バッドエンド

豆狸

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後編 だれにとってのバッドエンド?

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「クリスティーナ」

 放課後、呼びかけられて勢いよく顔を上げる。
 CV:セルジオ悪魔王子だ!
 午後の自習授業中、ずっと考えていた。私になにか出来ることがあるのではないか、と。

 学園に入ってから一度だけ、オリビオ殿下とエロイナの浮気行為とともにセルジオ殿下の存在を密告したことがあった。
 でもセルジオ殿下は亡くなっていても、国王陛下ご夫妻の大事なご子息。
 おふたりの心を傷つけるようなことを言うな、と公爵である父に怒られて終わった。

 父は一応神官を差し向けてくれたのだけど、まだ悪霊というほどではなかったのか、たまたまオリビオ殿下と離れていたのか、セルジオ殿下の存在は感知出来なかったらしい。
 『フェアリーテイルラブソングス』では悪役令嬢じゃなかったのに、今世では嫉妬に狂って婚約者の亡き弟を侮辱する嘘つき令嬢になってしまったのだ。
 以来、父は殿下に関する私の言葉を聞いてくれない。本人達に忠告しようにも、アイツらスニーキングスキルが高過ぎるし! NINJAか!

 だけど今なら、セルジオ殿下が悪魔王子となってオリビオ殿下と成り代わった今なら、神官にも存在を感知してもらえるのではないだろうか。
 普通の人間では悪魔も悪霊も退治出来ないけれど、神官に協力してオリビオ殿下の仇を取れたならば、私の初恋もバッドエンドではなかったと──あるぇ?
 教室の開いた扉の向こうに、廊下を歩くオリビオ殿下とエロイナの姿が見えた。

 え? え? どゆこと?
 私に呼びかけて来たCV:セルジオ悪魔王子はだれ?
 今も目の前にいる彼が笑いかけてくる。

「名前で呼んでも良いよね、クリスティーナ。だって君はもう兄上の婚約者じゃない。義姉上呼びなんておかしいものね」
「……ど、どなたですか?」
「ああ、やっぱりクリスティーナに僕の洗脳魔法は効かないんだ。仕方がないよね。僕を悪霊にしたのも、にしたのも君なんだから。僕は君には敵わない」
「私が貴方を悪霊に? え? というか? じゃなくて?」
「うん。封印されている魔王ごときに兄上の魂を捧げて悪魔程度にしてもらうだなんて、僕の誇りが許さない。だから魔王を殺して、呪いで魔王になって実体を得たんだ」
「え? 封印は?」
「封印されていたのは前の魔王で僕じゃないもん」

 自由登校期間で数少ない教室の人間が、彼の存在に驚いている気配はない。
 私達の異常な会話も聞こえていないようだ。

「愛しているよ、クリスティーナ。幼いとき、兄上との顔合わせで王宮にやって来た君を見て一目惚れした。君と一緒にいたいあまりに悪霊になっちゃったんだ。王都にある公爵邸で君と遊んでいたのは、兄上ではなくて僕だったんだよ」

 そこまで言って、彼は溜息を漏らした。

「あのときは神官に祓われて良かったと思う。当時の僕は君の守護霊を気取っていたけれど、実際は悪霊となって君の生命力を奪っていたんだもの。神官に祓われて狭間に追いやられた僕は、ずっと君の側にいるために、兄上から君を奪うために魔王となって帰って来たんだよ」

 え? じゃあオリビオ殿下とエロイナは私の目を盗んでイチャついていただけで、ランダムで悪霊のセルジオ殿下が現れたりはしていなかったの?
 悪霊による不思議効果で見つけられなかったんじゃなくて、アイツら自力でスニーキングしてたの?
 やっぱりNINJAじゃないの、あのふたり!

 そもそも私の初恋はオリビオ殿下じゃなくてセルジオ殿下?
 そう言えばオリビオ殿下は、学園に入学するまで王宮から出たことがなかった?
 セルジオ殿下のことがあるから国王陛下ご夫妻が過保護だったのよね。

 というか、幼い私にセルジオ殿下が悪霊として憑りついた過去があるから過保護になった?
 学園に入ってから父にセルジオ殿下の話をしたときに怒られたのもそのせい?
 お前への恋心で悪霊になったんだろうって? そりゃ私本人に真実は隠すよね。

「あれ? オリビオ殿下から私を奪う? もしかしてエロイナがオリビオ殿下を選んだのって、なにか貴方の働きかけがあったの?」

 セルジオ悪魔王子、改めセルジオ魔王王子が無言で微笑む。
 学園に入ってからは無下にされていたけれど、なんだかんだでオリビオ殿下にも情はある。エロイナも、まあ死なないで良かったんじゃない?
 殺された人も捧げられた魂もないんなら、これはバッドエンドじゃないよね? それはそうとセルジオ殿下、いつから魔王として暗躍してたの?
 
「一緒に帰ろう、クリスティーナ」

 一応初恋の悪霊みたいだし、私にとってもバッドエンドではない気がする。
 前世で『フェアリーテイルラブソングス』をプレイしたときの推しは、彼だったんだよね。
 オリビオ殿下に宿ってランダム出現する彼の好感度を最大限に上げて『どんなに僕が罪深く穢れた醜い存在 悪魔 になっても愛してくれる?』と言われたときは、【はい】を連打しまくったよ。

 それに──私の頭に前世の諺が浮かんだ。
 魔王からは逃げられない。
 ちょっと寿命の違いは心配なものの、私を見るセルジオ殿下の瞳は甘く優しくがある。

 あ、先代魔王にとってはバッドエンドだったかもね。
 などと思いながら、私はセルジオ魔王殿下が差し出してきた手に自分の手を重ねたのだった。

◇ ◇ ◇ ◇ ◇

<幼いころ>

公爵「申し訳ありません、陛下。うちのクリスティーナが可愛過ぎて! 世界一愛らしくて魅力的だったばっかりに、亡きセルジオ殿下を悪霊にしてしまって!」
国王(……殴りたい、この公爵)

<学園入学後>

公爵「陛下、あんたの息子さん達はどうなってるんですか! 兄のほうは浮気してるし、弟の悪霊は相変わらずクリスティーナに付き纏ってるみたいだし!」
国王「幼くして亡くなったセルジオは生きていたころから悪人だったわけではない。そういう悪霊は狭間から冥界へ押し出されるはずなのだが……」
公爵「とにかくクリスティーナには内緒ですよ? うちの可愛いクリスティーナのことだから、亡きセルジオ殿下の想いを聞いたら同情して惑わされてしまうかもしれません」
国王「わかった。一刻も早く神官に探し出させて狭間へ送ろう」
公爵「悪魔になっていないと良いのですが……」
国王「……そうだな」

<魔王就任後>

公爵「うちの可愛いクリスティーナが良いというので、セルジオ殿下と婚約させても良いですよ」
国王「うむ。新しい王太子もセルジオで良いな」
公爵「ええ。クリスティーナは昔からセルジオ殿下が好きだったので、殿下のために立派な王太子妃となることでしょう」
国王「うちのセルジオもクリスティーナ嬢のことが好きで……なんでこのふたりでなく、オリビオとクリスティーナ嬢を婚約させたのだろうな?」
公爵「……?」
国王「……? ま、良いか!」
公爵「そうですね!」

※洗脳魔法でセルジオ魔王が昔から生きていたと思い込まされています。
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