豆狸2024読み切り短編集

豆狸

文字の大きさ
38 / 45
九月・十月:謎めいて

私が二番目に好きな花【死者の遺したもの】

 ねえ殿下! どこまで私を苦しめれば気が済むんですの?
 この王国の貴族子女が通う学園の卒業パーティで、公衆の面前で婚約破棄したくらいでは気が済まなかったとでもおっしゃるつもり?
 王宮の貴方の部屋で、机に広げた紙に私の名前を綴ってお亡くなりになるなんて!
 あんまりですわ!
 おかげで私、近衛騎士団長に疑惑の目で見られてしまいましたのよ?

 まあ幸い貴方の部屋は密室でしたし、最近記憶があやふやになってきた貴方が弟君に王太子の座をお譲りになったことを忘れて、ご自分が若き王太子だと思い込んでいらしたことも周知の事実でしたわ。
 貴方の死は自然死、寿命として結論づけられました。
 ……ねえ殿下、便せんの宛名に私の名前を書いて、あのころ私が好きだった青い矢車菊の押し花を握って亡くなっていらっしゃったのはどうしてですの?
 今さら婚約破棄の謝罪ではございませんでしょう?
 ふふふ、もうとっくに謝っていただきましたものね。

 貴方や私の兄達があの娘に魅了されていたことがわかって、教国の大聖堂から聖王猊下がいらっしゃって魅了を解いてくださったときに……でもそのときはもう、私は貴方以外の人の妻になっていましたわね。
 もっとも、なんの関心もない相手に魅了されることはないという話ではありませんか。
 貴方はあの娘に好意を抱いて、それでまんまと魅了されたのですわ。
 あの娘を愛するあまり、婚約者の私を排除しようとしたのですわ。
 魅了が解けたからといって、魅了されていた間になさったことが消えてしまうわけでもありませんしね。

 貴方は結局独身のまま、弟君の治世を支え続けましたね。
 おかげで私、とても迷惑いたしましたのよ。
 あの娘に夢中になって実の妹を貶めた兄に見切りをつけた父が、私を跡取りにしたことは覚えていらっしゃるでしょう?
 跡取りの配偶者として選ばれた私の夫は、前からずっと私を想っていてくれた男性でしたの。
 あら、私は貴方とは違いますわ。貴方に婚約破棄されるまで、彼を男性として意識したことさえありませんでしたわ。

 貴方が独身でいるのは、今も私を想っているからなのではないのか。

 夫はずっとそう疑っていましたわ。
 彼そっくりの息子に私が家督を譲って、彼も多忙な貴族家当主の配偶者から解放されて古巣の近衛騎士団で団長職に復帰して、やっと落ち着いたかと思ったら、貴方が思わせぶりな状況でお亡くなりになるのですもの。
 やっぱり私達はずっと想い合っていたのではないかと、しばらく疑惑の目で見られて大変でしたのよ。
 貴方は記憶があやふやになっていたから私がまだ婚約者だと思い込んでいらしたか、関係のない用事で私に手紙を書こうとしていただけだと、何度も言ってやっと笑顔になってもらえたんです。
 そうは言っても……たぶんすべての疑いは消え去っていないのでしょうね。貴方自身のお考えはわからないままですもの。

 夫は文句を言いながらも、陛下に掛け合って貴方の遺した便せんと青い矢車菊の押し花を私に持ち帰ってくれました。
 私の一番好きな花が青い矢車菊だと覚えていらっしゃったのですか?
 貴方の瞳と同じ色の花でした。
 幼いころは家の庭師に、青い薔薇を咲かせて欲しいとせがんで困らせていたものですわ。
 だって貴方のいらっしゃる王都と私の家の領地は離れていたのですもの。貴方の瞳は滅多に拝見出来なかったのですもの。

 だけどね、申し訳ありませんけれど、実は今の私が一番好きな花は青い矢車菊ではありませんのよ。
 黄色いタンポポなんです。
 ふふふ、夫や息子達の金茶の髪と同じ色でしょう?
 夫はすっかり白髪になって、タンポポの花よりも白い綿毛そっくりの頭になっていますが、それでも、だからこそタンポポが大好きなんですの。
 ねえ殿下、私とても幸せな人生でしたわ。もちろん、これからも幸せに生きますわ。孫は可愛いし、ひ孫の顔も見たいですもの。

 でも……青い矢車菊が嫌いになったわけではございませんわ。
 青い矢車菊は今でも、私が二番目に好きな花です。
 ねえ殿下、だからといって自惚れないでくださいませね。
 私の最愛はヤキモチ妬きの可愛い夫ですから。
 それでもきっと、これからもときどき心の中で貴方に語りかけると思いますわ。貴方は私の元婚約者で、私の初恋の人、私が二番目に好きな青い矢車菊と同じ色の瞳の王子様なのですもの。

<終>

あなたにおすすめの小説

これは一周目です。二周目はありません。

基本二度寝
恋愛
壇上から王太子と側近子息達、伯爵令嬢がこちらを見下した。 もう必要ないのにイベントは達成したいようだった。 そこまでストーリーに沿わなくてももう結果は出ているのに。

【完結】残酷な現実はお伽噺ではないのよ

綾雅(りょうが)要らない悪役令嬢
恋愛
「アンジェリーナ・ナイトレイ。貴様との婚約を破棄し、我が国の聖女ミサキを害した罪で流刑に処す」 物語でよくある婚約破棄は、王族の信頼を揺るがした。婚約は王家と公爵家の契約であり、一方的な破棄はありえない。王子に腰を抱かれた聖女は、物語ではない現実の残酷さを突きつけられるのであった。 ★公爵令嬢目線 ★聖女目線、両方を掲載します。 【同時掲載】アルファポリス、カクヨム、エブリスタ、小説家になろう 2023/01/11……カクヨム、恋愛週間 21位 2023/01/10……小説家になろう、日間恋愛異世界転生/転移 1位 2023/01/09……アルファポリス、HOT女性向け 28位 2023/01/09……エブリスタ、恋愛トレンド 28位 2023/01/08……完結

悪役令嬢の去った後、残された物は

たぬまる
恋愛
公爵令嬢シルビアが誕生パーティーで断罪され追放される。 シルビアは喜び去って行き 残された者達に不幸が降り注ぐ 気分転換に短編を書いてみました。

復讐は静かにしましょう

luna - ルーナ -
恋愛
王太子ロベルトは私に仰った。 王妃に必要なのは、健康な肉体と家柄だけだと。 王妃教育は必要以上に要らないと。では、実体験をして差し上げましょうか。

心を失った彼女は、もう婚約者を見ない

基本二度寝
恋愛
女癖の悪い王太子は呪われた。 寝台から起き上がれず、食事も身体が拒否し、原因不明な状態の心労もあり、やせ細っていった。 「こりゃあすごい」 解呪に呼ばれた魔女は、しゃがれ声で場違いにも感嘆した。 「王族に呪いなんて効かないはずなのにと思ったけれど、これほど大きい呪いは見たことがないよ。どれだけの女の恨みを買ったんだい」 王太子には思い当たる節はない。 相手が勝手に勘違いして想いを寄せられているだけなのに。 「こりゃあ対価は大きいよ?」 金ならいくらでも出すと豪語する国王と、「早く息子を助けて」と喚く王妃。 「なら、その娘の心を対価にどうだい」 魔女はぐるりと部屋を見渡し、壁際に使用人らと共に立たされている王太子の婚約者の令嬢を指差した。

あの子を好きな旦那様

はるきりょう
恋愛
「クレアが好きなんだ」  目の前の男がそう言うのをただ、黙って聞いていた。目の奥に、熱い何かがあるようで、真剣な想いであることはすぐにわかった。きっと、嬉しかったはずだ。その名前が、自分の名前だったら。そう思いながらローラ・グレイは小さく頷く。 ※小説家になろうサイト様に掲載してあります。

〖完結〗残念ですが、お義姉様はこの侯爵家を継ぐことは出来ません。

藍川みいな
恋愛
五年間婚約していたジョゼフ様に、学園の中庭に呼び出され婚約破棄を告げられた。その隣でなぜか私に怯える義姉のバーバラの姿があった。 バーバラは私にいじめられたと嘘をつき、婚約者を奪った。 五年も婚約していたのに、私ではなく、バーバラの嘘を信じた婚約者。学園の生徒達も彼女の嘘を信じ、親友だと思っていた人にまで裏切られた。 バーバラの目的は、ワイヤット侯爵家を継ぐことのようだ。 だが、彼女には絶対に継ぐことは出来ない。 設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。 感想の返信が出来ず、申し訳ありません。

王が気づいたのはあれから十年後

基本二度寝
恋愛
王太子は妃の肩を抱き、反対の手には息子の手を握る。 妃はまだ小さい娘を抱えて、夫に寄り添っていた。 仲睦まじいその王族家族の姿は、国民にも評判がよかった。 側室を取ることもなく、子に恵まれた王家。 王太子は妃を優しく見つめ、妃も王太子を愛しく見つめ返す。 王太子は今日、父から王の座を譲り受けた。 新たな国王の誕生だった。