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24・聖騎士様は恋に恋するお年頃⑤
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自分のぶんのキャラメルナッツカップケーキを食べ終えたテールは、幸せそうにデザートを食べるソワレを見つめていた。
口が小さいな、と思う。
頭も手も小さい。テールが大柄なのもあるものの、ソワレは少し小柄な少女だった。テールだと片手で数個持てるキャラメルナッツカップケーキを、彼女は両手で支えて食べている。
可愛い、と思う。
大通りに面したガラス窓から差し込む光を反射して、赤い煌めきを見せる髪が綺麗だ、と思う。
店に客が出入りするたびに起こる風で揺れる髪に触れたいと思う自分に戸惑っていると、口の中のカップケーキを飲み込んだソワレが、真っすぐにテールを見つめて言った。
「私の顔になにかついてますか?」
可愛くて目が離せなかった、付き合ってもいない男にそんなことを言われて喜ぶ女性がいないことくらい、テールも知っていた。
ソワレは前にキャラメルナッツカップケーキをくれて、テールを応援していると言ってくれたけれど、異性への好意がすべて恋愛感情とは限らない。
むしろ大して親しくもないのに重い言葉を告げたら引かれるだけだ。テールは、自分がラファルのように気さくで親しみやすい印象の人間でないと知っていた。
「す、すまない。見つめていたのではなくて、その、聞きたいことがあったんだ」
「聞きたいことですか?」
「ああ。食事中に聞くようなことではないので待っていたんだ」
話しながら言い訳を考えて、思いつく。
「……君は最近王都へ来たところだと言ったな?」
「はい」
「移動中にアンデッドを目撃しなかっただろうか」
会食のときに口にすることではないな、と思いはしたが、ほかの話題を思いつけなかったので仕方がない。
ソワレの瞳が自分を映していることで心臓の動悸が激しくなっていく。
目撃していないのなら良いと話を変えようとする前に、彼女は思ってもみなかった剣幕で質問に質問を返してきた。
「どこかでアンデッドの被害があったんですかっ!」
ソワレは自分を新米冒険者だと言っていた。
ならず者予備軍や使い捨てのなんでも屋扱いをされがちな冒険者だが、ソワレは聖騎士のように民の平安を守るという誇りを持って冒険者をしているのだろう。
テールのソワレへの好感度が上がった。
「いや、今回も被害は出ていない。目撃情報もない」
アンデッドについて聞こうと思いついたのは、最近聖女専属聖騎士の宿舎に蛇が出るからかもしれない。
テールはほかの聖騎士のように怖いとまでは思わないのだが、にょろにょろとした動きを気味悪く感じていた。
少し魔力を帯びてモンスター化しているのかもしれない。しなやかに動いて蛇を捕らえることのできる水の聖騎士リュイソーを呼んでも、彼が来るまでにどこかに隠れてしまうのだ。テール自身は大柄で動きが遅いので、少し反応しただけで逃げられてしまう。
「今回も?」
「……そうか。前回も目撃情報すらなかったから、民間では語り継がれなくなったんだな」
「前回も?」
「ああ、聖女様が交代すると新体制が安定するまでの混乱のせいか、アンデッドが目撃されるのが常なんだ。十八年前、先々代の聖女のときはそれでプランタン大公領が壊滅した」
元聖騎士の父を持ち、自身も聖騎士であるテールと新米冒険者の彼女では、知っている情報に差があるのは当然のことだ。
とはいえ壊滅という言葉は強過ぎたかもしれない。
自分の言葉選びを反省しながら、テールは怯えたような表情を見せているソワレに説明を補足した。
「安心してくれ。壊滅したといっても、先々代の聖女様と聖騎士によってアンデッドを作り出していた不死王は倒されたし、領民はほかの土地へ避難して生き延びている。……当時の聖女様と大公殿下はお亡くなりになってしまったが」
「そうだったんですか……あのっ!」
「うん?」
「もしアンデッドが出現したら、私にも教えてもらえませんか?」
「君に?」
「はい! 私、炎属性の魔法が使えるのでアンデッドの天敵なんです!」
危険を顧みず、民のためアンデッドに立ち向かおうという彼女の言葉に、テールのソワレへの好感度がさらに上がった。
「そうなのか? 君のような女の子が冒険者になるなんてどうしてなんだろうと思っていたが、魔法の才能を活かすためだったんだな。魔法に自信があるのなら聖騎士隊に……」
魔力属性は、その人間の髪や瞳の色に影響する。
父に魔法を学んだときに聞いたことがあった。
だからソワレの髪は光を浴びて赤い煌めきを放っていたんだな、と思いながら言葉を続けてテールは気づいた。……炎属性の彼女を聖騎士隊に勧誘したら、同じ炎属性のフラムと仲良くなってしまうのではないだろうか。聖女専属の聖騎士になったからと言って、元の聖騎士隊との縁が切れるわけではない。
「……アンデッドの目撃情報があったら冒険者ギルドにも調査討伐依頼を出すので、そのときは協力してくれると嬉しい」
「あっはい」
同じ魔力属性を持つものは親しくなりやすいという話も聞いたことある。
ソワレをほかの聖騎士、特に彼女と同じ炎属性のフラムに会わせたくないと感じたテールは話を変えた。
打ち切られた勧誘に疑問を持つ様子もないソワレが、すでにフラムと会っているということをテールはまだ知らない。
(そういえば俺の大地属性は炎属性を苦手としているが、彼女を見ると心臓の動悸が激しくなるのは天敵を前にしたときの生存本能だったり……するわけがないな)
たとえ始まりがそうだったとしても、今のテールは完ぺきにソワレに恋していた。
口が小さいな、と思う。
頭も手も小さい。テールが大柄なのもあるものの、ソワレは少し小柄な少女だった。テールだと片手で数個持てるキャラメルナッツカップケーキを、彼女は両手で支えて食べている。
可愛い、と思う。
大通りに面したガラス窓から差し込む光を反射して、赤い煌めきを見せる髪が綺麗だ、と思う。
店に客が出入りするたびに起こる風で揺れる髪に触れたいと思う自分に戸惑っていると、口の中のカップケーキを飲み込んだソワレが、真っすぐにテールを見つめて言った。
「私の顔になにかついてますか?」
可愛くて目が離せなかった、付き合ってもいない男にそんなことを言われて喜ぶ女性がいないことくらい、テールも知っていた。
ソワレは前にキャラメルナッツカップケーキをくれて、テールを応援していると言ってくれたけれど、異性への好意がすべて恋愛感情とは限らない。
むしろ大して親しくもないのに重い言葉を告げたら引かれるだけだ。テールは、自分がラファルのように気さくで親しみやすい印象の人間でないと知っていた。
「す、すまない。見つめていたのではなくて、その、聞きたいことがあったんだ」
「聞きたいことですか?」
「ああ。食事中に聞くようなことではないので待っていたんだ」
話しながら言い訳を考えて、思いつく。
「……君は最近王都へ来たところだと言ったな?」
「はい」
「移動中にアンデッドを目撃しなかっただろうか」
会食のときに口にすることではないな、と思いはしたが、ほかの話題を思いつけなかったので仕方がない。
ソワレの瞳が自分を映していることで心臓の動悸が激しくなっていく。
目撃していないのなら良いと話を変えようとする前に、彼女は思ってもみなかった剣幕で質問に質問を返してきた。
「どこかでアンデッドの被害があったんですかっ!」
ソワレは自分を新米冒険者だと言っていた。
ならず者予備軍や使い捨てのなんでも屋扱いをされがちな冒険者だが、ソワレは聖騎士のように民の平安を守るという誇りを持って冒険者をしているのだろう。
テールのソワレへの好感度が上がった。
「いや、今回も被害は出ていない。目撃情報もない」
アンデッドについて聞こうと思いついたのは、最近聖女専属聖騎士の宿舎に蛇が出るからかもしれない。
テールはほかの聖騎士のように怖いとまでは思わないのだが、にょろにょろとした動きを気味悪く感じていた。
少し魔力を帯びてモンスター化しているのかもしれない。しなやかに動いて蛇を捕らえることのできる水の聖騎士リュイソーを呼んでも、彼が来るまでにどこかに隠れてしまうのだ。テール自身は大柄で動きが遅いので、少し反応しただけで逃げられてしまう。
「今回も?」
「……そうか。前回も目撃情報すらなかったから、民間では語り継がれなくなったんだな」
「前回も?」
「ああ、聖女様が交代すると新体制が安定するまでの混乱のせいか、アンデッドが目撃されるのが常なんだ。十八年前、先々代の聖女のときはそれでプランタン大公領が壊滅した」
元聖騎士の父を持ち、自身も聖騎士であるテールと新米冒険者の彼女では、知っている情報に差があるのは当然のことだ。
とはいえ壊滅という言葉は強過ぎたかもしれない。
自分の言葉選びを反省しながら、テールは怯えたような表情を見せているソワレに説明を補足した。
「安心してくれ。壊滅したといっても、先々代の聖女様と聖騎士によってアンデッドを作り出していた不死王は倒されたし、領民はほかの土地へ避難して生き延びている。……当時の聖女様と大公殿下はお亡くなりになってしまったが」
「そうだったんですか……あのっ!」
「うん?」
「もしアンデッドが出現したら、私にも教えてもらえませんか?」
「君に?」
「はい! 私、炎属性の魔法が使えるのでアンデッドの天敵なんです!」
危険を顧みず、民のためアンデッドに立ち向かおうという彼女の言葉に、テールのソワレへの好感度がさらに上がった。
「そうなのか? 君のような女の子が冒険者になるなんてどうしてなんだろうと思っていたが、魔法の才能を活かすためだったんだな。魔法に自信があるのなら聖騎士隊に……」
魔力属性は、その人間の髪や瞳の色に影響する。
父に魔法を学んだときに聞いたことがあった。
だからソワレの髪は光を浴びて赤い煌めきを放っていたんだな、と思いながら言葉を続けてテールは気づいた。……炎属性の彼女を聖騎士隊に勧誘したら、同じ炎属性のフラムと仲良くなってしまうのではないだろうか。聖女専属の聖騎士になったからと言って、元の聖騎士隊との縁が切れるわけではない。
「……アンデッドの目撃情報があったら冒険者ギルドにも調査討伐依頼を出すので、そのときは協力してくれると嬉しい」
「あっはい」
同じ魔力属性を持つものは親しくなりやすいという話も聞いたことある。
ソワレをほかの聖騎士、特に彼女と同じ炎属性のフラムに会わせたくないと感じたテールは話を変えた。
打ち切られた勧誘に疑問を持つ様子もないソワレが、すでにフラムと会っているということをテールはまだ知らない。
(そういえば俺の大地属性は炎属性を苦手としているが、彼女を見ると心臓の動悸が激しくなるのは天敵を前にしたときの生存本能だったり……するわけがないな)
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