私の知らぬ間に

豆狸

文字の大きさ
4 / 8

第四話 伯爵令嬢

「ふふふ」

 王太子や男爵令嬢と同じ教室で学んでいた伯爵令嬢は、上機嫌で帰宅していた。
 学園にいたときは周囲の雰囲気にのまれて暗い気分になっていたが、帰路に就けばなんということはない。

(疑われているのは嫌だけど、どうせすぐに無実が証明されるわ。アタクシはあの男と関係を持ったりしていないのだもの!)

 伯爵令嬢が上機嫌なのは、幼いころから知っている騎士爵家の令嬢が青い顔をしていたからだ。
 彼女は担任教師と関係を持っていたに違いない。

(自分があの男に気に入られていることを散々自慢されたものね)

 騎士爵令嬢は伯爵令嬢の婚約者である侯爵令息のことをいつも莫迦にしていた。
 侯爵令息は伯爵令嬢とかなり年が離れていて、家は金持ちで身分も高いものの、若い女性を虜にするようなご面相ではなかったからだ。
 一方担任教師は裏でやっていたことはともかくとして見かけは良かった。それに教室という限られた空間では、身分の違いに関係なく教師である彼が支配者だった。

(ああ、良い気味! たかが騎士爵令嬢のくせに伯爵令嬢のアタクシを莫迦にするからよ!)

 そう思う伯爵令嬢だが、自分より身分の低い騎士爵令嬢を莫迦にしているからといって自分より身分の高い人間を敬っているわけではない。
 自家の借金を代わりに支払って、今も支援してくれている侯爵令息は年齢と顔のことで見下していたし、同じ教室で学ぶ公爵令嬢のことも愛されない女だといつも嘲笑していた。
 公爵令嬢が子爵令息に攻撃された日も、王太子と男爵令嬢を窘めようとしていた彼女を図々しいと罵った。

「……」

 そのことを思い出して、伯爵令嬢の気分が少しだけ翳った。
 公爵令嬢の兄は氷の公爵と呼ばれている。
 若くして家を継いだ彼は、公爵家を食いものにしようとする周囲を見事に打倒し、冷徹な性格と優れた頭脳で先代以上に家を盛り立てている。一時は先代の死により滅びると思われていた公爵派は、今もなお王国の最大派閥である。

 伯爵令嬢の家は先代の死亡時に見切りをつけて公爵派を離れた。
 そして王太子の母である愛妾の実家の派閥に入ったのだが──愛妾の死によって派閥は瓦解していた。愛妾の派閥に入った伯爵家が得たものはない。愛妾のために貢がされて借金が残っただけだ。
 婚約者の侯爵令息の家は公爵派で、彼と伯爵令嬢の結婚によって伯爵家は公爵派にもう一度迎え入れてもらえる予定なのだ。

(……大丈夫よね? 公爵令嬢を罵ってたのはアタクシだけじゃない。みんながやっていたんだからアタクシだけ怒られたりしないはず。なにか言われても王太子殿下と男爵令嬢が怖かったからって言っておけば大丈夫よね)

 そんなことを思いながら王都の伯爵邸へ戻った令嬢は、父から侯爵令息との婚約解消を伝えられたのだった。

☆ ☆ ☆ ☆ ☆

「ど、どうしてですか、お父様? どうしてアタクシが知らない間に婚約解消だなんて……アタクシが疑われているからですか? そんなの誤解です! ちゃんと調べてもらえばわかります!」
「……お前が王太子殿下と男爵令嬢の関係を持て囃し、正当な婚約者である公爵令嬢を貶めていたということは誤解なのか?」
「え? あ、それは、その、王太子殿下と男爵令嬢が怖かったからです。それにみんなも言っていたし」

 伯爵令嬢の返答に、父である伯爵は溜息をついた。

「侯爵令息は不貞を称賛するような人間とは結婚出来ないと言って、かなり前から婚約解消を要求していた。お前はまだ子どもだから長い目で見てくれと頼んで解消を拒んでいたのだが……公爵令嬢の事件で完全に見切りをつけられたのだ」
「そ、そんな……あの事件はアタクシとは関係ありませんわ!」
「その場にいなかったのか?」
「……いいえ」
「公爵令嬢のことを図々しいと罵ったのはお前ではないのか?」
「……」
「今日婚約解消のことを伝えたのは、手続きがすべて終わったのが今日だったからだ」

 侯爵令息との婚約が解消された今、伯爵家に起死回生の一手はない。
 もちろん公爵派に戻れるはずもない。
 氷の伯爵は冷徹だが、自分の派閥にいる貴族家を見捨てることはない。適切な忠告をくれるし、期待が持てる事業だと思えば投資もしてくれる。

「ごめんなさい、お父様……」
「私に謝っても仕方がない。お前が国家反逆罪の共犯と見做されれば縁を切るし、そうでなくてもこの家には置いておけない。尋問が終わった後でどうするか、自分で考えておけ」

 伯爵の声に取りつく島はなかった。

あなたにおすすめの小説

彼女はいなかった。

豆狸
恋愛
「……興奮した辺境伯令嬢が勝手に落ちたのだ。あの場所に彼女はいなかった」 なろう様でも公開中です。

今日は私の結婚式

豆狸
恋愛
ベッドの上には、幼いころからの婚約者だったレーナと同じ色の髪をした女性の腐り爛れた死体があった。 彼女が着ているドレスも、二日前僕とレーナの父が結婚を拒むレーナを屋根裏部屋へ放り込んだときに着ていたものと同じである。

【完結】仲の良かったはずの婚約者に一年無視され続け、婚約解消を決意しましたが

ゆらゆらぎ
恋愛
エルヴィラ・ランヴァルドは第二王子アランの幼い頃からの婚約者である。仲睦まじいと評判だったふたりは、今では社交界でも有名な冷えきった仲となっていた。 定例であるはずの茶会もなく、婚約者の義務であるはずのファーストダンスも踊らない そんな日々が一年と続いたエルヴィラは遂に解消を決意するが──

三度目の嘘つき

豆狸
恋愛
「……本当に良かったのかい、エカテリナ。こんな嘘をついて……」 「……いいのよ。私に新しい相手が出来れば、周囲も殿下と男爵令嬢の仲を認めずにはいられなくなるわ」 なろう様でも公開中ですが、少し構成が違います。内容は同じです。

【完結】婚約破棄される前に私は毒を呷って死にます!当然でしょう?私は王太子妃になるはずだったんですから。どの道、只ではすみません。

つくも茄子
恋愛
フリッツ王太子の婚約者が毒を呷った。 彼女は筆頭公爵家のアレクサンドラ・ウジェーヌ・ヘッセン。 なぜ、彼女は毒を自ら飲み干したのか? それは婚約者のフリッツ王太子からの婚約破棄が原因であった。 恋人の男爵令嬢を正妃にするためにアレクサンドラを罠に嵌めようとしたのだ。 その中の一人は、アレクサンドラの実弟もいた。 更に宰相の息子と近衛騎士団長の嫡男も、王太子と男爵令嬢の味方であった。 婚約者として王家の全てを知るアレクサンドラは、このまま婚約破棄が成立されればどうなるのかを知っていた。そして自分がどういう立場なのかも痛いほど理解していたのだ。 生死の境から生還したアレクサンドラが目を覚ました時には、全てが様変わりしていた。国の将来のため、必要な処置であった。 婚約破棄を宣言した王太子達のその後は、彼らが思い描いていたバラ色の人生ではなかった。 後悔、悲しみ、憎悪、果てしない負の連鎖の果てに、彼らが手にしたものとは。 「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルバ」にも投稿しています。

愛される日は来ないので

豆狸
恋愛
だけど体調を崩して寝込んだ途端、女主人の部屋から物置部屋へ移され、満足に食事ももらえずに死んでいったとき、私は悟ったのです。 ──なにをどんなに頑張ろうと、私がラミレス様に愛される日は来ないのだと。

元婚約者が愛おしい

碧井 汐桜香
恋愛
いつも笑顔で支えてくれた婚約者アマリルがいるのに、相談もなく海外留学を決めたフラン王子。 留学先の隣国で、平民リーシャに惹かれていく。 フラン王子の親友であり、大国の王子であるステファン王子が止めるも、アマリルを捨て、リーシャと婚約する。 リーシャの本性や様々な者の策略を知ったフラン王子。アマリルのことを思い出して後悔するが、もう遅かったのだった。 フラン王子目線の物語です。

悪役令嬢が残した破滅の種

八代奏多
恋愛
 妹を虐げていると噂されていた公爵令嬢のクラウディア。  そんな彼女が婚約破棄され国外追放になった。  その事実に彼女を疎ましく思っていた周囲の人々は喜んだ。  しかし、その日を境に色々なことが上手く回らなくなる。  断罪した者は次々にこう口にした。 「どうか戻ってきてください」  しかし、クラウディアは既に隣国に心地よい居場所を得ていて、戻る気は全く無かった。  何も知らずに私欲のまま断罪した者達が、破滅へと向かうお話し。 ※小説家になろう様でも連載中です。  9/27 HOTランキング1位、日間小説ランキング3位に掲載されました。ありがとうございます。