豆狸2024読み切り短編集

豆狸

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十一月:不思議な話

青い瞳【宝石箱】

 学園時代、いつも私の婚約者と寄り添っていた王女殿下から人ひとり入りそうな木箱と宝石箱が届いたのは、私が伯爵令嬢ではなくなった後でした。
 王女殿下はもうこの王国にはいません。
 卒業後、遠い帝国へ嫁がれたのです。王女殿下がこの国を旅立った夜を境に、私の婚約者も姿を消しました。

 私はまず宝石箱をひらきました。
 鍵があります。木箱の鍵のようです。
 少し心臓の動悸が激しくなるのを感じながら、木箱をけます。私の婚約者は騎士で長身の男性でしたが、ほっそりしていたので体を折り曲げれば、この木箱に入れそうでした。

「……ほう」

 木箱の蓋を上げて、私は息を漏らしました。
 中はカラです。
 使用人達が運ぶときに軽いと言っていたので、予想出来ていました。それでも私は、この中に婚約者が眠っているのではないかと期待していたのです。今ごろ再会しても遅いのに。

 木箱の蓋を降ろし、ぼんやりと鍵を宝石箱に戻します。
 鍵専用なのか、鍵が取りやすいように上げ底になっていました。
 布の張られた上げ底に鍵を置いて、奇妙な感触に気づきます。布の下になにかあるようなのです。それは丸くて、ふたつあるようです。

 唾を飲んで、私は鍵を包む布を持ち上げました。
 そこには青い……私の婚約者の瞳と同じ青い……ふたつの宝石が並んでいました。
 王女殿下と帝国皇帝の婚姻は政治的なものでした。断ることは出来ませんし、王女殿下がほかの男性と逃げ出そうものなら戦争になりかねないほど政治的なものです。

 私の婚約者は王女殿下をお慕いしていました。
 いつも青い瞳に熱情を灯して、王女殿下のことを見つめていたのです。婚約者の私はそれが悔しくて、だけど帝国に嫁ぐ王女殿下が彼に応えることは絶対にないのだと、自分を慰め続けていたのです。
 王女殿下も、ご自身と彼の間にあるのは恋情ではないと常々おっしゃっていました。

 それは嘘だったのかもしれません。
 王女殿下も彼のことを好いていたのかもしれません。
 少なくともご自身を見つめる彼の瞳を帝国での生活の支えにしようと思うくらいには。

 王女殿下の婚姻は政治的なものでした。
 この王国自慢の美しい王女殿下は、帝国皇帝に愛されて嫁ぐのではありませんでした。
 帝国皇帝は今は亡き許嫁を今も想っているのだそうです。彼女を喪ったから父である先代皇帝や皇太子であった異母兄、仲が良かった同母兄と異母弟達をしいしてまで即位したのだと聞きます。彼女が愛した帝国を守るために、多くの姫君を娶ってご自分の勢力を広げているのだとも。

 窓からの光を浴びて、宝石箱の中の青い瞳が煌めきます。
 見つめる私の姿が映っています。
 私は婚約者を慕っていました。彼に見つめられたいといつも願っていました。彼に見つめられている王女殿下のことを羨んでいました。

 行方不明になった彼は、王女殿下が連れて行ったのだと思っていました。
 もしかしたら侍女を身代わりにして、王女殿下は彼とふたりで駆け落ちしたのではないかと考えたこともあります。
 ですが家臣思いで、だれよりこの王国のことを案じていた王女殿下が、そんなことをするはずがありません。彼が行方不明になったのは偶然か、なにかの行き違いがあったのでしょう。

 鍵を載せた布を青い瞳の上に戻し、私は宝石箱の蓋を閉じました。
 私にはもう見つめてくれる人がいます。
 伯爵令嬢でなくなったのは、嫁いで侯爵夫人となったからです。政略的なものもありますが、私が彼を愛し、彼が私を愛してくれたから結ばれた婚姻です。遠い帝国に嫁いだ王女殿下と違って、私は実家の家族にも自由に会うことが出来ます。

 私は宝石箱を手にして、部屋を出ました。
 せっかく下賜していただいたのに失礼になるかもしれません。
 でもこの青い瞳は、私よりも王女殿下に必要なものです。私は私を映してくれる緑色の瞳と話をして、青い瞳を王女殿下にお返ししようと心に決めたのです。

★ ★ ★ ★ ★

 祖国での学園時代、辛い思いをさせ続けていた伯爵令嬢に送った宝石箱が戻ってきた。
 結婚した彼女にはもう不要のものだったのだ。
 皇妃となった王女は溜息をついて、宝石箱をひらいた。

 不貞の関係だと理解していながらも、騎士に見つめられるのは心地良かった。
 帝国皇帝は多くの妃を娶る。
 王女はその中で一番身分の高い皇妃として嫁ぐ予定だったし、実際そうなっている。

 嫁ぐ前からわかっていた通り、皇帝には愛されていない。
 彼の心は永遠に亡き許嫁のものなのだ。
 許嫁の実家と父や兄達が政治的に対立さえしなければ、皇帝はただひとりの妻を愛して幸せな一生を送ったことだろう。

(私も……いいえ、それは無理ね。私は王国の幸せのための生け贄なのだもの。王国にとって都合の良いどこかへ嫁ぐだけ)

 それに不満はなかった。
 祖国の家族には愛されていた。王女がどうしても嫌だと言えば、姉か妹が嫁いでくれたに違いない。
 だからこそ、王女は皇帝に嫁いだ。愛する家族を犠牲にするよりも自分が犠牲になったほうが楽だからだ。

(私は卑怯者ね)

 鍵の載った一段目の布を上げ、宝石の載った二段目の布も上げると、そこには青い瞳がふたつ並んでいる。
 木箱に隠れて王女を追ってきた騎士を始末した後で、遺体を捨てる前に抉って防腐処理をした眼球だ。
 王女が情夫を連れて嫁いで来たなどと帝国に思われるわけにはいかなかった。皇帝は王女の顔を知っている。侍女を身代わりに立てることなど出来なかった。

 そもそも宮殿で不自由のない生活を送ってきた王女が、騎士と駆け落ちして平民の生活を送れるはずがなかった。
 帝国が付けてくれた護衛に気づかれないように騎士を逃がすのは難しかった。
 ──だが本当は不可能ではなかった。

 帝国の後宮で夫である皇帝に愛されることなく朽ち果てていく皇妃は、祖国から一緒に来てくれた侍女達を大切に思っている。
 祖国と帝国の関係が良好であり続けることを願っている。家族と民の幸せを祈っている。上に立つものとして側妃達の暮らしにも気を配っている。
 そして、青い瞳は生前と同じように王女を映している。

<終>

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