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十一月:不思議な話
もしも妖精を愛したら【魔性】
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いらっしゃいませ。
今日は取材でしたわね。
夫の話、ということで良いのかしら?
あら、十年前の連続馬車事故事件について、ですの?
いやですわ、それも夫の話ではありませんか。あの事件は夫のせいで起こったんですのよ。
といっても夫に悪意などありませんでしたけど。
あの人は本当に、おとぎ話の妖精のように無邪気で天真爛漫で……だからこそ、深く愛されることもあれば強く憎まれることもあるのですわ。
え? 歌の才能があるから愛され憎まれるのではないのか、ですって?
そうですわね、確かに夫は天才的な歌い手です。
でもそれとは違う部分に、本人の意思とは無関係に他人を惑わせるところがあるのです。
それは美貌の持ち主だからではないのか、ですって?
確かに夫はとてつもない美貌の持ち主です。
だけど……私が初めて出会ったときの夫は、鳥の巣のようなモジャモジャ頭にひょろ長い体躯の冴えない青年でしたのよ。
その冴えない青年が妖精のような歌声を響かせて、吹く風が長い前髪を揺らして彼の美貌を明らかにしたから、たまたま目撃した乗合馬車の御者達が驚いて続けざまに事故を起こしてしまった、そう言ってしまうと歌と美貌が愛憎の原因と思われても仕方がありませんわね。
私も普段との違いが周囲を驚かせて注目を集めているのだと思い、本格的に歌の勉強をさせて見た目も整え、最初から歌の才能のある美しい人間だとわかるようにいたしましたが……でも、当時の彼は……本当に妖精のような存在だったのです。人間を惑わす魔性、と言っても良いかもしれません。
彼は都を離れた森の中で、自身の祖父と暮らしていました。
祖母と母親も美貌の持ち主で、好きでもない相手に追いかけられたり好きな相手に誤解されたりした挙句、刃傷沙汰に巻き込まれて亡くなってしまったと聞きました。
父親のことは知らないそうですわ。
都に上がって来たときに鳥の巣のようなモジャモジャ頭で美貌を隠していたのは、お亡くなりになった祖父の言いつけでした。
夫のお爺様はきっと、美貌さえ見られなければ厄介ごとに巻き込まれることはないとお思いだったのでしょうね。
夫は私に、森の中で妖精と遊んでいた、と告白したことがございます。
そう言った後で、祖父の仕事が忙しいときのひとりが寂し過ぎて、幻を作り出して遊んでいたんだろうけどね、と笑い飛ばしておりましたっけ。
私は、夫は本当に妖精と会っていたのではないかと考えておりますの。
歌の才能も美貌も、彼が持って生まれたものです。
お爺様は彼を守るために、人里離れた土地でそれを隠し通しました。だけど、妖精達は敏感に気づいて、彼のもとを訪れていたのだと思います。だって妖精は、美しいものと楽しいもの、そして遊びを好むと伝えられているではありませんか。
美しい彼に楽しい歌声、そして──彼を魔性にして、妖精に近づけるという遊び、です。
都へ来た彼は、いくつもの職場を転々としていました。
当時はもちろん美貌を隠していましたし、職場で歌うこともありませんでした。
それでも彼はすでに相手のいる人間に迫られたり、どんなに礼を尽くしても罵声を浴びせられて憎悪を向けられることがあったりしていたようです。だからひとつの職場で長続きすることが出来なかったのです。
夫を追い詰めた人々はみな、光り輝く彼が眩しくて心を乱されたのだと言ったそうです。妖精は黄金色に煌めくと聞くではありませんか。
もちろん夫が妖精に近づいていたのではなく、妖精が夫に纏わりついていたのではないかという考えもあります。
でも……ああ、どんなに言葉を尽くしても説明出来そうにありませんわ。
十年前、貴族家の当主のくせに乗合馬車に乗って事故に遭った父を迎えに行って、事故の原因だと御者に名指しされて、衛兵詰所の隅で震えていた彼を見たときのことは!
怯えて自分の前髪を掴んで下に引っ張り、少しでも顔を隠そうとしていたのに、その部屋にいた人間は彼から目を離すことが出来なかったんですの。
どうしようもなく心を乱されて惑わされて、彼を愛するか憎むしか出来ないような心地にならずにはいられなかったんですの。
妖精に纏わりつかれていただけなら、彼は私達の視線に気づいて、さらに怯えていたことでしょう。
でも彼の怯えは馬車事故のことで罪人になるかどうかだけで……ええ、ええ、天才にありがちな他人の心の機微に疎い、そういう部分もあったのかもしれませんわ。
だけど、そのときの彼は……いいえ、そうですわね。私が夫を愛するあまり特別視しているだけかもしれませんわね。
夫は昔から歌の天才で、衆目を惹きつける美貌の持ち主で、それが連続馬車事故事件を引き起こしていました。
結局はそれだけのことなのかもしれません。
ところで……取材にいらしたとおっしゃる貴方は、新聞社の方でも雑誌社の方でもございませんわよね?
夫があれだけ有名な歌い手なのですもの。
私はよく取材にいらっしゃる方を存じておりますし、新人さんも紹介していただいていますわ。
もっとも私のところまで辿り着かれたのだから、なんらかのお力をお持ちの方ですわね。権力か財力か……最近話題の若き大富豪様かしら?
汚れた野良猫のような少女を拾って、美しく妖艶な舞姫に育て上げたというお噂の。
彼女はきっと妖精のように無邪気で天真爛漫な方なのでしょうね。
無意識に周囲の心を乱し惑わせてしまう魔性なのかもしれませんわね。
私に言えることはただひとつですわ。
どんなに妖精に近づこうとも、人間は人間です。
もしも貴方が妖精のようなだれかを愛しているのなら、互いに愛し愛されて、くだらないことで嫉妬して喧嘩して笑い合う、そんな人間に相手を貶めておしまいなさい。そうすれば妖精達は飽きて離れていくし、彼ら彼女ら自身も人間に戻るのです。
ふふふ、私の夫がそうだったようにね。
<終>
今日は取材でしたわね。
夫の話、ということで良いのかしら?
あら、十年前の連続馬車事故事件について、ですの?
いやですわ、それも夫の話ではありませんか。あの事件は夫のせいで起こったんですのよ。
といっても夫に悪意などありませんでしたけど。
あの人は本当に、おとぎ話の妖精のように無邪気で天真爛漫で……だからこそ、深く愛されることもあれば強く憎まれることもあるのですわ。
え? 歌の才能があるから愛され憎まれるのではないのか、ですって?
そうですわね、確かに夫は天才的な歌い手です。
でもそれとは違う部分に、本人の意思とは無関係に他人を惑わせるところがあるのです。
それは美貌の持ち主だからではないのか、ですって?
確かに夫はとてつもない美貌の持ち主です。
だけど……私が初めて出会ったときの夫は、鳥の巣のようなモジャモジャ頭にひょろ長い体躯の冴えない青年でしたのよ。
その冴えない青年が妖精のような歌声を響かせて、吹く風が長い前髪を揺らして彼の美貌を明らかにしたから、たまたま目撃した乗合馬車の御者達が驚いて続けざまに事故を起こしてしまった、そう言ってしまうと歌と美貌が愛憎の原因と思われても仕方がありませんわね。
私も普段との違いが周囲を驚かせて注目を集めているのだと思い、本格的に歌の勉強をさせて見た目も整え、最初から歌の才能のある美しい人間だとわかるようにいたしましたが……でも、当時の彼は……本当に妖精のような存在だったのです。人間を惑わす魔性、と言っても良いかもしれません。
彼は都を離れた森の中で、自身の祖父と暮らしていました。
祖母と母親も美貌の持ち主で、好きでもない相手に追いかけられたり好きな相手に誤解されたりした挙句、刃傷沙汰に巻き込まれて亡くなってしまったと聞きました。
父親のことは知らないそうですわ。
都に上がって来たときに鳥の巣のようなモジャモジャ頭で美貌を隠していたのは、お亡くなりになった祖父の言いつけでした。
夫のお爺様はきっと、美貌さえ見られなければ厄介ごとに巻き込まれることはないとお思いだったのでしょうね。
夫は私に、森の中で妖精と遊んでいた、と告白したことがございます。
そう言った後で、祖父の仕事が忙しいときのひとりが寂し過ぎて、幻を作り出して遊んでいたんだろうけどね、と笑い飛ばしておりましたっけ。
私は、夫は本当に妖精と会っていたのではないかと考えておりますの。
歌の才能も美貌も、彼が持って生まれたものです。
お爺様は彼を守るために、人里離れた土地でそれを隠し通しました。だけど、妖精達は敏感に気づいて、彼のもとを訪れていたのだと思います。だって妖精は、美しいものと楽しいもの、そして遊びを好むと伝えられているではありませんか。
美しい彼に楽しい歌声、そして──彼を魔性にして、妖精に近づけるという遊び、です。
都へ来た彼は、いくつもの職場を転々としていました。
当時はもちろん美貌を隠していましたし、職場で歌うこともありませんでした。
それでも彼はすでに相手のいる人間に迫られたり、どんなに礼を尽くしても罵声を浴びせられて憎悪を向けられることがあったりしていたようです。だからひとつの職場で長続きすることが出来なかったのです。
夫を追い詰めた人々はみな、光り輝く彼が眩しくて心を乱されたのだと言ったそうです。妖精は黄金色に煌めくと聞くではありませんか。
もちろん夫が妖精に近づいていたのではなく、妖精が夫に纏わりついていたのではないかという考えもあります。
でも……ああ、どんなに言葉を尽くしても説明出来そうにありませんわ。
十年前、貴族家の当主のくせに乗合馬車に乗って事故に遭った父を迎えに行って、事故の原因だと御者に名指しされて、衛兵詰所の隅で震えていた彼を見たときのことは!
怯えて自分の前髪を掴んで下に引っ張り、少しでも顔を隠そうとしていたのに、その部屋にいた人間は彼から目を離すことが出来なかったんですの。
どうしようもなく心を乱されて惑わされて、彼を愛するか憎むしか出来ないような心地にならずにはいられなかったんですの。
妖精に纏わりつかれていただけなら、彼は私達の視線に気づいて、さらに怯えていたことでしょう。
でも彼の怯えは馬車事故のことで罪人になるかどうかだけで……ええ、ええ、天才にありがちな他人の心の機微に疎い、そういう部分もあったのかもしれませんわ。
だけど、そのときの彼は……いいえ、そうですわね。私が夫を愛するあまり特別視しているだけかもしれませんわね。
夫は昔から歌の天才で、衆目を惹きつける美貌の持ち主で、それが連続馬車事故事件を引き起こしていました。
結局はそれだけのことなのかもしれません。
ところで……取材にいらしたとおっしゃる貴方は、新聞社の方でも雑誌社の方でもございませんわよね?
夫があれだけ有名な歌い手なのですもの。
私はよく取材にいらっしゃる方を存じておりますし、新人さんも紹介していただいていますわ。
もっとも私のところまで辿り着かれたのだから、なんらかのお力をお持ちの方ですわね。権力か財力か……最近話題の若き大富豪様かしら?
汚れた野良猫のような少女を拾って、美しく妖艶な舞姫に育て上げたというお噂の。
彼女はきっと妖精のように無邪気で天真爛漫な方なのでしょうね。
無意識に周囲の心を乱し惑わせてしまう魔性なのかもしれませんわね。
私に言えることはただひとつですわ。
どんなに妖精に近づこうとも、人間は人間です。
もしも貴方が妖精のようなだれかを愛しているのなら、互いに愛し愛されて、くだらないことで嫉妬して喧嘩して笑い合う、そんな人間に相手を貶めておしまいなさい。そうすれば妖精達は飽きて離れていくし、彼ら彼女ら自身も人間に戻るのです。
ふふふ、私の夫がそうだったようにね。
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