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第五話 手続きとその後の初夜に
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「そうか」
と頷いて、ウルリヒ陛下はヘルツェル帝国の高官達に合図をした。
精霊樹の小さな実を宙に浮かばせたまま、高官達がなにやら書類を出した。
彼らは王族一家に断りを入れて、従者達にテーブルを用意させる。私はそのテーブルで王太子殿下との離縁とウルリヒ陛下との婚姻を誓う書類に署名をした。
生物学上の父に過ぎないバウマン公爵はなにも不満を述べなかった。
ウルリヒ陛下が話し始めたときから動いてもいない。
神殿の精霊樹は王族と高位神官しか目にすることはできない。それでも王家の血を引く公爵家の彼は、自国の精霊樹が枯れかけているという事実に気づきかけていたのだろう。
単に自分より強い相手にはなにもできない人間なだけかもしれないが。
自分より弱いと思った相手にはなんでもできる人間でもある。
「うちの精霊樹様は枯れかけているのに……」
我が国の真実を知らない他国の高官が嘆くのに、ウルリヒ陛下は苦笑して新しい実が生ったらお持ちしようと約束していた。
かの国の農業は我が国と同じで不作続きだけれど、我が国のように自然の恵みの採掘物に依存しているわけではない。手先の器用な国民が作る、ほかの国には真似できない繊細な部品や道具を売ることで生計を立てている。
精霊樹すら枯れかけるほど自然災害の激しい国でも、逞しい彼らはこれからも頑張って生きていくことだろう。
「うわ!」
手続きが終わった後、国王陛下が宙に浮かぶ精霊樹の実を手に取ろうとしたのだが、実が放っていた輝きが雷となって彼の手を射た。
ウルリヒ陛下が嘲笑を隠さずに言う。
「ギュンター王国の精霊樹に受け入れられるまでは、この実は我がヘルツェル帝国のものだ。我が国の精霊樹が認めた相手にしか触れることを許さない。明日ギュンター王国の精霊樹までお運びするから、それまではこの大広間にでも浮かばせておいてやってくれ」
「はあ……では明日お願いしよう」
少しだけ逡巡して国王陛下が首肯した。
枯れかけた精霊樹を見られても大丈夫だと判断したのだろう。
今はもう精霊樹の実がある。たとえこの国の精霊樹に移植できなくても、実の中には種がある。新しい精霊樹を育てることができるのだ。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
ギュンター王国国王生誕五十周年の宴は王太子妃の離縁と婚姻で幕を閉じ、広い大広間に浮かぶ精霊樹の実を残して人々はそれぞれの寝室へと戻った。
私は王太子殿下の寝室と扉でつながった王太子妃の寝室ではなく、ヘルツェル帝国の皇帝陛下のために用意された王宮で一番豪華な客室にいる。
帝国から来た侍女達が私を整えてくれた。
「クリスティーネ」
同じベッドの上で向かい合って座り、白銀の皇帝陛下が私の金髪を撫でる。
「晒し者にして悪かったな。俺は獣じゃないと言いながら、あんたから漂う番の匂いが変わってないことに浮かれて、ついあんな場所で宣言しちまった。本当はもっと密室で秘密裏に交渉するつもりだったんだ」
「精霊樹の実と引き換えに私を買うために?」
「ああ。後からとやかく言われたくなくて、あの場で諸国の高官を証人に手続きしてしまって悪かった。結局あんたを買った形になっちまった」
少し考えて、私は微笑んだ。
「かまいません。貴重な精霊樹の実を引き換えにしても良いと思うくらい、私が欲しかったということなのでしょう?……だれかに求められるのは初めてです」
「そうなのか?」
「父は母の持参金目当てで結婚しました。当然私に愛情などありません。私が王太子殿下の婚約者になったときも、自分の野望が叶いそうなことには浮かれていましたが婚約者に選ばれた私の努力を認めて誉めるようなことはありませんでした。王太子殿下も……最初から公爵家の後ろ盾が欲しかっただけなのでしょう」
だから、ロイバーナ様が現れたとき簡単に心を奪われた。
もう王太子殿下への愛情などかけらも残っていないし、本当に昔はあったのかさえ思い出せなくなっているけれど、自分が愛されていないことを実感すると涙があふれる。
それは、ウルリヒ陛下なら慰めてくれると感じていたからかもしれない。
「……泣くなよ」
困ったような顔をしてウルリヒ陛下が私の頬を伝う涙を拭ってくれる。
それから彼は逞しい両腕で私を抱き締め、一緒にベッドへ転がった。
片腕で抱き締めたまま、大きな手で頭を撫でる。
「本当にすまなかった。……今夜は俺達の初夜だが無理をさせるつもりはない。本当の初夜は帝国に戻ってからだ。皇帝が他国で番を見つけて連れ帰るなんて、帝国史で初めての出来事だ。この国での婚礼とはまるで違う派手な式になるぞ」
彼が各国の法律を研究していたように、学生のころの私は各国の歴史を研究していた。
今の言葉は真実だった。
これまでの皇帝達はみな、皇帝として選抜されるために政略結婚をしてほかの有力候補の家と縁を結んでいたのだ。平民を主役にした恋物語ではよく聞くものの、王侯貴族が番と出会って結ばれたという話はあまり聞かない。
ウルリヒ陛下の腕の中、やがて私は眠りに就いていった。
久しぶりに泣いて疲れたのかもしれない。
私が彼の番だというのは嘘なのではないかと、眠りに落ちる瞬間思った。かつて留学時に妹のように可愛がってくれたウルリヒ陛下は、私が不幸な状況にあることを憐れんでくれたのではなかろうか。本当の番だったなら、手を出さずに抱き締めて眠るだけだなんて耐えられないと思う。
でも……憐みだけでつくにしては、あまりに大仰な嘘だ。
彼は貴重な精霊の実まで私のために使ってくれた。
この国でも悪女と罵られていたけれど、帝国の秘宝を他国に放出させたのだから帝国では正真正銘の悪女として扱われるだろう。私はともかく、私のせいでウルリヒ陛下まで悪く言われるのは嫌だった。
と頷いて、ウルリヒ陛下はヘルツェル帝国の高官達に合図をした。
精霊樹の小さな実を宙に浮かばせたまま、高官達がなにやら書類を出した。
彼らは王族一家に断りを入れて、従者達にテーブルを用意させる。私はそのテーブルで王太子殿下との離縁とウルリヒ陛下との婚姻を誓う書類に署名をした。
生物学上の父に過ぎないバウマン公爵はなにも不満を述べなかった。
ウルリヒ陛下が話し始めたときから動いてもいない。
神殿の精霊樹は王族と高位神官しか目にすることはできない。それでも王家の血を引く公爵家の彼は、自国の精霊樹が枯れかけているという事実に気づきかけていたのだろう。
単に自分より強い相手にはなにもできない人間なだけかもしれないが。
自分より弱いと思った相手にはなんでもできる人間でもある。
「うちの精霊樹様は枯れかけているのに……」
我が国の真実を知らない他国の高官が嘆くのに、ウルリヒ陛下は苦笑して新しい実が生ったらお持ちしようと約束していた。
かの国の農業は我が国と同じで不作続きだけれど、我が国のように自然の恵みの採掘物に依存しているわけではない。手先の器用な国民が作る、ほかの国には真似できない繊細な部品や道具を売ることで生計を立てている。
精霊樹すら枯れかけるほど自然災害の激しい国でも、逞しい彼らはこれからも頑張って生きていくことだろう。
「うわ!」
手続きが終わった後、国王陛下が宙に浮かぶ精霊樹の実を手に取ろうとしたのだが、実が放っていた輝きが雷となって彼の手を射た。
ウルリヒ陛下が嘲笑を隠さずに言う。
「ギュンター王国の精霊樹に受け入れられるまでは、この実は我がヘルツェル帝国のものだ。我が国の精霊樹が認めた相手にしか触れることを許さない。明日ギュンター王国の精霊樹までお運びするから、それまではこの大広間にでも浮かばせておいてやってくれ」
「はあ……では明日お願いしよう」
少しだけ逡巡して国王陛下が首肯した。
枯れかけた精霊樹を見られても大丈夫だと判断したのだろう。
今はもう精霊樹の実がある。たとえこの国の精霊樹に移植できなくても、実の中には種がある。新しい精霊樹を育てることができるのだ。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
ギュンター王国国王生誕五十周年の宴は王太子妃の離縁と婚姻で幕を閉じ、広い大広間に浮かぶ精霊樹の実を残して人々はそれぞれの寝室へと戻った。
私は王太子殿下の寝室と扉でつながった王太子妃の寝室ではなく、ヘルツェル帝国の皇帝陛下のために用意された王宮で一番豪華な客室にいる。
帝国から来た侍女達が私を整えてくれた。
「クリスティーネ」
同じベッドの上で向かい合って座り、白銀の皇帝陛下が私の金髪を撫でる。
「晒し者にして悪かったな。俺は獣じゃないと言いながら、あんたから漂う番の匂いが変わってないことに浮かれて、ついあんな場所で宣言しちまった。本当はもっと密室で秘密裏に交渉するつもりだったんだ」
「精霊樹の実と引き換えに私を買うために?」
「ああ。後からとやかく言われたくなくて、あの場で諸国の高官を証人に手続きしてしまって悪かった。結局あんたを買った形になっちまった」
少し考えて、私は微笑んだ。
「かまいません。貴重な精霊樹の実を引き換えにしても良いと思うくらい、私が欲しかったということなのでしょう?……だれかに求められるのは初めてです」
「そうなのか?」
「父は母の持参金目当てで結婚しました。当然私に愛情などありません。私が王太子殿下の婚約者になったときも、自分の野望が叶いそうなことには浮かれていましたが婚約者に選ばれた私の努力を認めて誉めるようなことはありませんでした。王太子殿下も……最初から公爵家の後ろ盾が欲しかっただけなのでしょう」
だから、ロイバーナ様が現れたとき簡単に心を奪われた。
もう王太子殿下への愛情などかけらも残っていないし、本当に昔はあったのかさえ思い出せなくなっているけれど、自分が愛されていないことを実感すると涙があふれる。
それは、ウルリヒ陛下なら慰めてくれると感じていたからかもしれない。
「……泣くなよ」
困ったような顔をしてウルリヒ陛下が私の頬を伝う涙を拭ってくれる。
それから彼は逞しい両腕で私を抱き締め、一緒にベッドへ転がった。
片腕で抱き締めたまま、大きな手で頭を撫でる。
「本当にすまなかった。……今夜は俺達の初夜だが無理をさせるつもりはない。本当の初夜は帝国に戻ってからだ。皇帝が他国で番を見つけて連れ帰るなんて、帝国史で初めての出来事だ。この国での婚礼とはまるで違う派手な式になるぞ」
彼が各国の法律を研究していたように、学生のころの私は各国の歴史を研究していた。
今の言葉は真実だった。
これまでの皇帝達はみな、皇帝として選抜されるために政略結婚をしてほかの有力候補の家と縁を結んでいたのだ。平民を主役にした恋物語ではよく聞くものの、王侯貴族が番と出会って結ばれたという話はあまり聞かない。
ウルリヒ陛下の腕の中、やがて私は眠りに就いていった。
久しぶりに泣いて疲れたのかもしれない。
私が彼の番だというのは嘘なのではないかと、眠りに落ちる瞬間思った。かつて留学時に妹のように可愛がってくれたウルリヒ陛下は、私が不幸な状況にあることを憐れんでくれたのではなかろうか。本当の番だったなら、手を出さずに抱き締めて眠るだけだなんて耐えられないと思う。
でも……憐みだけでつくにしては、あまりに大仰な嘘だ。
彼は貴重な精霊の実まで私のために使ってくれた。
この国でも悪女と罵られていたけれど、帝国の秘宝を他国に放出させたのだから帝国では正真正銘の悪女として扱われるだろう。私はともかく、私のせいでウルリヒ陛下まで悪く言われるのは嫌だった。
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