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第四話 彼を愛したふたりの女
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とはいえ、今は王妃様の思い出に浸っている場合ではありません。
王妃様はもういないのです。
私は我に返り、慌てて殿下を窘めました。
「殿下! そんなことをおっしゃってはいけませんわ。殿下とドローレ様は真実の愛で結ばれていらっしゃるのでしょう?」
「……」
複雑そうな面持ちでしばらく俯いた後で、殿下は不意に顔を上げました。
「では、ドローレを殺したのは?」
「王妃様の霊です。先ほども申し上げたように私にははっきり見ることは出来ませんが、ドローレ様が階段から落ちたときも殿下の目の前でお亡くなりになったときも、王妃様の気配を感じました」
私が疑われないで済む状況でドローレ様を殺したのは、私に殿下の婚約者に戻って欲しかったからに違いありません。
王都の侯爵邸の周辺をうろつく女性の霊は、私と殿下の婚約が破棄されてからドローレ様が殺害されるまでの間も目撃されていました。
女性の……王妃様の霊が再びうろつき出したのは、エドアルド殿下が正式に廃太子となり、ジューリオ殿下が王太子になってからです。
国王陛下の本来の婚約者だった公爵令嬢の甥であるジューリオ殿下が、自分の息子に代わって王になることが受け入れられなかったのでしょう。私を説得出来なかったとしたら、そのまま殺してしまっても良いとでもお思いだったに違いありません。
ドローレ様は、お若いころの王妃様が公爵令嬢にしたように、私に苛められているとエドアルド殿下に言いつけて冤罪を着せたりはなさいませんでした。
心からエドアルド殿下を愛していて、だからこそ私に申し訳ないと思っていらっしゃいました。
彼女が罪悪感を覚えて怯えていることを案じた殿下は、ますますドローレ様を愛して私への気持ちを失っていったのです。
私も以前は殿下をお慕いしていましたが……ドローレ様には敵いません。
だから婚約を解消して欲しいとお父様にお願いしたのです。
結局は破棄という形になってしまいましたけれど。
そして、方法こそ間違えていらっしゃったものの、王妃様もまた寄る辺ない我が子を愛する気持ち自体は真実のものでした。
私の想いなどおふたりと比べることも出来ません。
エドアルド殿下を本当に、心から愛していらっしゃるのは私ではなくあのおふたりなのです。
「私が殿下と婚約破棄をしていなければ、最初の警告の際に破棄を撤回していれば、ドローレ様はお亡くなりにならなかったのだと思います」
「それは……」
殿下は暗く沈んだ声でおっしゃいました。
「……君のせいではないよ」
「ありがとうございます。ですが申し訳ございません、殿下。私は殿下のご提案をお受けすることは出来ません。私はもうジューリオ殿下と婚約しているのです」
「ジューリオと? いつ? いや、そうか……」
「はい。私と婚約なさったからこそ、ジューリオ殿下は王太子に選ばれたのです」
この王国にはほかにも王家から分かれた公爵家があります。
普通なら、冤罪によってだったとしても滅びた家の生き残りをわざわざ選ぶはずがありません。
我が家という後ろ盾を得ているからこそ、彼が選ばれたのです。……もちろん、国王陛下の元婚約者と公爵家へ対する罪悪感もあったのでしょう。
「キアラ。君はそれでいいのか? 君が権勢欲に憑りつかれて王妃の地位を望むような人間でないことは知っている。私の婚約者として青春を犠牲にした上に、これからの人生までこの王国に捧げるつもりなのかい?」
「殿下」
私は静かに微笑みました。
「私はジューリオ王太子殿下をお慕いしています。いいえ、愛しております。……本当のことを言いますとね、エドアルド殿下との婚約を破棄した時点では、私はそれほど吹っ切れていたわけではないのです。殿下とドローレ様の仲睦まじい様子を見続けるのが辛くて、周囲の方々の憐みの視線が苦しくて、すべてから逃げ出すつもりで婚約解消を父に申し出たのです」
なのに婚約解消のはずが破棄になり、私に傷をつけないためにとお父様が勝手に新しい王太子候補のジューリオ殿下(そのときはまだ還俗していらっしゃらなかったので、ジューリオ様とお呼びしていました)との婚約を決めていて、それからは毎夜王妃様の声が聞こえてきて──
当時のことを思い出すと、真っ先にジューリオ殿下の微笑みが浮かんできます。
そのときはまだ王妃様は悪霊になっていないということで、ジューリオ殿下の処理は侯爵邸を清めて王妃様が近寄れなくなるだけに留まりました。
悪霊でない霊を強制的に浄霊しようとすると、却って良くないことになるのです。残念ながら、その後王妃様はドローレ様を殺して、本当の悪霊になってしまわれたのですが。
「いろいろとありましたが、今の私はジューリオ王太子殿下を愛しています。あの方の微笑みを見ると心が温かくなるのです。エドアルド殿下に失恋して傷ついていた心をジューリオ殿下が癒してくださったのです。エドアルド殿下を愛するドローレ様に負けないくらい、私はジューリオ殿下を愛しています」
「……わかった。身勝手なことを言って悪かった。幸せになってくれ、キアラ嬢」
「ありがとうございます、エドアルド殿下」
王妃様はもういないのです。
私は我に返り、慌てて殿下を窘めました。
「殿下! そんなことをおっしゃってはいけませんわ。殿下とドローレ様は真実の愛で結ばれていらっしゃるのでしょう?」
「……」
複雑そうな面持ちでしばらく俯いた後で、殿下は不意に顔を上げました。
「では、ドローレを殺したのは?」
「王妃様の霊です。先ほども申し上げたように私にははっきり見ることは出来ませんが、ドローレ様が階段から落ちたときも殿下の目の前でお亡くなりになったときも、王妃様の気配を感じました」
私が疑われないで済む状況でドローレ様を殺したのは、私に殿下の婚約者に戻って欲しかったからに違いありません。
王都の侯爵邸の周辺をうろつく女性の霊は、私と殿下の婚約が破棄されてからドローレ様が殺害されるまでの間も目撃されていました。
女性の……王妃様の霊が再びうろつき出したのは、エドアルド殿下が正式に廃太子となり、ジューリオ殿下が王太子になってからです。
国王陛下の本来の婚約者だった公爵令嬢の甥であるジューリオ殿下が、自分の息子に代わって王になることが受け入れられなかったのでしょう。私を説得出来なかったとしたら、そのまま殺してしまっても良いとでもお思いだったに違いありません。
ドローレ様は、お若いころの王妃様が公爵令嬢にしたように、私に苛められているとエドアルド殿下に言いつけて冤罪を着せたりはなさいませんでした。
心からエドアルド殿下を愛していて、だからこそ私に申し訳ないと思っていらっしゃいました。
彼女が罪悪感を覚えて怯えていることを案じた殿下は、ますますドローレ様を愛して私への気持ちを失っていったのです。
私も以前は殿下をお慕いしていましたが……ドローレ様には敵いません。
だから婚約を解消して欲しいとお父様にお願いしたのです。
結局は破棄という形になってしまいましたけれど。
そして、方法こそ間違えていらっしゃったものの、王妃様もまた寄る辺ない我が子を愛する気持ち自体は真実のものでした。
私の想いなどおふたりと比べることも出来ません。
エドアルド殿下を本当に、心から愛していらっしゃるのは私ではなくあのおふたりなのです。
「私が殿下と婚約破棄をしていなければ、最初の警告の際に破棄を撤回していれば、ドローレ様はお亡くなりにならなかったのだと思います」
「それは……」
殿下は暗く沈んだ声でおっしゃいました。
「……君のせいではないよ」
「ありがとうございます。ですが申し訳ございません、殿下。私は殿下のご提案をお受けすることは出来ません。私はもうジューリオ殿下と婚約しているのです」
「ジューリオと? いつ? いや、そうか……」
「はい。私と婚約なさったからこそ、ジューリオ殿下は王太子に選ばれたのです」
この王国にはほかにも王家から分かれた公爵家があります。
普通なら、冤罪によってだったとしても滅びた家の生き残りをわざわざ選ぶはずがありません。
我が家という後ろ盾を得ているからこそ、彼が選ばれたのです。……もちろん、国王陛下の元婚約者と公爵家へ対する罪悪感もあったのでしょう。
「キアラ。君はそれでいいのか? 君が権勢欲に憑りつかれて王妃の地位を望むような人間でないことは知っている。私の婚約者として青春を犠牲にした上に、これからの人生までこの王国に捧げるつもりなのかい?」
「殿下」
私は静かに微笑みました。
「私はジューリオ王太子殿下をお慕いしています。いいえ、愛しております。……本当のことを言いますとね、エドアルド殿下との婚約を破棄した時点では、私はそれほど吹っ切れていたわけではないのです。殿下とドローレ様の仲睦まじい様子を見続けるのが辛くて、周囲の方々の憐みの視線が苦しくて、すべてから逃げ出すつもりで婚約解消を父に申し出たのです」
なのに婚約解消のはずが破棄になり、私に傷をつけないためにとお父様が勝手に新しい王太子候補のジューリオ殿下(そのときはまだ還俗していらっしゃらなかったので、ジューリオ様とお呼びしていました)との婚約を決めていて、それからは毎夜王妃様の声が聞こえてきて──
当時のことを思い出すと、真っ先にジューリオ殿下の微笑みが浮かんできます。
そのときはまだ王妃様は悪霊になっていないということで、ジューリオ殿下の処理は侯爵邸を清めて王妃様が近寄れなくなるだけに留まりました。
悪霊でない霊を強制的に浄霊しようとすると、却って良くないことになるのです。残念ながら、その後王妃様はドローレ様を殺して、本当の悪霊になってしまわれたのですが。
「いろいろとありましたが、今の私はジューリオ王太子殿下を愛しています。あの方の微笑みを見ると心が温かくなるのです。エドアルド殿下に失恋して傷ついていた心をジューリオ殿下が癒してくださったのです。エドアルド殿下を愛するドローレ様に負けないくらい、私はジューリオ殿下を愛しています」
「……わかった。身勝手なことを言って悪かった。幸せになってくれ、キアラ嬢」
「ありがとうございます、エドアルド殿下」
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