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中編 男爵家
ストゥルトゥスは王位継承権を放棄し、王族籍から抜けて男爵家に婿入りした。
男爵令嬢ミセリアには兄がいた。
父親もまだ壮年と呼ばれる年齢だ。
いくら元王子だといっても自分が男爵家を乗っ取ることは出来ない。
そう思っていたのだが、彼女の兄と父親はストゥルトゥス達の学園卒業を待たずに不慮の事故で亡くなった。
もしかして自分に男爵家を継がせるために、だれかが裏で動いたのだろうか。
そう考えて一度は罪悪感を抱いたストゥルトゥスだったけれど、婿入り前に男爵家の状態を調べているうちに違うと気づいた。
ストゥルトゥスがミセリアに惹かれたのは、彼女が厳しい王太子教育に対する愚痴を受け止めてくれたからだ。
元婚約者のサーシャに言えば良かったのかもしれない。
でもストゥルトゥスには出来なかった。その前に厳しい王太子妃教育に、ほんの少しだけ弱音を吐いたサーシャを窘めていたからだ。
(本当はふたりで慰め合い、支え合えば良かったんだ。……婚約者だったのだから)
ミセリアはストゥルトゥスを全肯定してくれた。
ストゥルトゥスを慰めるために純潔まで捧げてくれた。
本来の婚約者であるサーシャよりも心を許せる愛しい相手だとストゥルトゥスは思った。極秘事項もある王太子教育の愚痴を若い欲望とともに彼女へと吐き出し続けた。
(ミセリアの兄と父親が始末されたのは、私が彼女に話してしまった情報を他国へ売っていたからだろう)
この王国には資源が乏しい。
その代わりに技術を磨き高めることで国威を保っていたのだが、最近それが揺らいできた。国と技術者本人しか知らないような情報が漏れて、粗悪な模造品が出回るようになっていたのだ。
漏洩者と疑われた国営工房の技術者が自殺未遂を起こした事件もあったと聞いている。
(私のせいだったのか……)
ミセリアは関わっていないのだろう。
関わっていたのだとしたら、彼女もとっくに始末されているはずだ。
男爵令嬢は愛しい恋人の言葉を家族に惚気ていただけなのだ。男爵家の財政は、ストゥルトゥスがミセリアと体を重ねたころから急激に好転していた。しかも、そうなる理由がなにひとつない。
(ミセリアは男爵令嬢だとサーシャが繰り返していたのは莫迦にしていたのではなく、それぞれの家に合わせた情報を与えなくてはいけないことを教えていたのだな)
愛しい恋人の周囲を売国奴にしたいのか、などとはっきり言われていたら、当時のストゥルトゥスは婚約解消どころか婚約破棄をして、冤罪を被せてでもサーシャを処刑していただろう。
それに確証もないのにそんなことを言ったら、ミセリアの家族だけでなく男爵領の民にまで累が及ぶ。
だからサーシャは言葉を選んでくれていたのだ。ストゥルトゥスと違って、だれにも愚痴や弱音を吐くことも出来ないまま、厳しい王太子妃教育をこなしながら。
「ねえストゥルトゥス。サーシャ様は公爵令息のジェイミー様とご結婚なさるんですって。ジェイミー様がずっと婚約者を作らなかったのは、きっとサーシャ様を想っていたからだったんだわ。だから、いつまでもそんなに悩まないで。……これで良かったのよ」
君の家族のこともか? そう聞きたくなる気持ちを抑えて、ストゥルトゥスは妻に微笑む。
彼女はストゥルトゥスによく似た赤ん坊を抱いていた。
父親によく似ているものの、その青い瞳に銀の光は煌めかない。
ミセリアがストゥルトゥスを愛する気持ちに邪念はない。
心の底から愛していて、ストゥルトゥスの幸せを願ってくれている。
ずっと愚痴を言い続けていたせいか、ミセリアはストゥルトゥスが王太子を辞めたかったのだと思っている。
しかし違う。
ストゥルトゥスは王太子でありたかった。
いずれは父の跡を継いで立派に国の舵取りをする王になりたかった。
ミセリアの兄と父親のことも救いたかった。
貴重な情報が娘の純潔と引き換えに得られたりしなかったら、彼らが道を踏み外すこともなかっただろう。
貴族令嬢の純潔を簡単に奪った王太子への復讐もあったのかもしれない。
ミセリアはストゥルトゥスとの件で、前の婚約者に婚約を破棄されている。
彼らは多大な賠償金を支払うことになって、一時的に巨額の借金を背負った。
その借金も好転した財政で返却済みだった。
男爵令嬢ミセリアには兄がいた。
父親もまだ壮年と呼ばれる年齢だ。
いくら元王子だといっても自分が男爵家を乗っ取ることは出来ない。
そう思っていたのだが、彼女の兄と父親はストゥルトゥス達の学園卒業を待たずに不慮の事故で亡くなった。
もしかして自分に男爵家を継がせるために、だれかが裏で動いたのだろうか。
そう考えて一度は罪悪感を抱いたストゥルトゥスだったけれど、婿入り前に男爵家の状態を調べているうちに違うと気づいた。
ストゥルトゥスがミセリアに惹かれたのは、彼女が厳しい王太子教育に対する愚痴を受け止めてくれたからだ。
元婚約者のサーシャに言えば良かったのかもしれない。
でもストゥルトゥスには出来なかった。その前に厳しい王太子妃教育に、ほんの少しだけ弱音を吐いたサーシャを窘めていたからだ。
(本当はふたりで慰め合い、支え合えば良かったんだ。……婚約者だったのだから)
ミセリアはストゥルトゥスを全肯定してくれた。
ストゥルトゥスを慰めるために純潔まで捧げてくれた。
本来の婚約者であるサーシャよりも心を許せる愛しい相手だとストゥルトゥスは思った。極秘事項もある王太子教育の愚痴を若い欲望とともに彼女へと吐き出し続けた。
(ミセリアの兄と父親が始末されたのは、私が彼女に話してしまった情報を他国へ売っていたからだろう)
この王国には資源が乏しい。
その代わりに技術を磨き高めることで国威を保っていたのだが、最近それが揺らいできた。国と技術者本人しか知らないような情報が漏れて、粗悪な模造品が出回るようになっていたのだ。
漏洩者と疑われた国営工房の技術者が自殺未遂を起こした事件もあったと聞いている。
(私のせいだったのか……)
ミセリアは関わっていないのだろう。
関わっていたのだとしたら、彼女もとっくに始末されているはずだ。
男爵令嬢は愛しい恋人の言葉を家族に惚気ていただけなのだ。男爵家の財政は、ストゥルトゥスがミセリアと体を重ねたころから急激に好転していた。しかも、そうなる理由がなにひとつない。
(ミセリアは男爵令嬢だとサーシャが繰り返していたのは莫迦にしていたのではなく、それぞれの家に合わせた情報を与えなくてはいけないことを教えていたのだな)
愛しい恋人の周囲を売国奴にしたいのか、などとはっきり言われていたら、当時のストゥルトゥスは婚約解消どころか婚約破棄をして、冤罪を被せてでもサーシャを処刑していただろう。
それに確証もないのにそんなことを言ったら、ミセリアの家族だけでなく男爵領の民にまで累が及ぶ。
だからサーシャは言葉を選んでくれていたのだ。ストゥルトゥスと違って、だれにも愚痴や弱音を吐くことも出来ないまま、厳しい王太子妃教育をこなしながら。
「ねえストゥルトゥス。サーシャ様は公爵令息のジェイミー様とご結婚なさるんですって。ジェイミー様がずっと婚約者を作らなかったのは、きっとサーシャ様を想っていたからだったんだわ。だから、いつまでもそんなに悩まないで。……これで良かったのよ」
君の家族のこともか? そう聞きたくなる気持ちを抑えて、ストゥルトゥスは妻に微笑む。
彼女はストゥルトゥスによく似た赤ん坊を抱いていた。
父親によく似ているものの、その青い瞳に銀の光は煌めかない。
ミセリアがストゥルトゥスを愛する気持ちに邪念はない。
心の底から愛していて、ストゥルトゥスの幸せを願ってくれている。
ずっと愚痴を言い続けていたせいか、ミセリアはストゥルトゥスが王太子を辞めたかったのだと思っている。
しかし違う。
ストゥルトゥスは王太子でありたかった。
いずれは父の跡を継いで立派に国の舵取りをする王になりたかった。
ミセリアの兄と父親のことも救いたかった。
貴重な情報が娘の純潔と引き換えに得られたりしなかったら、彼らが道を踏み外すこともなかっただろう。
貴族令嬢の純潔を簡単に奪った王太子への復讐もあったのかもしれない。
ミセリアはストゥルトゥスとの件で、前の婚約者に婚約を破棄されている。
彼らは多大な賠償金を支払うことになって、一時的に巨額の借金を背負った。
その借金も好転した財政で返却済みだった。
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