3 / 9
3
しおりを挟む
応接室に入ると、ソファに座っていた王太子アレクサンドル殿下が立ち上がりました。
「カロリーヌ、大丈夫かい?」
そう言いながら、私のところへ駆け寄ってこられます。
……嫌な方。
結婚してもべつの女には指一本も触れたくないほどミュゲ様を愛しているくせに、こうして優しくなさるのです。
いいえ、王太子としては当然のことでした。
王太子が後ろ盾の公爵家と不仲だなんて噂が広がったら国が乱れます。
お亡くなりになった妃殿下はあまり大きな家の出ではなく、政略ではなく恋愛で国王陛下と結ばれたために殿下には我が家以外の後ろ盾がないのです。
「ああ、まだ顔色が悪いね。君の顔を見られて嬉しいけれど、調子が悪いなら無理をしないでも良かったんだよ?」
「……殿下」
心配する言葉と優しく髪に触れる手が、私の心に喜びと怒りを呼び覚ましました。
ああ、なんて愚かな! もう知っているでしょう、カロリーヌ! 殿下は私のことなど愛していない。本当に愛した女性を殺した犯人だと思い込むくらい、私のことを信じていらっしゃらないのですよ。
私は王太子の婚約者として公爵家の令嬢として、けして言ってはいけない言葉を口にしました。
「私との婚約を解消してください」
「カロリーヌ?」
「お願いです、婚約を解消してください」
「いきなりどうしたんだい?……好きな男でも出来たのかな?」
「好きな方がいらっしゃるのは殿下のほうでしょう?」
「ミュゲのことかい?」
殿下の眉間に皺が寄りました。
私が彼女のことを口にすると、いつもこの顔をなさっていました。
そして、困ったような微笑みを浮かべておっしゃるのです。
「それは誤解だよ、カロリーヌ。僕と彼女は友達だ。彼女は僕以外の男に恋をしている。その相談に乗っていただけなんだ」
「でも殿下はあの方をお好きではないですか!」
「……好きではないよ」
「私を騙せるなどと思わないでください! 私にはわかるのです。ずっと殿下をお慕いしてきたからこそわかるのです。あの方を見る殿下の瞳に恋慕の炎が灯っていることが!」
「カロリーヌ! 誤解だよ。僕は……」
アレクサンドル殿下はおっしゃいました。
「君を愛している。愛しているんだ、カロリーヌ」
「……ふふっ」
「カロリーヌ?」
「あはははは」
「どうしたんだい?」
いきなり笑い出した私に、殿下は戸惑っているようです。
だけど笑うしかありません。
だって私はわかったのです。わかってしまったのです。
「……これは夢なのですね」
「な、なにを言ってるんだい、カロリーヌ」
「殿下がそんな言葉をおっしゃるはずがありません」
これは夢。
学園の生徒だったころの幼くも愚かな私が見た夢に違いありません。
あのころの私は、王宮の宝物庫にあるという願いを叶えてくれる妖精が封じられた壺を欲しがるほど、愚かでした。ただの伝説に過ぎないのに。
今の私はわかっています。覚えています。
殿下が私を愛しているとおっしゃったことなどありません。
どんなに私が想いを伝えても作った笑顔で、僕もだよ、とお返しになるだけなのです。
そもそも『愛』という言葉自体を口にするのを嫌がってらっしゃいました。
殿下の口から『愛』という言葉を聞いたのは、初夜から一年経ったあの夜だけなのです。それも私のことは愛していない、ミュゲ様を愛しているという宣言ででした。
きっとミュゲ様を裏切るようなことは嘘でも言いたくなかったのでしょう。公爵家の後ろ盾のため、私の機嫌を取らなくてはいけないと思っていらしても。
「そんなことはないよ。僕は君を、カロリーヌを愛している!」
なんて悲しく切ない夢なのでしょう。
ですが、今の私はもうこんな夢で自分を慰めなくてもいいのです。
そうです。この夢が始まる前の記憶は窓から飛び降りて終わりではありませんでした。私は、王宮に泊まり込んでお仕事をなさっていたお父様に連れられて王都の公爵邸へ戻り、そして──どこからか朝の光が差し込んできて、殿下の姿が消え去りました。夢は覚め、長い夜が明けたのです。
「カロリーヌ、大丈夫かい?」
そう言いながら、私のところへ駆け寄ってこられます。
……嫌な方。
結婚してもべつの女には指一本も触れたくないほどミュゲ様を愛しているくせに、こうして優しくなさるのです。
いいえ、王太子としては当然のことでした。
王太子が後ろ盾の公爵家と不仲だなんて噂が広がったら国が乱れます。
お亡くなりになった妃殿下はあまり大きな家の出ではなく、政略ではなく恋愛で国王陛下と結ばれたために殿下には我が家以外の後ろ盾がないのです。
「ああ、まだ顔色が悪いね。君の顔を見られて嬉しいけれど、調子が悪いなら無理をしないでも良かったんだよ?」
「……殿下」
心配する言葉と優しく髪に触れる手が、私の心に喜びと怒りを呼び覚ましました。
ああ、なんて愚かな! もう知っているでしょう、カロリーヌ! 殿下は私のことなど愛していない。本当に愛した女性を殺した犯人だと思い込むくらい、私のことを信じていらっしゃらないのですよ。
私は王太子の婚約者として公爵家の令嬢として、けして言ってはいけない言葉を口にしました。
「私との婚約を解消してください」
「カロリーヌ?」
「お願いです、婚約を解消してください」
「いきなりどうしたんだい?……好きな男でも出来たのかな?」
「好きな方がいらっしゃるのは殿下のほうでしょう?」
「ミュゲのことかい?」
殿下の眉間に皺が寄りました。
私が彼女のことを口にすると、いつもこの顔をなさっていました。
そして、困ったような微笑みを浮かべておっしゃるのです。
「それは誤解だよ、カロリーヌ。僕と彼女は友達だ。彼女は僕以外の男に恋をしている。その相談に乗っていただけなんだ」
「でも殿下はあの方をお好きではないですか!」
「……好きではないよ」
「私を騙せるなどと思わないでください! 私にはわかるのです。ずっと殿下をお慕いしてきたからこそわかるのです。あの方を見る殿下の瞳に恋慕の炎が灯っていることが!」
「カロリーヌ! 誤解だよ。僕は……」
アレクサンドル殿下はおっしゃいました。
「君を愛している。愛しているんだ、カロリーヌ」
「……ふふっ」
「カロリーヌ?」
「あはははは」
「どうしたんだい?」
いきなり笑い出した私に、殿下は戸惑っているようです。
だけど笑うしかありません。
だって私はわかったのです。わかってしまったのです。
「……これは夢なのですね」
「な、なにを言ってるんだい、カロリーヌ」
「殿下がそんな言葉をおっしゃるはずがありません」
これは夢。
学園の生徒だったころの幼くも愚かな私が見た夢に違いありません。
あのころの私は、王宮の宝物庫にあるという願いを叶えてくれる妖精が封じられた壺を欲しがるほど、愚かでした。ただの伝説に過ぎないのに。
今の私はわかっています。覚えています。
殿下が私を愛しているとおっしゃったことなどありません。
どんなに私が想いを伝えても作った笑顔で、僕もだよ、とお返しになるだけなのです。
そもそも『愛』という言葉自体を口にするのを嫌がってらっしゃいました。
殿下の口から『愛』という言葉を聞いたのは、初夜から一年経ったあの夜だけなのです。それも私のことは愛していない、ミュゲ様を愛しているという宣言ででした。
きっとミュゲ様を裏切るようなことは嘘でも言いたくなかったのでしょう。公爵家の後ろ盾のため、私の機嫌を取らなくてはいけないと思っていらしても。
「そんなことはないよ。僕は君を、カロリーヌを愛している!」
なんて悲しく切ない夢なのでしょう。
ですが、今の私はもうこんな夢で自分を慰めなくてもいいのです。
そうです。この夢が始まる前の記憶は窓から飛び降りて終わりではありませんでした。私は、王宮に泊まり込んでお仕事をなさっていたお父様に連れられて王都の公爵邸へ戻り、そして──どこからか朝の光が差し込んできて、殿下の姿が消え去りました。夢は覚め、長い夜が明けたのです。
303
あなたにおすすめの小説
〖完結〗もうあなたを愛する事はありません。
藍川みいな
恋愛
愛していた旦那様が、妹と口付けをしていました…。
「……旦那様、何をしているのですか?」
その光景を見ている事が出来ず、部屋の中へと入り問いかけていた。
そして妹は、
「あら、お姉様は何か勘違いをなさってますよ? 私とは口づけしかしていません。お義兄様は他の方とはもっと凄いことをなさっています。」と…
旦那様には愛人がいて、その愛人には子供が出来たようです。しかも、旦那様は愛人の子を私達2人の子として育てようとおっしゃいました。
信じていた旦那様に裏切られ、もう旦那様を信じる事が出来なくなった私は、離縁を決意し、実家に帰ります。
設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。
全8話で完結になります。
【完結】愛していないと王子が言った
miniko
恋愛
王子の婚約者であるリリアナは、大好きな彼が「リリアナの事など愛していない」と言っているのを、偶然立ち聞きしてしまう。
「こんな気持ちになるならば、恋など知りたくはなかったのに・・・」
ショックを受けたリリアナは、王子と距離を置こうとするのだが、なかなか上手くいかず・・・。
※合わない場合はそっ閉じお願いします。
※感想欄、ネタバレ有りの振り分けをしていないので、本編未読の方は自己責任で閲覧お願いします。
初恋の兄嫁を優先する私の旦那様へ。惨めな思いをあとどのくらい我慢したらいいですか。
梅雨の人
恋愛
ハーゲンシュタイン公爵の娘ローズは王命で第二王子サミュエルの婚約者となった。
王命でなければ誰もサミュエルの婚約者になろうとする高位貴族の令嬢が現れなかったからだ。
第一王子ウィリアムの婚約者となったブリアナに一目ぼれしてしまったサミュエルは、駄目だと分かっていても次第に互いの距離を近くしていったためだった。
常識のある周囲の冷ややかな視線にも気が付かない愚鈍なサミュエルと義姉ブリアナ。
ローズへの必要最低限の役目はかろうじて行っていたサミュエルだったが、常にその視線の先にはブリアナがいた。
みじめな婚約者時代を経てサミュエルと結婚し、さらに思いがけず王妃になってしまったローズはただひたすらその不遇の境遇を耐えた。
そんな中でもサミュエルが時折見せる優しさに、ローズは胸を高鳴らせてしまうのだった。
しかし、サミュエルとブリアナの愚かな言動がローズを深く傷つけ続け、遂にサミュエルは己の行動を深く後悔することになる―――。
王子妃教育に疲れたので幼馴染の王子との婚約解消をしました
さこの
恋愛
新年のパーティーで婚約破棄?の話が出る。
王子妃教育にも疲れてきていたので、婚約の解消を望むミレイユ
頑張っていても落第令嬢と呼ばれるのにも疲れた。
ゆるい設定です
悪女の私を愛さないと言ったのはあなたでしょう?今さら口説かれても困るので、さっさと離縁して頂けますか?
輝く魔法
恋愛
システィーナ・エヴァンスは王太子のキース・ジルベルトの婚約者として日々王妃教育に勤しみ努力していた。だがある日、妹のリリーナに嵌められ身に覚えの無い罪で婚約破棄を申し込まれる。だが、あまりにも無能な王太子のおかげで(?)冤罪は晴れ、正式に婚約も破棄される。そんな時隣国の皇太子、ユージン・ステライトから縁談が申し込まれる。もしかしたら彼に愛されるかもしれないー。そんな淡い期待を抱いて嫁いだが、ユージンもシスティーナの悪い噂を信じているようでー?
「今さら口説かれても困るんですけど…。」
後半はがっつり口説いてくる皇太子ですが結ばれません⭐︎でも一応恋愛要素はあります!ざまぁメインのラブコメって感じかなぁ。そういうのはちょっと…とか嫌だなって人はブラウザバックをお願いします(o^^o)更新も遅めかもなので続きが気になるって方は気長に待っててください。なお、これが初作品ですエヘヘ(о´∀`о)
優しい感想待ってます♪
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる