4 / 11
第四話 売り渡される王太子妃
しおりを挟む
「当然だ。さすがに我が国を守る精霊樹の実を他国に恵んでやったりはしない。そもそも精霊樹に認められたものでなければ実を採ることもできない」
「では我が国に! ご存じの通り、我が国の精霊樹様は枯れかけていらっしゃいます。ギュンター王国は不作が続いていると聞きますが、精霊樹様はお元気なのでしょう?」
最後の言葉は王妃殿下に向けられていた。
彼女は顔色を失い俯いた。
ウルリヒ陛下は楽しげに笑う。
「さあ、どうかな。俺はギュンター王国の精霊樹のことなど知らん。輸出した食糧の代金支払いを引き延ばされるのにもいい加減飽きてきたので、自力で頑張れと恵んでやるつもりで持ってきたのだが……国交が無くなる国に優しくしてやる必要もなかろう」
支払い延期をお願いしているのは、不作と入れ代わりに現れた宝石の値段が日に日に暴落していっているからだ。
最初は安値で大量に手に入るということで人気があった我が国の宝石は、今では割れやすく色の悪い──粗悪品として嫌厭され始めていた。
しかし、ほかに外貨を稼ぐ手段はない。
「その通りでございます、陛下! 私も学生のころは各国の法律を研究しておりました。ギュンター王国においては一年間の白い結婚で離縁ができます。陛下がご自身の番を連れ帰っても、なんの問題もないでしょう。ましてや国交を断絶する国のことなどお気になさる必要はありません!」
だから我が国に精霊樹の実を、ということなのだろう。
ほかの国の人間達も息を飲んで様子を見つめている。
精霊樹が枯れかけているのはギュンター王国とかの国くらいだけれど、実がついているのはヘルツェル帝国だけなのだ。
他国の精霊樹の実でも問題はない。
すべてが同じ世界樹から生まれたとされる精霊樹の枝にほかの精霊樹の実を置くと、枝が延びてきて実を受け入れる。そして枯れかけていた精霊樹であっても元気になる。
世界中の精霊樹すべてがもっと元気だったころ、環境の急激な変化や自然災害で弱った精霊樹にほかの精霊樹から実を移植するのは珍しいことではなかった。元気になった精霊樹は、すぐに実が生らなくても大地を肥やしてくれる力があった。
「ほ、本当に精霊樹の実をお持ちくださったのですか?」
王妃殿下が震える声で言った。
彼女から頼んだことではなかったのだろう。
ウルリヒ陛下の独断かとも思ったが、ヘルツェル帝国の高官達に驚愕はなかった。ギュンター王国の精霊樹が枯れかけていることを薄々感じ取り、隣国が破滅することによる影響を防ごうとしての決断だったのかもしれない。
「ああ、ほら」
ウルリヒ陛下が懐からなにかをつかみ出した。
それは、ウルリヒ陛下が手を離すと宙に浮かんでキラキラと輝き出した。
帝国の大学に留学していたときに見た精霊樹の実よりは小さいけれど、確かに同じものだとわかる。各国の要人は短期にしろ長期にしろ帝国の大学に留学する。大広間にいただれもがそれが精霊樹の実だと認めていた。
「良いではないか、妃」
そのとき、国王陛下が声を発した。
王太子殿下が続く。
「父上の言う通りだ、母上。皇帝陛下にクリスティーネを売り渡して、その代償に精霊樹の実をいただけばいい」
「あなた方は……」
王妃殿下が苦渋に満ちた表情で睨んでも、親子に恥じる様子がない。
彼女にしても売り渡される私を憐れんでいるのではなく、諸外国の要人の前でこんな性根の腐った提案をされたことに屈辱を感じているだけだ。
意外なことに王太子殿下の腕の中のロイバーナ様は怯えた顔をしていたが、諦めて王太子妃になるための勉強をしたらいい。彼女が男を誑かすこと以外にも一所懸命になってくれていたら、私が王太子妃になることはなかったのだ。
「俺に、番を買った男として笑い者になれと言うのか?」
ウルリヒ陛下は微笑んだまま、青い瞳で王族一家を射た。
彼らは情けなく視線を逸らした。
王太子殿下は帝国の大学に留学していない。本当は私がギュンター王国に戻るのと交代で留学する予定だったのだが、私がいない間にロイバーナ様の虜になっていた殿下が行きたくないと拒んだのだ。国内的には学園さえ卒業していれば一人前の王侯貴族として認められる。
「そ、そういうわけではない。国の頂点に立つ王家だからこそ、法は順守しなくてはならないと思っている」
「法は大切だ。だから私はクリスティーネと離縁する。……お優しい皇帝陛下であれば、愛しい番の生国をお見捨てにはならないと信じているので」
「……」
王妃殿下は唇を噛んだ後、一瞬で老いたかようにやつれて見える顔で言った。
「国王陛下と王太子殿下の言った通りでございます。先ほどは浅学な女の身で失礼を申し上げました。クリスティーネはもう王太子妃ではありません。皇帝陛下の番でございます」
「では我が国に! ご存じの通り、我が国の精霊樹様は枯れかけていらっしゃいます。ギュンター王国は不作が続いていると聞きますが、精霊樹様はお元気なのでしょう?」
最後の言葉は王妃殿下に向けられていた。
彼女は顔色を失い俯いた。
ウルリヒ陛下は楽しげに笑う。
「さあ、どうかな。俺はギュンター王国の精霊樹のことなど知らん。輸出した食糧の代金支払いを引き延ばされるのにもいい加減飽きてきたので、自力で頑張れと恵んでやるつもりで持ってきたのだが……国交が無くなる国に優しくしてやる必要もなかろう」
支払い延期をお願いしているのは、不作と入れ代わりに現れた宝石の値段が日に日に暴落していっているからだ。
最初は安値で大量に手に入るということで人気があった我が国の宝石は、今では割れやすく色の悪い──粗悪品として嫌厭され始めていた。
しかし、ほかに外貨を稼ぐ手段はない。
「その通りでございます、陛下! 私も学生のころは各国の法律を研究しておりました。ギュンター王国においては一年間の白い結婚で離縁ができます。陛下がご自身の番を連れ帰っても、なんの問題もないでしょう。ましてや国交を断絶する国のことなどお気になさる必要はありません!」
だから我が国に精霊樹の実を、ということなのだろう。
ほかの国の人間達も息を飲んで様子を見つめている。
精霊樹が枯れかけているのはギュンター王国とかの国くらいだけれど、実がついているのはヘルツェル帝国だけなのだ。
他国の精霊樹の実でも問題はない。
すべてが同じ世界樹から生まれたとされる精霊樹の枝にほかの精霊樹の実を置くと、枝が延びてきて実を受け入れる。そして枯れかけていた精霊樹であっても元気になる。
世界中の精霊樹すべてがもっと元気だったころ、環境の急激な変化や自然災害で弱った精霊樹にほかの精霊樹から実を移植するのは珍しいことではなかった。元気になった精霊樹は、すぐに実が生らなくても大地を肥やしてくれる力があった。
「ほ、本当に精霊樹の実をお持ちくださったのですか?」
王妃殿下が震える声で言った。
彼女から頼んだことではなかったのだろう。
ウルリヒ陛下の独断かとも思ったが、ヘルツェル帝国の高官達に驚愕はなかった。ギュンター王国の精霊樹が枯れかけていることを薄々感じ取り、隣国が破滅することによる影響を防ごうとしての決断だったのかもしれない。
「ああ、ほら」
ウルリヒ陛下が懐からなにかをつかみ出した。
それは、ウルリヒ陛下が手を離すと宙に浮かんでキラキラと輝き出した。
帝国の大学に留学していたときに見た精霊樹の実よりは小さいけれど、確かに同じものだとわかる。各国の要人は短期にしろ長期にしろ帝国の大学に留学する。大広間にいただれもがそれが精霊樹の実だと認めていた。
「良いではないか、妃」
そのとき、国王陛下が声を発した。
王太子殿下が続く。
「父上の言う通りだ、母上。皇帝陛下にクリスティーネを売り渡して、その代償に精霊樹の実をいただけばいい」
「あなた方は……」
王妃殿下が苦渋に満ちた表情で睨んでも、親子に恥じる様子がない。
彼女にしても売り渡される私を憐れんでいるのではなく、諸外国の要人の前でこんな性根の腐った提案をされたことに屈辱を感じているだけだ。
意外なことに王太子殿下の腕の中のロイバーナ様は怯えた顔をしていたが、諦めて王太子妃になるための勉強をしたらいい。彼女が男を誑かすこと以外にも一所懸命になってくれていたら、私が王太子妃になることはなかったのだ。
「俺に、番を買った男として笑い者になれと言うのか?」
ウルリヒ陛下は微笑んだまま、青い瞳で王族一家を射た。
彼らは情けなく視線を逸らした。
王太子殿下は帝国の大学に留学していない。本当は私がギュンター王国に戻るのと交代で留学する予定だったのだが、私がいない間にロイバーナ様の虜になっていた殿下が行きたくないと拒んだのだ。国内的には学園さえ卒業していれば一人前の王侯貴族として認められる。
「そ、そういうわけではない。国の頂点に立つ王家だからこそ、法は順守しなくてはならないと思っている」
「法は大切だ。だから私はクリスティーネと離縁する。……お優しい皇帝陛下であれば、愛しい番の生国をお見捨てにはならないと信じているので」
「……」
王妃殿下は唇を噛んだ後、一瞬で老いたかようにやつれて見える顔で言った。
「国王陛下と王太子殿下の言った通りでございます。先ほどは浅学な女の身で失礼を申し上げました。クリスティーネはもう王太子妃ではありません。皇帝陛下の番でございます」
344
あなたにおすすめの小説
好きにしろ、とおっしゃられたので好きにしました。
豆狸
恋愛
「この恥晒しめ! 俺はお前との婚約を破棄する! 理由はわかるな?」
「第一王子殿下、私と殿下の婚約は破棄出来ませんわ」
「確かに俺達の婚約は政略的なものだ。しかし俺は国王になる男だ。ほかの男と睦み合っているような女を妃には出来ぬ! そちらの有責なのだから侯爵家にも責任を取ってもらうぞ!」
比べないでください
わらびもち
恋愛
「ビクトリアはこうだった」
「ビクトリアならそんなことは言わない」
前の婚約者、ビクトリア様と比べて私のことを否定する王太子殿下。
もう、うんざりです。
そんなにビクトリア様がいいなら私と婚約解消なさってください――――……
婚約破棄の夜の余韻~婚約者を奪った妹の高笑いを聞いて姉は旅に出る~
岡暁舟
恋愛
第一王子アンカロンは婚約者である公爵令嬢アンナの妹アリシアを陰で溺愛していた。そして、そのことに気が付いたアンナは二人の関係を糾弾した。
「ばれてしまっては仕方がないですわね?????」
開き直るアリシアの姿を見て、アンナはこれ以上、自分には何もできないことを悟った。そして……何か目的を見つけたアンナはそのまま旅に出るのだった……。
幼馴染みに恋愛感情がないのは本当みたいですが、だからと言って何をしても許されるとは思わないでくださいね。
ふまさ
恋愛
「女性の中で一番愛しているのはきみだけど、すべての人間の中で一番好きなのは、アデラかな」
婚約者のネイトは何の悪びれもなく、そう言って笑った。
ネイトの元恋人から、どうしてネイトと別れたのかを聞かされたエリンの心が揺らぐ。けれどネイトは、僅かに残る想いを見事にぶった斬ってくれた。
「ねえ、ネイト。わたし、公爵令嬢なんですよ。知っていましたか?」
幼馴染みの婚約者が「学生時代は愛する恋人と過ごさせてくれ」と言ってきたので、秒で婚約解消を宣言した令嬢の前世が、社畜のおっさんだった件。
灯乃
ファンタジー
子爵家の総領娘である令嬢の前に、巨乳美少女と腕を組んだ婚約者がやってきた。
曰く、「学生時代くらいは、心から愛する恋人と自由に過ごしたい。それくらい、黙って許容しろ」と。
婚約者を甘やかし過ぎていたことに気付いた彼女は、その場で婚約解消を宣言する。
前半はたぶん普通の令嬢もの、後半はおっさんコメディーです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる