愛しているは、もういらない。

豆狸

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後編B 愛しているは、もういらない。

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 最後のお節介のつもりで私が言うと、彼は首を横に振った。

「いや、いい。我が家の借金を私の代で返せるかどうかもわからないのに、コンテ男爵家の借金までは背負えないよ」
「……リティージョ様を愛していらっしゃるのではないのですか?」
「同情はしていた。ひとり娘ならともかく、リティージョには兄と弟がいる。どちらにしろ彼女は男爵家の借金の形に、どこかの金持ちに売り渡される運命だったんだ。ガッロ侯爵閣下の愛人になるのなら幸せなほうではないかな」
「そうですか」

 少し嫌な気分だけれど、それが貴族の考え方というものなのかもしれない。
 アレッサンドロ様だってお金のために私を娶るつもりだったのだ。
 自分の身を犠牲にしてでも家を守るのが高貴なるものの義務なのだろう。リティージョ様がガッロ侯爵様の愛人になっても、ふたりの心はつながっているのだ。

「それではお帰りになりますか?」
「……いや。私が話を振ってしまったけれど、コンテ男爵家の話がしたくて来たわけじゃない。私は君に会いたくて来たんだ」

 もしかして謝罪に来たのだろうか。
 彼からの謝罪は求めていない。
 謝罪されたからといって浮気されていた過去が、浮気されたことによる悲しみが消え去るわけではないのだ。

 平民の私は高貴なるものの義務なんて理解出来ないので、リティージョ様がガッロ侯爵様の愛人になることを受け入れているアレッサンドロ様に失望していた。
 ふたりが浮気していると家族から聞いたときよりも、上の学年は授業が終わっても用事があるから遅くなると言われたのを信じて彼を待っていた時間にふたりが密会していたのを目撃したときよりも、ふたりの真実の愛が私の思うものと違うと知った今のほうが嫌な気分だった。
 高貴なるものの義務に殉じるというのなら、本当に愛する人を想う心はだれにも気づかれないよう隠し通すべきだ。

 でも、謝罪をしたほうがアレッサンドロ様が楽になるというのなら受け入れてあげよう。
 私は隣国へ留学する。もしかしたら向こうでマルキ商会の支店を作って、そのまま二度とこの国へは戻ってこないかもしれない。
 私はアレッサンドロ様の言葉を待った。これが最後の邂逅になるのなら彼の心に残る私の姿を少しでも美しく飾りたいと、燻ぶる初恋の残滓が囁いたのだ。

「……エレナ。私は君を愛している。やり直せないかな?」
「はい?」

 戸惑う私に気づきもせず、アレッサンドロ様は一方的に語り続ける。

「この一ヶ月、私は寂しくてたまらなかった。毎朝夕、登下校のたびに告げられる君からの愛の言葉が恋しくてならなかった。元から君のことは好きなんだ。病床の君を見舞いに行くと、満面の笑顔で迎えてくれるのが嬉しかった。借金のことはこのままでいいし、君と結婚したからってマルキ商会にこれ以上便宜を図ってもらうつもりもない。ただ……君に側にいて欲しいんだ」
「リティージョ様のことは?」

 尋ねる声が震えているのにも、彼は気づかない。

「さっきも言った通り同情はしていたよ。それだけだ」
「……」

 言葉が返せない。
 同情? 私の誕生日、プレゼントよりも愛しているという言葉を欲しがった私を拒んだくせに?
 あの日、密会していたふたりを見つけてしまったとき、耳に忍び込んできた会話が頭の中に蘇る。

『愛しているのは君だけだ、リティージョ』
『嬉しいわ、アレッサンドロ。あの平民娘には、愛しているなんて絶対言わないでね』
『もちろんだよ。金のために娶らなくてはいけないけれど、私の心は永遠の君のものだ。愛しているという言葉は、君にしか捧げない』

 さまざまな感情が胸に蠢く。
 黙って震える私に、アレッサンドロ様はなおも言い募る。

「私が本当に愛しているのはエレナ、君だけだよ。先ほど君に仇のように睨みつけていると言われたのは誤解なんだ。本当はね、一ヶ月ぶりに見る君の美しさに目が離せなくなっていたんだよ」

 とうとう耐えられなくなって、私は立ち上がった。
 座ったままの彼を見据えて告げる。

「随分と安いお言葉ですわね。今のアレッサンドロ様こそ愛しているという特別な言葉を安売りしていらっしゃるのではないですか?……お客様がお帰りです」
「エレナ?」

 私は使用人に命じてアレッサンドロ様を追い出した。
 フランコ伯爵家から苦情が来ることはないだろう。最初からマルキ商会のほうが立場が強いのだ。
 愛しているなんて言葉、もういらない。少なくともアレッサンドロ様からは欲しくない。私から彼に言うこともない。

☆ ☆ ☆ ☆ ☆

 ──その後隣国へ留学した私は、二度とこの国に戻ることはなかった。
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