転生魔王NOT悪役令嬢

豆狸

文字の大きさ
9 / 34

9・キャラメルナッツカップケーキ

しおりを挟む
 どうしよう。
 この世界の聖女は転生者かもしれない。
 そんなことを考えたのは、彼女の実家の食堂がとってもオシャンティだったからだ。うわあ、前世のこじゃれたパン屋さんみたい。そして私、ゲーム関係じゃなくても前世に似たものを見たら記憶蘇るんだな。

 まず、大通りに面した商品棚が並ぶ壁は全部ガラスになっていて、外から商品が見えるようになっている。
 ガラス自体は魔王城にも使われてるけど、こんな使い方しているのは王都のほかのお店ではない。
 次にお店のシステムが前世現代風。トレイに載せた商品をカウンターに持っていって包んでもらってもいいし、そこでお皿に載せてもらってイートインスペースで食べてもいいのだ。

 そして内装がすっごく綺麗。
 金に飽かせた成金趣味じゃなくて、シンプルだけど工夫を凝らしている。
 商品棚の商品もミニゲームのレベルを上げなきゃ作れないものが並んでいた。まあ前世で料理好きだったらミニゲームしなくても作れるのかな。

 なんというか、ネット小説系中世ヨーロッパ風のこの世界っぽくない気がする。乙女ゲームのなんちゃって異世界だからおかしくないのか?

 うーん、どうしよう。
 シナリオ的に邪魔はするけど、魔王は聖女の恋敵というわけではない。
 同じ転生者同士仲良くできないかな? 彼女と敵対して、この店に通えなくなったら凄く悲しい。

 でもなー、ヒロインゲーム主人公に転生した転生者って電波系なことが多いしなあ。
 とはいえ魔王に転生して食べ物のことばっかり考えてる私も電波系っちゃ電波系な気もするし。いやいや、食は大事!
 悩みながらもトレイを取って商品棚の品物を載せていく。

「あ」

 イートインのほうから低い声がして、振り向くと大地の聖騎士テールがいた。
 私はトレイを見た。
 さっき載せたキャラメルナッツカップケーキ、最後の一個だったっけ。とにかく魔鍛冶のミニゲームが好きだったから、ビジュアルブックを兼ねた攻略本でキャラクターデータのページを開いたことは少ないんだけど、魔鍛冶アイテム引継ぎのために一応エンディングを迎えたから知っている。テールはキャラメルナッツカップケーキが大好きなのだ。

 おお、いつもゲーム画面からはみ出していた頭のてっぺんはあんなになってたのか。
 ……フツーだな。うん、まあ、そりゃそうなんだけど。
 私の視線に気づいて、テールは慌てて目を逸らした。

 彼は甘いものが大好きなのに、それを周囲には隠しているキャラなのだ。みんな気づいているけどね!
 テールはイートインで楽しんでいたようだ。
 たぶんキャラメルナッツカップケーキをもう一個お代わりしたかったのだろう。

 ふふふ、愚かな聖騎士よ。
 この世は弱肉強食なのだ。私は焼肉定食も食べたいのだ。
 でも軽食の時間が終わって本格的な食堂に店内が変わるまで(外の看板に営業時間が書いてた)待ってたら、魔王城に戻るのが遅くなり過ぎちゃうから待てないのだ。夕食はいらないって言って来たから、夜食用になにか買って帰るけど。

 それはともかく、恥ずかしいからってほかの客がいなくなるまで取りに行くのを待っていたりしていては奪われても文句は言えないのだぞ、聖騎士テールよ。
 ジュルネ王国に侵攻するつもりもないのに悪の魔王気分に浸りながら、私は欲しかったものをトレイに載せてカウンターへ進む。

 ヴェノムラビットを売ったお金があるからってちょっと買い過ぎちゃった気もするけど……成長期(十六歳)だから問題ないよね!
 もうちょっと身長欲しいしなー。
 『アイテムボックス』のスキルがあったらもっと買って帰るのに。

「キャラメルナッツカップケーキと紅茶カップケーキはひとつずつプレゼント包装にしてください」

 カウンターにいたのは、たぶん聖女のお母さんだと思う。
 お姉さんくらいに見えるけど、聖女に姉妹はいない。
 結婚が早いんだよね、この世界。うちのお母様も若々しくて可愛らしい方だった。

 聖女のお母さんに可愛くラッピングしてもらい、店を出る前にイートインスペースに向かう。
 キャラメルナッツカップケーキは赤いリボン、紅茶カップケーキは青いリボンで中身がわかるようにしてくれている。
 リボンの色に深い意味はない。というか、聖女のお母さんにお任せしたのだ。

 甘いもの好きなテールは苦いものが苦手だ。
 見栄を張って頼んだであろうブラックコーヒーを不機嫌そうな顔でちびちびと飲んでいる。コーヒーはデフォルトである世界です。
 ……空皿の数多っ! どれだけスイーツ食べたんだろ。もちろん商品棚にはカップケーキ以外もたくさんあったのだ。

「ん?」

 私がテーブルにキャラメルナッツカップケーキの包みを置くと、テールが私を見た。
 短く刈った黒髪に紫色の瞳。アッシュさんは金茶の髪で茶色い瞳だから、三代前の聖女だった母親から受け継いだものかな?
 私は彼に微笑んだ。

「大地の聖騎士テール様にプレゼントです。これからもジュルネ王国をお守りくださいね」
「あ、ああ」

 テールは浅黒い肌をほんのりと赤く染めて頷いた。
 少し厳つい顔立ちだが、乙女ゲームの攻略対象なのでイケメンなのは間違いない。
 あ、べつに聖女から奪おうなんて気はないよ。

 エンディングはなかったけれど、アッシュさん達『攻略できないバグオジ』にも好感度はあるのだ。
 そしてアッシュさんは息子のテールの好感度が上がっても好感度が上がる。
 ものぐさ系のアッシュさんは、最愛の息子には構い過ぎてウザがられる残念キャラでもあるのだった。

 アッシュさんの好感度が高いと、武器屋に並べられる装備アイテムがレアなものになる。希少な魔法金属製のアイテムも増える。
 究極の魔鍛冶アイテムを作るためには、特性を多く付けられる希少な魔法金属製アイテムが必須だよね!
 まあ、この世界がどこまでゲームと同じかわからないけどさ。

「……ありがとう」

 ぼそりと呟いたテールにお辞儀をして、私は店から出たのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

すべてを思い出したのが、王太子と結婚した後でした

珠宮さくら
恋愛
ペチュニアが、乙女ゲームの世界に転生したと気づいた時には、すべてが終わっていた。 色々と始まらなさ過ぎて、同じ名前の令嬢が騒ぐのを見聞きして、ようやく思い出した時には王太子と結婚した後。 バグったせいか、ヒロインがヒロインらしくなかったせいか。ゲーム通りに何一ついかなかったが、ペチュニアは前世では出来なかったことをこの世界で満喫することになる。 ※全4話。

シナリオ通り追放されて早死にしましたが幸せでした

黒姫
恋愛
乙女ゲームの悪役令嬢に転生しました。神様によると、婚約者の王太子に断罪されて極北の修道院に幽閉され、30歳を前にして死んでしまう設定は変えられないそうです。さて、それでも幸せになるにはどうしたら良いでしょうか?(2/16 完結。カテゴリーを恋愛に変更しました。)

【完結】あなたの『番』は埋葬されました。

月白ヤトヒコ
恋愛
道を歩いていたら、いきなり見知らぬ男にぐいっと強く腕を掴まれました。 「ああ、漸く見付けた。愛しい俺の番」 なにやら、どこぞの物語のようなことをのたまっています。正気で言っているのでしょうか? 「はあ? 勘違いではありませんか? 気のせいとか」 そうでなければ―――― 「違うっ!? 俺が番を間違うワケがない! 君から漂って来るいい匂いがその証拠だっ!」 男は、わたしの言葉を強く否定します。 「匂い、ですか……それこそ、勘違いでは? ほら、誰かからの移り香という可能性もあります」 否定はしたのですが、男はわたしのことを『番』だと言って聞きません。 「番という素晴らしい存在を感知できない憐れな種族。しかし、俺の番となったからには、そのような憐れさとは無縁だ。これから、たっぷり愛し合おう」 「お断りします」 この男の愛など、わたしは必要としていません。 そう断っても、彼は聞いてくれません。 だから――――実験を、してみることにしました。 一月後。もう一度彼と会うと、彼はわたしのことを『番』だとは認識していないようでした。 「貴様っ、俺の番であることを偽っていたのかっ!?」 そう怒声を上げる彼へ、わたしは告げました。 「あなたの『番』は埋葬されました」、と。 設定はふわっと。

なんども濡れ衣で責められるので、いい加減諦めて崖から身を投げてみた

下菊みこと
恋愛
悪役令嬢の最後の抵抗は吉と出るか凶と出るか。 ご都合主義のハッピーエンドのSSです。 でも周りは全くハッピーじゃないです。 小説家になろう様でも投稿しています。

悪役令嬢、隠しキャラとこっそり婚約する

下菊みこと
恋愛
悪役令嬢が隠しキャラに愛されるだけ。 ドゥニーズは違和感を感じていた。やがてその違和感から前世の記憶を取り戻す。思い出してからはフリーダムに生きるようになったドゥニーズ。彼女はその後、ある男の子と婚約をして…。 小説家になろう様でも投稿しています。

誰からも愛されない悪役令嬢に転生したので、自由気ままに生きていきたいと思います。

木山楽斗
恋愛
乙女ゲームの悪役令嬢であるエルファリナに転生した私は、彼女のその境遇に対して深い悲しみを覚えていた。 彼女は、家族からも婚約者からも愛されていない。それどころか、その存在を疎まれているのだ。 こんな環境なら歪んでも仕方ない。そう思う程に、彼女の境遇は悲惨だったのである。 だが、彼女のように歪んでしまえば、ゲームと同じように罪を暴かれて牢屋に行くだけだ。 そのため、私は心を強く持つしかなかった。悲惨な結末を迎えないためにも、どんなに不当な扱いをされても、耐え抜くしかなかったのである。 そんな私に、解放される日がやって来た。 それは、ゲームの始まりである魔法学園入学の日だ。 全寮制の学園には、歪な家族は存在しない。 私は、自由を得たのである。 その自由を謳歌しながら、私は思っていた。 悲惨な境遇から必ず抜け出し、自由気ままに生きるのだと。

ナイスミドルな国王に生まれ変わったことを利用してヒロインを成敗する

ぴぴみ
恋愛
少し前まで普通のアラサーOLだった莉乃。ある時目を覚ますとなんだか身体が重いことに気がついて…。声は低いバリトン。鏡に写るはナイスミドルなおじ様。 皆畏れるような眼差しで私を陛下と呼ぶ。 ヒロインが悪役令嬢からの被害を訴える。元女として前世の記憶持ちとしてこの状況違和感しかないのですが…。 なんとか成敗してみたい。

婚約破棄の、その後は

冬野月子
恋愛
ここが前世で遊んだ乙女ゲームの世界だと思い出したのは、婚約破棄された時だった。 身体も心も傷ついたルーチェは国を出て行くが… 全九話。 「小説家になろう」にも掲載しています。

処理中です...