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第四話 彼はいなくなった。
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「お嬢」
そろそろ卒業だというころ、学園から王都の公爵邸へ戻ると、ファビアン様を見守って欲しいとお願いしていたマクシムの姿がありました。
正式な護衛だと我が家の関与が明らかになってしまうので、マクシムも医学薬学に興味を持って留学したのだということになっています。
幼馴染で騎士団長の息子の彼は、いつも公爵令嬢の我儘を聞いてくれるのです。
マクシムを見つめて私は首を傾げました。ふたりの留学先の大学はお休みではないはずです。
「どうしたの、マクシム。……ファビアン様は? 一緒に帰国されたのですか?」
マクシムは頭を左右に振りました。
「ファビアン殿は事故で行方不明になった」
「そう……」
ほかに返せる言葉がありませんでした。
もしかしたら彼はそういう運命だったのかもしれません。
どこかで消えて婚約者の心の中で永遠になるという──
「マクシムはこれからどうしますか?」
「このまま向こうで勉強を続けて、騎士団の専属医師になろうと思ってる」
「そうですか。……私の我儘で人生を変えさせてしまって申し訳ありませんでした」
「莫迦言わないでくれ」
マクシムの大きな手が、くしゃりと私の頭を撫でます。
「お嬢に謝ってもらうようなことはない。俺が自分で選んだ人生だ。俺のほうこそファビアン殿を守れなくてすまなかった」
「貴方のせいではありません。きっとこれが彼の運命だったのです」
隣国への留学を後押ししないほうが良かったのでしょうか。
テナシテ様の心に残らぬように別れて欲しかっただけで、ファビアン様の不幸を望んでいたわけではありません。
とはいえテナシテ様と離れること自体が彼にとっては不幸と言われれば、私がいけなかったのだと反省するしかないでしょう。
何度繰り返しても思い通りにならない運命に、私は唇を噛みました。
どうすれば良かったのでしょうか。
テナシテ様とファビアン様こそが結ばれる運命のふたりなのでしょうか。
ではジョゼ王太子殿下は、どうしたら幸せにおなりなのでしょう?
私が繰り返しているのは十二歳から二十二歳までの十年間です。
殿下との婚約は結ばれた後です。
側妃様もお亡くなりになっています。
母君の側妃様がお元気だったなら、殿下の運命は変わるのでしょうか。
私との婚約を白紙撤回しても王太子のままで幸せに……いいえ、無理です。
これまでの繰り返しが告げています。なにがあっても殿下はテナシテ様に恋をするのです、子爵令嬢を求めるのです。だけど王太子であっても手に入るのは彼女の体だけで、テナシテ様の心はずっとファビアン様に囚われているのです。
私は北の隣国から嫁いで来て、気候が合わずに早逝した母のことを思い出しました。
戻る時間がもっと早ければ、母のことを救えるかもしれません。
そうでなくても母に会いたいと思いました。長い繰り返しの日々のことを話して、慰めてもらいたいのです。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「……」
学園の卒業パーティの日、私は疲れ切っていました。
友達や派閥の方々が教えてくれたのです。
殿下は今日、私との婚約を破棄する計画を立てていると。
愚かな殿下!
私を排除したからといって、テナシテ様は手に入りません。
公爵令嬢の婚約者を失った貴方は廃太子となり、テナシテ様は神殿に入るのです。
ファビアン様不在の寂しさをどんなに慰めていても、殿下はひとときの気休めに過ぎません。彼女が愛しているのはファビアン様で、王太子の強権を持たない殿下ではその身すら手に入れることは出来ないのです。
それがこれまでの繰り返しでした。
今度は違うと良いのにと祈らずにはいられません。
テナシテ様が殿下を愛するようになっていれば良いのに、おふたりが真実の愛で結ばれて幸せになれば良いのに、私が──解放されれば良いのに。
そんなことを思いながら、私はマクシムと学園のパーティ会場へと向かいました。
三年制の学園に在学していた間、夜会や茶会で殿下の隣にいるのはいつもテナシテ様でした。
卒業パーティだからといって、ドレスや装飾品を贈ってくださるわけがありません。もちろん王都の公爵邸まで迎えに来てくれることもなかったのです。
マクシムとファビアン様が通っていた隣国の大学も少し前に卒業式がありました。
卒業したマクシムは、公爵家騎士団の専属医師になる予定です。
まずは昔からいる老医師の弟子兼見習いとしてです。今度の彼は医師として学んできたせいか、新人騎士団員だった以前の繰り返しよりも細身で、知性が滲み出た顔になっているような気がします。
「公爵令嬢シャルロット! 私、王太子ジョゼは、貴様との婚約を破棄する! 我が最愛のテナシテを虐めるようなヤツに国母の器はないからな!」
情報通り、卒業パーティが始まると同時に婚約を破棄されました。
テナシテ様を虐めた記憶はありませんが、彼女は震えながら殿下に抱き着いています。
なにか嫌なことがあって、それを私のせいだと思っているのかもしれません。
もっともテナシテ様が私をどう見ているのかなんてどうでも良いことです。
大切なのはテナシテ様が殿下を愛しているかどうかです。
その嫌なことから救われて、側にいない婚約者よりも殿下を愛するようになったりはしていないでしょうか。期待と不安で心臓がざわめきます。
隣に立つマクシムの大きな逞しい手が私を支えてくれていました。
医師となっても騎士団長の父親に憧れて鍛えていた日々は消えていないのです。
でも医師になったからか、これまでの繰り返しで私が婚約破棄されたときは怒って殿下に飛びかかっていたのに、今日の彼は主家の令嬢への侮辱に黙って耐えてくれています。
私は子爵令嬢を見つめました。
……なにもわかりません。
いつもの繰り返しと同じで、殿下には怯えた泣き顔を見せながら、私には侮蔑に満ちた嘲笑を向けてくるだけです。殿下を愛しているから略奪を喜んでいるのだと良いのですけれど、どうなのでしょう?
そろそろ卒業だというころ、学園から王都の公爵邸へ戻ると、ファビアン様を見守って欲しいとお願いしていたマクシムの姿がありました。
正式な護衛だと我が家の関与が明らかになってしまうので、マクシムも医学薬学に興味を持って留学したのだということになっています。
幼馴染で騎士団長の息子の彼は、いつも公爵令嬢の我儘を聞いてくれるのです。
マクシムを見つめて私は首を傾げました。ふたりの留学先の大学はお休みではないはずです。
「どうしたの、マクシム。……ファビアン様は? 一緒に帰国されたのですか?」
マクシムは頭を左右に振りました。
「ファビアン殿は事故で行方不明になった」
「そう……」
ほかに返せる言葉がありませんでした。
もしかしたら彼はそういう運命だったのかもしれません。
どこかで消えて婚約者の心の中で永遠になるという──
「マクシムはこれからどうしますか?」
「このまま向こうで勉強を続けて、騎士団の専属医師になろうと思ってる」
「そうですか。……私の我儘で人生を変えさせてしまって申し訳ありませんでした」
「莫迦言わないでくれ」
マクシムの大きな手が、くしゃりと私の頭を撫でます。
「お嬢に謝ってもらうようなことはない。俺が自分で選んだ人生だ。俺のほうこそファビアン殿を守れなくてすまなかった」
「貴方のせいではありません。きっとこれが彼の運命だったのです」
隣国への留学を後押ししないほうが良かったのでしょうか。
テナシテ様の心に残らぬように別れて欲しかっただけで、ファビアン様の不幸を望んでいたわけではありません。
とはいえテナシテ様と離れること自体が彼にとっては不幸と言われれば、私がいけなかったのだと反省するしかないでしょう。
何度繰り返しても思い通りにならない運命に、私は唇を噛みました。
どうすれば良かったのでしょうか。
テナシテ様とファビアン様こそが結ばれる運命のふたりなのでしょうか。
ではジョゼ王太子殿下は、どうしたら幸せにおなりなのでしょう?
私が繰り返しているのは十二歳から二十二歳までの十年間です。
殿下との婚約は結ばれた後です。
側妃様もお亡くなりになっています。
母君の側妃様がお元気だったなら、殿下の運命は変わるのでしょうか。
私との婚約を白紙撤回しても王太子のままで幸せに……いいえ、無理です。
これまでの繰り返しが告げています。なにがあっても殿下はテナシテ様に恋をするのです、子爵令嬢を求めるのです。だけど王太子であっても手に入るのは彼女の体だけで、テナシテ様の心はずっとファビアン様に囚われているのです。
私は北の隣国から嫁いで来て、気候が合わずに早逝した母のことを思い出しました。
戻る時間がもっと早ければ、母のことを救えるかもしれません。
そうでなくても母に会いたいと思いました。長い繰り返しの日々のことを話して、慰めてもらいたいのです。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「……」
学園の卒業パーティの日、私は疲れ切っていました。
友達や派閥の方々が教えてくれたのです。
殿下は今日、私との婚約を破棄する計画を立てていると。
愚かな殿下!
私を排除したからといって、テナシテ様は手に入りません。
公爵令嬢の婚約者を失った貴方は廃太子となり、テナシテ様は神殿に入るのです。
ファビアン様不在の寂しさをどんなに慰めていても、殿下はひとときの気休めに過ぎません。彼女が愛しているのはファビアン様で、王太子の強権を持たない殿下ではその身すら手に入れることは出来ないのです。
それがこれまでの繰り返しでした。
今度は違うと良いのにと祈らずにはいられません。
テナシテ様が殿下を愛するようになっていれば良いのに、おふたりが真実の愛で結ばれて幸せになれば良いのに、私が──解放されれば良いのに。
そんなことを思いながら、私はマクシムと学園のパーティ会場へと向かいました。
三年制の学園に在学していた間、夜会や茶会で殿下の隣にいるのはいつもテナシテ様でした。
卒業パーティだからといって、ドレスや装飾品を贈ってくださるわけがありません。もちろん王都の公爵邸まで迎えに来てくれることもなかったのです。
マクシムとファビアン様が通っていた隣国の大学も少し前に卒業式がありました。
卒業したマクシムは、公爵家騎士団の専属医師になる予定です。
まずは昔からいる老医師の弟子兼見習いとしてです。今度の彼は医師として学んできたせいか、新人騎士団員だった以前の繰り返しよりも細身で、知性が滲み出た顔になっているような気がします。
「公爵令嬢シャルロット! 私、王太子ジョゼは、貴様との婚約を破棄する! 我が最愛のテナシテを虐めるようなヤツに国母の器はないからな!」
情報通り、卒業パーティが始まると同時に婚約を破棄されました。
テナシテ様を虐めた記憶はありませんが、彼女は震えながら殿下に抱き着いています。
なにか嫌なことがあって、それを私のせいだと思っているのかもしれません。
もっともテナシテ様が私をどう見ているのかなんてどうでも良いことです。
大切なのはテナシテ様が殿下を愛しているかどうかです。
その嫌なことから救われて、側にいない婚約者よりも殿下を愛するようになったりはしていないでしょうか。期待と不安で心臓がざわめきます。
隣に立つマクシムの大きな逞しい手が私を支えてくれていました。
医師となっても騎士団長の父親に憧れて鍛えていた日々は消えていないのです。
でも医師になったからか、これまでの繰り返しで私が婚約破棄されたときは怒って殿下に飛びかかっていたのに、今日の彼は主家の令嬢への侮辱に黙って耐えてくれています。
私は子爵令嬢を見つめました。
……なにもわかりません。
いつもの繰り返しと同じで、殿下には怯えた泣き顔を見せながら、私には侮蔑に満ちた嘲笑を向けてくるだけです。殿下を愛しているから略奪を喜んでいるのだと良いのですけれど、どうなのでしょう?
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