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「……いいえ……」
アマデウスの質問に、私は嘘をつきました。
幻か現実か、繰り返した王妃としての人生を抜きにしても、ジェイク様は酷い方でした。
浮気を繰り返し、誓いを破りました。私の笑顔を好きだと言ってくださったけれど、笑顔でい続けることを助けてはくださいませんでした。
でも、気持ちはそんなに簡単には変わりません。心の奥底にはまだ彼への想いが燻ぶっていたのです。
「だったら問題ありませんね。結婚しましょう……カサンドラ、私の愛しい人」
アマデウスの笑顔に息が止まりました。
いつもならどんなに逆らっていても最後は私の気持ちを察して引いてくれるのに、今日の彼は引く気がないようです。
それにそれに、父の前で愛しているだなんて──私は、自分が泣いているのに気づきました。アマデウスの言葉が真実だと悟ったからです。愛されていることが嬉しかったからです。
私はアマデウスと結婚しました。
多少意地を張ってしまったので結婚式には弟も出席することになりました。
弟だけでなく父の再婚相手には連れ子がいたので、その兄も出席してくれました。父と義母の関係は、村の自警団で父に武術を教わっていた兄が結んだのです。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
オルベール王国を出て何年が過ぎたでしょうか。私は村外れで魔獣馬の生産牧場を経営しています。
父が村へ移ったら魔獣馬達を抑えられなくなるかと心配していたのですが、幸いそんなことはありませんでした。
どうやら亡くなった母に魔獣使いの才があったようで、私もそれを引き継いでいたのです。
私だけでなく、私の子ども達にも受け継がれているようです。
「あ!」
用事を終えた私が座ってお茶を飲みながらのんびりしていたら、息子が可愛がっている小鳥に似た姿の魔獣が、頭にかぶっていた白い布を奪っていきました。
この辺りの既婚女性は髪を白い布で隠す風習があるのです。
二児の母が若い娘のように髪を出していたら笑われてしまいます。
「取ったー!」
白い布を受け取り、身軽になった魔獣を頭に乗せた息子が家の外へ逃げていきます。
王妃としての二度目の人生で失った息子のことを思うと複雑な気分になります。あの記憶を幻と決めつけられないのは、あの子への思慕があるからです。
今のふたりの子ども達があの子の生まれ変わりなら良いのに、と思う気持ちと、三人ともべつべつの人間としてそれぞれの人生を幸せに生きて欲しいと思う気持ちがいつもせめぎ合っています。
でもそんなことばかり考えてはいられません。
子ども達はふたりとも元気いっぱいの男の子で、昼も夜も関係なく暴れ回ってくれるのですから。
私は息子を追いかけて家の外へ出ました。
「お母さんの布を返して」
「やなの。母ちゃんの髪、見えてるほうが良いの」
夫ともうひとりの子どもも私達の後を追って来ました。
「私もそのほうが好きですよ」
「俺もー」
正直なところ、そう言われるのは悪い気分ではありません。
私は夫の、アマデウスの黒い髪と瞳が好きです。彼は私の焦げ茶の髪と緑の瞳を好きだと言ってくれます。それはとても素敵なことです。
口元を緩めた私の耳に、子どもの叫び声が飛び込んできました。
「だれかいる!」
「……お客さん?」
うちの牧場の魔獣馬は優秀で、この国の貴族が身分を隠して買いに来ることもあります。
大暴走への対抗策としてなら良いのですが、国への反乱や他領への侵攻にうちの魔獣馬が使われては困ります。
ですので基本的にこの辺りを治める領主様経由でしか魔獣馬は売っていないのですが──子どもが見つけたのはただの旅人だったようで、顔を隠すように着ていたマントのフードを深く被って行ってしまいました。
「カサンドラ。村へ行くわけでもないのだから、そのままでいいじゃないですか。お茶が冷める前に家へ入ってお菓子でも食べましょう」
「お菓子!」
「お菓子ー!」
「そうね」
結婚して母親になったのに、今もお茶を淹れるのとお菓子を作るのはアマデウスのほうが上手なのです。
ちょっと情けなく思いながら、私は家の中へ戻りました。
たぶん今の私は、意識することもないほどに幸せなのです。
アマデウスの質問に、私は嘘をつきました。
幻か現実か、繰り返した王妃としての人生を抜きにしても、ジェイク様は酷い方でした。
浮気を繰り返し、誓いを破りました。私の笑顔を好きだと言ってくださったけれど、笑顔でい続けることを助けてはくださいませんでした。
でも、気持ちはそんなに簡単には変わりません。心の奥底にはまだ彼への想いが燻ぶっていたのです。
「だったら問題ありませんね。結婚しましょう……カサンドラ、私の愛しい人」
アマデウスの笑顔に息が止まりました。
いつもならどんなに逆らっていても最後は私の気持ちを察して引いてくれるのに、今日の彼は引く気がないようです。
それにそれに、父の前で愛しているだなんて──私は、自分が泣いているのに気づきました。アマデウスの言葉が真実だと悟ったからです。愛されていることが嬉しかったからです。
私はアマデウスと結婚しました。
多少意地を張ってしまったので結婚式には弟も出席することになりました。
弟だけでなく父の再婚相手には連れ子がいたので、その兄も出席してくれました。父と義母の関係は、村の自警団で父に武術を教わっていた兄が結んだのです。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
オルベール王国を出て何年が過ぎたでしょうか。私は村外れで魔獣馬の生産牧場を経営しています。
父が村へ移ったら魔獣馬達を抑えられなくなるかと心配していたのですが、幸いそんなことはありませんでした。
どうやら亡くなった母に魔獣使いの才があったようで、私もそれを引き継いでいたのです。
私だけでなく、私の子ども達にも受け継がれているようです。
「あ!」
用事を終えた私が座ってお茶を飲みながらのんびりしていたら、息子が可愛がっている小鳥に似た姿の魔獣が、頭にかぶっていた白い布を奪っていきました。
この辺りの既婚女性は髪を白い布で隠す風習があるのです。
二児の母が若い娘のように髪を出していたら笑われてしまいます。
「取ったー!」
白い布を受け取り、身軽になった魔獣を頭に乗せた息子が家の外へ逃げていきます。
王妃としての二度目の人生で失った息子のことを思うと複雑な気分になります。あの記憶を幻と決めつけられないのは、あの子への思慕があるからです。
今のふたりの子ども達があの子の生まれ変わりなら良いのに、と思う気持ちと、三人ともべつべつの人間としてそれぞれの人生を幸せに生きて欲しいと思う気持ちがいつもせめぎ合っています。
でもそんなことばかり考えてはいられません。
子ども達はふたりとも元気いっぱいの男の子で、昼も夜も関係なく暴れ回ってくれるのですから。
私は息子を追いかけて家の外へ出ました。
「お母さんの布を返して」
「やなの。母ちゃんの髪、見えてるほうが良いの」
夫ともうひとりの子どもも私達の後を追って来ました。
「私もそのほうが好きですよ」
「俺もー」
正直なところ、そう言われるのは悪い気分ではありません。
私は夫の、アマデウスの黒い髪と瞳が好きです。彼は私の焦げ茶の髪と緑の瞳を好きだと言ってくれます。それはとても素敵なことです。
口元を緩めた私の耳に、子どもの叫び声が飛び込んできました。
「だれかいる!」
「……お客さん?」
うちの牧場の魔獣馬は優秀で、この国の貴族が身分を隠して買いに来ることもあります。
大暴走への対抗策としてなら良いのですが、国への反乱や他領への侵攻にうちの魔獣馬が使われては困ります。
ですので基本的にこの辺りを治める領主様経由でしか魔獣馬は売っていないのですが──子どもが見つけたのはただの旅人だったようで、顔を隠すように着ていたマントのフードを深く被って行ってしまいました。
「カサンドラ。村へ行くわけでもないのだから、そのままでいいじゃないですか。お茶が冷める前に家へ入ってお菓子でも食べましょう」
「お菓子!」
「お菓子ー!」
「そうね」
結婚して母親になったのに、今もお茶を淹れるのとお菓子を作るのはアマデウスのほうが上手なのです。
ちょっと情けなく思いながら、私は家の中へ戻りました。
たぶん今の私は、意識することもないほどに幸せなのです。
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