国の民は私を悪女にした劇を見て楽しんでいる。この国は不作と前後して宝石の産地となったが、だれにも買ってもらえなければ宝石など色のついた石に過ぎないのに。
「国交のない国に輸出などできるか。個人的に取引しようという商会があっても関所で止めるに決まっているだろう。ああ、それと……精霊樹の実も持ち帰らせてもらおう。なにしろ国交がないんだから、支援してやる義理もない」
たちまち大広間にざわめきが走った。
ヘルツェル帝国以外の賓客も驚いた顔をしている。
国は精霊樹のあるところにできる。善き王が治め善き民が住まう国では精霊樹は実をつけ、その実がある間大地は肥え太り、作物が豊作になるという。
ギュンター王国の精霊樹は実をつけるどころか枯れそうになっていた。
これは王族と高位の神官しか知らない秘密だ。
ヘルツェル帝国の精霊樹は帝都の中央広場にあって民が自由に触れることができるのだが、ギュンター王国の精霊樹は王都の神殿の内部にあって人目から隠されている。祭事のときに訪ねていく王族と高位神官にしか見ることはできない。
「ウルリヒ皇帝陛下! 失礼ながらその実はふたつ目、ということでしょうか」
賓客のひとりがウルリヒ陛下の前に進み出た。
礼儀正しい態度ではないけれど、気持ちはわかる。
その客人の祖国の精霊樹も枯れかけているのだ。かの国では精霊樹が国土を見下ろす丘の上に聳えているため、ギュンター王国と違ってだれもがそれを知っている。
「ギュンター王国の法に従い、一年間の白い結婚生活を送って来たクリスティーネは夫である王太子殿下と離縁ができる! 彼女は俺の番、今夜から俺の妻だ!」
「お待ちください皇帝陛下! クリスティーネは王太子妃です」
そう言い募ったのは王妃殿下だった。
私がいなくなったら彼女の仕事量は倍以上増える。
少しでも楽をさせてあげたくて頑張っていたけれど、それを感謝されたことはない。王妃殿下の一番はいつでも可愛い息子で、私は息子の出来の悪い妻に過ぎない。
「だから? 俺は帝国の大学で法律について研究していた。今も近隣諸国の法については数日前に改定されたものであっても諳んじられるぞ? ギュンター王国の法では王太子妃であっても白い結婚による離縁は適用される」
「法は法に過ぎません。王太子とその妃の離縁など許されません!」
ウルリヒ陛下は王妃殿下に獲物を見つけた猫のような視線を送り、泣き続けていた私を抱き寄せた。
「おかしいな。法で決められていなくても、王命の婚約を勝手に破棄することなど許されるものではなかった。だが王妃殿下、あなたは息子の婚約破棄を受け入れたではないか」
「う、受け入れたのではありません。婚約破棄などありませんでした。ですからクリスティーネは王太子妃になっているのです」
「本来の婚礼予定から一年も経ってからの密やかに人目を忍ぶような結婚式。そして一年間の白い結婚。それはすべて婚約破棄のせい、王太子殿下がほかの女を愛しているからではないのか?」
「他国の方に我が国のことをどうこう言われる筋合いはありませんっ!」
感情的に怒鳴った王妃殿下に、ウルリヒ陛下はさらに残酷な微笑みを向ける。
「そうか、国交断絶だな。わかった、受け入れよう。皆の者、帰るぞ。我が国はギュンター王国との国交が無くなるのだから、この国からの要請はすべて無視しろ。もちろん、この国の元王太子妃を俺が連れ去ったなんて侮辱も聞き流せ」
「かしこまりました」
ウルリヒ陛下の言葉に、少し離れたところにいたヘルツェル帝国の高官が駆け寄ってきて頷く。
部下ときちんとした人間関係を築けている彼が羨ましかった。
王妃殿下の顔色が変わる。もう彼女に母の姿を見たりはしていなかったが、ひとり気炎を上げる姿には同情せざるを得なかった。王太子殿下も国王陛下も、こんな状況なのにロイバーナ様を守るかのように彼女を囲んでこちらを睨みつけている。
「お、お待ちください皇帝陛下。まさか契約中の食糧の輸出までお止めになられるのではありませんよね?」
ギュンター王国は、王太子殿下がお生まれになって数年したころから不作に悩まされていた。
ヘルツェル帝国を始めとする近隣諸国から輸入して、やっと生活している状況だ。
王太子妃として、何度各国へ支払い延期を求める手紙を書いたことだろう。私が頭を下げて新しく輸出してもらった食糧を食べながら、この国の民は私を悪女にした劇を見て楽しんでいる。この国は不作と前後して宝石の産地となったが、だれにも買ってもらえなければ宝石など色のついた石に過ぎないのに。
「国交のない国に輸出などできるか。個人的に取引しようという商会があっても関所で止めるに決まっているだろう。ああ、それと……精霊樹の実も持ち帰らせてもらおう。なにしろ国交がないんだから、支援してやる義理もない」
たちまち大広間にざわめきが走った。
ヘルツェル帝国以外の賓客も驚いた顔をしている。
国は精霊樹のあるところにできる。善き王が治め善き民が住まう国では精霊樹は実をつけ、その実がある間大地は肥え太り、作物が豊作になるという。
ギュンター王国の精霊樹は実をつけるどころか枯れそうになっていた。
これは王族と高位の神官しか知らない秘密だ。
ヘルツェル帝国の精霊樹は帝都の中央広場にあって民が自由に触れることができるのだが、ギュンター王国の精霊樹は王都の神殿の内部にあって人目から隠されている。祭事のときに訪ねていく王族と高位神官にしか見ることはできない。
「ウルリヒ皇帝陛下! 失礼ながらその実はふたつ目、ということでしょうか」
賓客のひとりがウルリヒ陛下の前に進み出た。
礼儀正しい態度ではないけれど、気持ちはわかる。
その客人の祖国の精霊樹も枯れかけているのだ。かの国では精霊樹が国土を見下ろす丘の上に聳えているため、ギュンター王国と違ってだれもがそれを知っている。
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