転生魔王NOT悪役令嬢

豆狸

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32・転生魔王、観覧する。

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 交流会の日でした。
 王都の大広場にはかなりの人数の王国民が集まっていた。
 聖女の就任式から二ヶ月弱くらいだから、なかなか優秀。乙女ゲーム『綺羅星のエクラ』では交流会の聖女のミニゲームの結果で、次に来てくれる王国民の数が決まっていたのだ。これまでずっと大成功を出していないと、この人数にはならないだろう。

 とはいえ、今世はゲームじゃなくて現実で、歌の結果で王国民の観客動員数が増えるなんてミニゲームじゃないんだから、単に当代の聖女と専属聖騎士に人気があるだけかもね。
 うん、そうだ。
 今世はゲームじゃなくて現実なんだ。

 現実だから、ゲームに出て来なかったヒヒイロカネもどこかに存在するはず!
 攻撃力・命中率プラス、追加効果、魔力属性、魔力耐性、特効の特性むっつ全部付けられるはず!
 ひゃっふー!

 儀式ライブだけ観覧したら、握手会が始まる前に離れようかな。
 あ、でもアッシュさんは息子テール大好きだから、陰からそっと見守ってるかも。なんか、ちょっとラブっぽいスチル付きの遭遇イベントがあった気がする。『攻略できないバグオジ』なのに!
 アッシュさんの武器屋に行っても臨時休業かもしれない。

 アッシュさんを探して観客を見回してみる。

 おや、仮面をつけた黒髪の青年がいる。
 ……王太子ワンパンチイヴェールだ。
 そっか、ラストバトルのときだけじゃなくて交流会にも仮面で来てたんだ。交流会スチルにもいたのかもね、覚えてないけど。仮面は顔の上半分だけ隠すタイプだったので、口元は見えていた。

 そういえば魔王をワンパンチして、すぐスタッフロールだったっけ。あの後どうなったんだろ。
 ゲームの中の魔王、殴られて脳震とう起こして気絶しただけで死んでないよね。
 デフォルメキャラのスチルしかないギャグエンディングだし、攻略対象の好感度を上げられなかったときの救済エンドみたいなものだから追及しても仕方がないかな。『攻略できないバグオジ』にもあったラブっぽいイベントすらなく、エンドもギャグな王太子ワンパンチを隠し攻略対象と言っても良いのかしらん?

「あ、師匠だ」

 観客を見回していたら、師匠に気づいた。
 魔力を帯びて光る棒を手にして踊っている五人ほどの集団の中央センターにいる、頭にバンダナを巻いた小太りの男性が師匠だ。
 私の師匠というわけではない。

 彼は乙女ゲーム『綺羅星のエクラ』の交流会スチルに必ずいるモブキャラだ。
 スチルを時系列順に並べると、彼がいわゆるオタダンスを踊っているのがわかるのだ。スチル一枚だけでもポーズでわかるけど。
 前世のネットの配信動画で彼のダンスを背景にして『踊ってみた』した人がいて、その人が彼を師匠呼びしていたことから、『綺羅星のエクラ』プレイヤーは名も無きモブの彼を師匠と呼ぶようになったのである。我ながらゲーム関係の記憶が鮮明である。

 魔鍛冶目当てで『綺羅星のエクラ』をしていた前世の私だが、その配信動画は楽しく見てた。
 ちょっと真似したりもしてたんだよね、えへへ。
 今でも踊れそうな気がするな。

 今回の交流会の観客動員数は全体の八割といったところ。
 これが十割になると踊れる空間が無くなるので、師匠と仲間達はいなくなる。
 観客動員数十割で大成功にしたほうが攻略対象の好感度は上がりやすかったんだけど、交流会スチルの師匠達見たさに八割で抑えてプレイするのが流行ってたなあ。交流会で好感度上げなくても、ほかで充分上げられるし、大失敗じゃないと見られない攻略対象のスチルとかあったしね!

 アッシュさんの姿は見つけられなかったので、私は舞台に視線を向けた。
 ムービーは基本飛ばしてたから、聖女専属聖騎士の踊りをフルで見るのは、これが初めてかもしれない。
 ん? 今舞台の上のテールと目が合った?

 大地の聖騎士テールはなぜか満面の笑顔になって、苦手なはずの踊りを堂々と舞い始めた。
 もともと大柄で手足が長いので、自信に満ちた動きだととても華麗だ。
 なんでだろ。私を見たような気がするから、キャラメルナッツカップケーキのことでも思い出したのかな。思い出すだけで笑顔になるくらい美味しいよね、キャラメルナッツカップケーキって。

 風の聖騎士ラファルも、ちらちらこちらを見ている気がするが、この前アッシュさんの武器屋で会っただけだから、私を見ているわけではないだろう。
 三ヶ月しか続かない恋人が私の近くにいるのかな。
 でもゲームではヒロインゲーム主人公の聖女に本気の恋をするまで、あんなにぎこちない態度は取らなかったよね。まあゲームと現実は違うか。

 水の聖騎士リュイソーは小柄で可憐。
 鎧よりも聖女とお揃いの衣装でデュオしたほうが似合いそう。
 むう。かなり離れた場所にいるのに強い水の魔力を感じるな、ちょっと怖い。ジュルネ王国へは絶対侵攻しないようにしよう。

 炎の聖騎士フラムはすっ転んでた。
 ゲームのときみたいに照れくさそうに笑ってジャンプして戻るかと思ったら、なんかゆっくりと起き上がってた。
 近くにいた観客が吐息を漏らしてる。うん、なんか色っぽかったよね、今のフラム。

 当代の聖女はピンクの髪だった。
 乙女ゲーム『綺羅星のエクラ』だったら炎属性だな。
 今世の現実でも魔力属性が髪や瞳に影響するから、そのまま炎属性なんだろう。……炎属性なだけだよね? 前世のネット小説でお約束だったヤバ目の転生ピンク髪ヒロインじゃありませんように。

 なんだかんだ言って、前世のゲームで散々聞いた楽曲だし、歌ってる人も踊ってる人も知ってるし、なんなら観客のことまで知ってるしで、私は儀式ライブを楽しく堪能したのだった。
 前世の記憶が呼び起こされたせいか、なんだか凄く懐かしさを感じた。
 と言っても前世ではインドア派のゲーマーだったので、リアルライブに行ったことはなかった気がするけどね。
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