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29・炎、焼く。
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炎の四天王バルは竜の性質を持つ魔人である。
魔王ソワレの父方の従兄に当たる。
先代魔王の姉の息子で、人間の母を持つソワレよりも魔力が強い。
バルの母は弟よりも魔力が強かったが魔王にならなかった。
これは珍しいことではない。
男を食い殺すと言われているお肉大好きな女性魔人は権力に執着しないのである。もちろん権力でイケ魔人が手に入るのなら別だけれど。
バルが人間の母を持つ弱いソワレを倒して魔王にならなかったのには、いくつかの理由がある。
ひとつは叔父である先代魔王が怖かったからである。
娘大好きだった先代魔王はバルがソワレを泣かせても、バルがソワレを笑わせても睨みつけてきた。喜ばせて笑わせたときは嫉妬もあったのか睨みつけてくる瞳が潤んでいたので、さらに恐怖を感じた。
ふたつ目は母が怖いからである。
竜魔人は卵生だ。
体内の構造が竜に近いというよりも魔力で卵を作りながら生むのだ。
卵生の母は丸いものが好きだ。可愛らしいものも好きだ。
バルの母は小柄な姪のソワレが可愛くて仕方がないのである。
ソワレの父である先代魔王は圧を放ちながら口で注意するだけで、それでも十分怖かったのに、バルの母は手を出してくる。いや、手ならまだしも火を吹いてくる。
ソワレが魔王になりたいというのだから、バルが望めるはずがない。
そして、一番大きいのはみっつ目の理由だ。
バルはソワレが好きなのである。
母のように丸いものや可愛いものが好きだという竜魔人の本能もあるし、母と違ってすぐに火を吹いてこないところも気に入っている。それに──
魔王と四天王総出で退治に行かなくてはいけない強大なモンスターは現れていないので、今日のバルは修練場にいた。
模擬戦闘はしていない。
ほかの四天王は自室に籠もっているのだ。そういう日もある。水の四天王ヴィペールは自分の部屋にはいなかったが、最近は魔王城を出ること自体ないので、城内のどこかにはいるのだろう。
なのでバルはひとりで肉を焼いていた。
魔力の放出を調節して絶妙な焼き加減を追求する。
ソワレはバルのことを生肉大好きだと思っているが、バルは本当は焼いた肉のほうが好きだった。
(でも俺が生っぽい肉食わないと、ソワレに食わせたら腹壊すもんな)
バルの心に、自分の焼いた肉を初めて食べて、満面の笑顔で礼を言ってくれたときのソワレの面影が浮かび上がる。
その後すぐに現れて、自分の焼いた肉を与えて美味いと言わせていた娘大好き先代魔王の叔父はもういない。
バル以上に炎属性の魔力の扱いに長けた魔人はいない。母はバルより強い。しかし魔力の制御は下手で、炎を吹けばすべてを消し炭に変えてしまう。
(俺が一番上手く肉を焼けるんだ!)
バルは魔王にはなりたくない。
なりたいのは魔王の夫なのだった。
とはいえ可愛いソワレが魔王でいることが辛いと思っているのなら、いつでも代わってやりたいとも考えている。だからバルはソワレと顔を合わせるたびに、自分が代わりに魔王になってやろうか、と言っているのだ。……それでソワレに嫌われているとは、少しも気づかず。
魔王ソワレの父方の従兄に当たる。
先代魔王の姉の息子で、人間の母を持つソワレよりも魔力が強い。
バルの母は弟よりも魔力が強かったが魔王にならなかった。
これは珍しいことではない。
男を食い殺すと言われているお肉大好きな女性魔人は権力に執着しないのである。もちろん権力でイケ魔人が手に入るのなら別だけれど。
バルが人間の母を持つ弱いソワレを倒して魔王にならなかったのには、いくつかの理由がある。
ひとつは叔父である先代魔王が怖かったからである。
娘大好きだった先代魔王はバルがソワレを泣かせても、バルがソワレを笑わせても睨みつけてきた。喜ばせて笑わせたときは嫉妬もあったのか睨みつけてくる瞳が潤んでいたので、さらに恐怖を感じた。
ふたつ目は母が怖いからである。
竜魔人は卵生だ。
体内の構造が竜に近いというよりも魔力で卵を作りながら生むのだ。
卵生の母は丸いものが好きだ。可愛らしいものも好きだ。
バルの母は小柄な姪のソワレが可愛くて仕方がないのである。
ソワレの父である先代魔王は圧を放ちながら口で注意するだけで、それでも十分怖かったのに、バルの母は手を出してくる。いや、手ならまだしも火を吹いてくる。
ソワレが魔王になりたいというのだから、バルが望めるはずがない。
そして、一番大きいのはみっつ目の理由だ。
バルはソワレが好きなのである。
母のように丸いものや可愛いものが好きだという竜魔人の本能もあるし、母と違ってすぐに火を吹いてこないところも気に入っている。それに──
魔王と四天王総出で退治に行かなくてはいけない強大なモンスターは現れていないので、今日のバルは修練場にいた。
模擬戦闘はしていない。
ほかの四天王は自室に籠もっているのだ。そういう日もある。水の四天王ヴィペールは自分の部屋にはいなかったが、最近は魔王城を出ること自体ないので、城内のどこかにはいるのだろう。
なのでバルはひとりで肉を焼いていた。
魔力の放出を調節して絶妙な焼き加減を追求する。
ソワレはバルのことを生肉大好きだと思っているが、バルは本当は焼いた肉のほうが好きだった。
(でも俺が生っぽい肉食わないと、ソワレに食わせたら腹壊すもんな)
バルの心に、自分の焼いた肉を初めて食べて、満面の笑顔で礼を言ってくれたときのソワレの面影が浮かび上がる。
その後すぐに現れて、自分の焼いた肉を与えて美味いと言わせていた娘大好き先代魔王の叔父はもういない。
バル以上に炎属性の魔力の扱いに長けた魔人はいない。母はバルより強い。しかし魔力の制御は下手で、炎を吹けばすべてを消し炭に変えてしまう。
(俺が一番上手く肉を焼けるんだ!)
バルは魔王にはなりたくない。
なりたいのは魔王の夫なのだった。
とはいえ可愛いソワレが魔王でいることが辛いと思っているのなら、いつでも代わってやりたいとも考えている。だからバルはソワレと顔を合わせるたびに、自分が代わりに魔王になってやろうか、と言っているのだ。……それでソワレに嫌われているとは、少しも気づかず。
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