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第八話 その後の彼女
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「あーあ、だから言っただろう?」
「……そうだね」
同室の女の憐みの視線を感じながら、ロコは荷物をまとめていた。
ロコは下町の衛兵詰所で住み込みの料理人をしていた。
女は先輩だ。世話にもなったし喧嘩もしたし、忠告もしてもらってきた。
「下町の人間を守ってくれる衛兵は優しくてカッコいいし、特にうちの詰所のは見た目もいいけどさあ、職場の人間と付き合うと別れたときに困るんだよ」
「うん」
ピラールが亡くなって八年が経つ。
ロコは船乗りと別れた後、さまざまな男達と付き合って、いろいろな職場を転々としていた。
それ自体は珍しいことではない。貴族や裕福な商人のように生活が安定していなければ、人はより良い暮らしを求めて恋愛相手や働き先を変えていくものだ。
(あのとき子どもが出来ていたら、なにか変わってたのかな……)
ぼんやりロコは思う。
確かに変わっていただろう。
ロコが詰所を出て行くのは、ここの衛兵隊長との関係が終わったからだ。彼はこのまま勤め続けるよう勧めてくれたが、ロコが嫌だった。
八年を経てもロコは相変わらず明るく陽気で華やかで、自分の気持ちを曲げてまでは相手に媚びない女だった。
もちろん仕事先の人間に対してはそれなりの態度を取る。それは昔からだ。
でも恋人に対してまで演技はしない。むしろ恋人だからこそ素で振る舞った。
衛兵隊長は真摯な性格の男だった。
見た目はまるで似ていなかったけれど、ロコは彼の所作にピラールを感じていた。
結局ロコはどんな男の中にもピラールを探してしまうのだ。そして男達はそれを受け入れることが出来ない。
もし母親の苦労を見て育った少年がいて、衛兵隊長に憧れの父親の存在を重ねて懐いていたら、ふたりの関係は結婚にまで辿り着いていたかもしれない。
だが、そんな少年はいない。
ロコと衛兵隊長の関係は終わってしまった。もういないだれかではなく俺を見てくれ、と言われてもロコは頷けなかった。
(だって真実の愛だった、運命の恋だった。あんな病さえなければ、アタシとピラールはずっと、ずっと……)
荷物をまとめたロコは、衛兵隊長に挨拶をして詰所を出た。
明るく陽気で華やかなロコなら、すぐに仕事が見つかるだろう。新しい男もだ。
男はロコを放っておかないし、ロコも男の中にピラールを見つけ出す。ロコとピラールは真実の愛だった、運命の恋だった。だけど不幸で間違っていたことに、ロコが気づくことはない。
衛兵隊長との思い出を胸の中から捨て去って、ロコは歩き出す。
ロコの心は今もずっとピラールのものだ。
ピラールは最高の男だった。
貴族の坊ちゃんだったのに、身分違いのロコを愛して大切にしてくれた。
苦労知らずの貴族令嬢よりもロコを選んでくれた。
一途な婚約者の瞳なんか無視して、ロコにキスしてくれた。
(ほかの男なんてどうでも良い。ピラールさえいれば良い。死んじゃったピラールは家のために結婚したりなんかしないし、アタシ以外の女を抱いたりしない。ずっとずっとアタシひとりだけのもの……)
唇には笑みが浮かんでいる。八年前に訪ねて来た子爵家の人間にピラールの死を告げられたときに浮かんだのと同じ笑みだ。
その笑みを見て、船乗りの男は彼女を諦めたのだ。
死人は無敵だ。欠点を見せることも喧嘩して仲違いすることもない。
真実の愛だった、運命の恋だった。
だけど不幸で間違っていた。
──ロコは今も不幸で間違っている。生涯それに気づくことはないだろう。
「……そうだね」
同室の女の憐みの視線を感じながら、ロコは荷物をまとめていた。
ロコは下町の衛兵詰所で住み込みの料理人をしていた。
女は先輩だ。世話にもなったし喧嘩もしたし、忠告もしてもらってきた。
「下町の人間を守ってくれる衛兵は優しくてカッコいいし、特にうちの詰所のは見た目もいいけどさあ、職場の人間と付き合うと別れたときに困るんだよ」
「うん」
ピラールが亡くなって八年が経つ。
ロコは船乗りと別れた後、さまざまな男達と付き合って、いろいろな職場を転々としていた。
それ自体は珍しいことではない。貴族や裕福な商人のように生活が安定していなければ、人はより良い暮らしを求めて恋愛相手や働き先を変えていくものだ。
(あのとき子どもが出来ていたら、なにか変わってたのかな……)
ぼんやりロコは思う。
確かに変わっていただろう。
ロコが詰所を出て行くのは、ここの衛兵隊長との関係が終わったからだ。彼はこのまま勤め続けるよう勧めてくれたが、ロコが嫌だった。
八年を経てもロコは相変わらず明るく陽気で華やかで、自分の気持ちを曲げてまでは相手に媚びない女だった。
もちろん仕事先の人間に対してはそれなりの態度を取る。それは昔からだ。
でも恋人に対してまで演技はしない。むしろ恋人だからこそ素で振る舞った。
衛兵隊長は真摯な性格の男だった。
見た目はまるで似ていなかったけれど、ロコは彼の所作にピラールを感じていた。
結局ロコはどんな男の中にもピラールを探してしまうのだ。そして男達はそれを受け入れることが出来ない。
もし母親の苦労を見て育った少年がいて、衛兵隊長に憧れの父親の存在を重ねて懐いていたら、ふたりの関係は結婚にまで辿り着いていたかもしれない。
だが、そんな少年はいない。
ロコと衛兵隊長の関係は終わってしまった。もういないだれかではなく俺を見てくれ、と言われてもロコは頷けなかった。
(だって真実の愛だった、運命の恋だった。あんな病さえなければ、アタシとピラールはずっと、ずっと……)
荷物をまとめたロコは、衛兵隊長に挨拶をして詰所を出た。
明るく陽気で華やかなロコなら、すぐに仕事が見つかるだろう。新しい男もだ。
男はロコを放っておかないし、ロコも男の中にピラールを見つけ出す。ロコとピラールは真実の愛だった、運命の恋だった。だけど不幸で間違っていたことに、ロコが気づくことはない。
衛兵隊長との思い出を胸の中から捨て去って、ロコは歩き出す。
ロコの心は今もずっとピラールのものだ。
ピラールは最高の男だった。
貴族の坊ちゃんだったのに、身分違いのロコを愛して大切にしてくれた。
苦労知らずの貴族令嬢よりもロコを選んでくれた。
一途な婚約者の瞳なんか無視して、ロコにキスしてくれた。
(ほかの男なんてどうでも良い。ピラールさえいれば良い。死んじゃったピラールは家のために結婚したりなんかしないし、アタシ以外の女を抱いたりしない。ずっとずっとアタシひとりだけのもの……)
唇には笑みが浮かんでいる。八年前に訪ねて来た子爵家の人間にピラールの死を告げられたときに浮かんだのと同じ笑みだ。
その笑みを見て、船乗りの男は彼女を諦めたのだ。
死人は無敵だ。欠点を見せることも喧嘩して仲違いすることもない。
真実の愛だった、運命の恋だった。
だけど不幸で間違っていた。
──ロコは今も不幸で間違っている。生涯それに気づくことはないだろう。
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