愛されるために生まれてきたの。

豆狸

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第四話 売り渡される王太子妃

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「当然だ。さすがに我が国を守る精霊樹の実を他国に恵んでやったりはしない。そもそも精霊樹に認められたものでなければ実を採ることもできない」
「では我が国に! ご存じの通り、我が国の精霊樹様は枯れかけていらっしゃいます。ギュンター王国は不作が続いていると聞きますが、精霊樹様はお元気なのでしょう?」

 最後の言葉は王妃殿下に向けられていた。
 彼女は顔色を失い俯いた。
 ウルリヒ陛下は楽しげに笑う。

「さあ、どうかな。俺はギュンター王国の精霊樹のことなど知らん。輸出した食糧の代金支払いを引き延ばされるのにもいい加減飽きてきたので、自力で頑張れと恵んでやるつもりで持ってきたのだが……国交が無くなる国に優しくしてやる必要もなかろう」

 支払い延期をお願いしているのは、不作と入れ代わりに現れた宝石の値段が日に日に暴落していっているからだ。
 最初は安値で大量に手に入るということで人気があった我が国の宝石は、今では割れやすく色の悪い──粗悪品として嫌厭され始めていた。
 しかし、ほかに外貨を稼ぐ手段はない。

「その通りでございます、陛下! 私も学生のころは各国の法律を研究しておりました。ギュンター王国においては一年間の白い結婚で離縁ができます。陛下がご自身のつがいを連れ帰っても、なんの問題もないでしょう。ましてや国交を断絶する国のことなどお気になさる必要はありません!」

 だから我が国に精霊樹の実を、ということなのだろう。
 ほかの国の人間達も息を飲んで様子を見つめている。
 精霊樹が枯れかけているのはギュンター王国とかの国くらいだけれど、実がついているのはヘルツェル帝国だけなのだ。

 他国の精霊樹の実でも問題はない。
 すべてが同じ世界樹から生まれたとされる精霊樹の枝にほかの精霊樹の実を置くと、枝が延びてきて実を受け入れる。そして枯れかけていた精霊樹であっても元気になる。
 世界中の精霊樹すべてがもっと元気だったころ、環境の急激な変化や自然災害で弱った精霊樹にほかの精霊樹から実を移植するのは珍しいことではなかった。元気になった精霊樹は、すぐに実が生らなくても大地を肥やしてくれる力があった。

「ほ、本当に精霊樹の実をお持ちくださったのですか?」

 王妃殿下が震える声で言った。
 彼女から頼んだことではなかったのだろう。
 ウルリヒ陛下の独断かとも思ったが、ヘルツェル帝国の高官達に驚愕はなかった。ギュンター王国の精霊樹が枯れかけていることを薄々感じ取り、隣国が破滅することによる影響を防ごうとしての決断だったのかもしれない。

「ああ、ほら」

 ウルリヒ陛下が懐からなにかをつかみ出した。
 それは、ウルリヒ陛下が手を離すと宙に浮かんでキラキラと輝き出した。
 帝国の大学に留学していたときに見た精霊樹の実よりは小さいけれど、確かに同じものだとわかる。各国の要人は短期にしろ長期にしろ帝国の大学に留学する。大広間にいただれもがそれが精霊樹の実だと認めていた。

「良いではないか、妃」

 そのとき、国王陛下が声を発した。
 王太子殿下が続く。

「父上の言う通りだ、母上。皇帝陛下にクリスティーネを売り渡して、その代償に精霊樹の実をいただけばいい」
「あなた方は……」

 王妃殿下が苦渋に満ちた表情で睨んでも、親子に恥じる様子がない。
 彼女にしても売り渡される私を憐れんでいるのではなく、諸外国の要人の前でこんな性根の腐った提案をされたことに屈辱を感じているだけだ。
 意外なことに王太子殿下の腕の中のロイバーナ様は怯えた顔をしていたが、諦めて王太子妃になるための勉強をしたらいい。彼女が男を誑かすこと以外にも一所懸命になってくれていたら、私が王太子妃になることはなかったのだ。

「俺に、つがいを買った男として笑い者になれと言うのか?」

 ウルリヒ陛下は微笑んだまま、青い瞳で王族一家を射た。
 彼らは情けなく視線を逸らした。
 王太子殿下は帝国の大学に留学していない。本当は私がギュンター王国に戻るのと交代で留学する予定だったのだが、私がいない間にロイバーナ様の虜になっていた殿下が行きたくないと拒んだのだ。国内的には学園さえ卒業していれば一人前の王侯貴族として認められる。

「そ、そういうわけではない。国の頂点に立つ王家だからこそ、法は順守しなくてはならないと思っている」
「法は大切だ。だから私はクリスティーネと離縁する。……お優しい皇帝陛下であれば、愛しいつがいの生国をお見捨てにはならないと信じているので」
「……」

 王妃殿下は唇を噛んだ後、一瞬で老いたかようにやつれて見える顔で言った。

「国王陛下と王太子殿下の言った通りでございます。先ほどは浅学な女の身で失礼を申し上げました。クリスティーネはもう王太子妃ではありません。皇帝陛下のつがいでございます」
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