あの日、私は死んだのでしょう?

豆狸

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第六話 真相

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 リュゼは強盗団の一員だった。
 痩せた長身の男は強盗団の首領で、彼女は彼の愛人だったのだ。
 まだ強盗団の規模が小さいころ、リュゼは押し込み先の店や家に入って仲間を呼び込む引き込み役をしていた。

 そのころ、偶然からリュゼを捕らえたのがこの地区の中隊長だ。
 リュゼはまんまと中隊長を誘惑し、罪を免れた上で彼の妾となった。
 しかし中隊長は婿養子だ。妻にリュゼのことを知られたら、家を追い出されてしまうかもしれない。その場合は実家にも戻れないし、衛兵隊も首になるだろう。

 そこでふたりが目を付けたのが、ピエールが尊敬していた先輩だった。
 先輩は髪と瞳の色が中隊長と同じだったし、優しくて思いやりのある性格だった。
 彼が、上司である中隊長に昔犯罪に巻き込まれた可哀相な女性としてリュゼを紹介され、同情につけ込まれて篭絡されるのに長い時間は必要なかった。

 最初から偽装のための存在だ。
 先輩と結婚した後もリュゼと中隊長の関係は続いた。
 リュゼが中隊長を愛していたからではない。リュゼは最初から最後まで強盗団の首領を愛していた。彼に命令されたからジジイ中隊長の相手もしたし、その関係を誤魔化すために結婚もしたのだった。

 首領が中隊長との関係を命じたのは、衛兵隊の内情を知るためだ。
 強盗団の規模が拡大したのは、リュゼが中隊長の妾となってからである。
 中隊長が寝物語で見回りの時間や順路、捜査の状況を語っていたおかげで、強盗団は捜査の目を掻い潜って飛躍出来たというわけだ。

 リュゼの夫は、結婚してしばらくすると妻の不貞に気づいた。
 優しくて思いやりのある性格だったので、彼女の言動の矛盾を見抜いてしまったのだ。
 上司の中隊長を疑えなかった彼は、情報の流出から強盗団に相手がいるのではないかと考え変装して裏社会に潜入した。生まれたばかりの子どもが、髪と瞳の色以外自分に似ていないことから逃れたかったのもあるかもしれない。

 妻にも潜入捜査のことは秘密にしていた彼だが、中隊長の口には鍵がかかっていなかった。
 中隊長からリュゼ、リュゼから強盗団の首領……ピエールの先輩は殺された。
 尊敬する先輩の遺族であると同時に、リュゼは彼の仇でもあったのだ。

「お客さんだよ」

 新しい上司に言われて、ピエールは廊下に出た。
 ピエールもリュゼへの情報提供者である。
 ただ彼は衛兵隊内部の情報は漏らしていなかった。獲物であるエリザベトの伯母の商会についての情報も大して持っていなかったので、彼がリュゼに与えたのは管理を託したエリザベトの個人財産と自分自身の給料だけである。もちろん戻っては来なかった。

(エリザベトの伯母さんを気遣えと言っていたのは、商会の情報が欲しかったからだったんだな)

 妾にしていた中隊長ほどの罪業はないものの、簡単に犯罪者に騙される人間に衛兵隊は向いていない。
 それでも首にはならずに済んだ。
 ピエールは内勤の事務仕事に回されたのである。直接犯罪者と接しなければ、騙されることも無いだろうという恩情だ。

「ピエール」

 廊下で待っていたのは小隊長だった。
 強盗団が捕縛され、この地区の中隊長が首になって半年が経つ。
 中隊長は自分が予想していた通り、妻に離縁されて実家からも絶縁された。衛兵隊の伝手で力仕事を斡旋されて働いている。こちらは恩情というよりも、放置して中隊長だったという経歴で問題を起こされては困るからだ。

「強盗団の処刑が決まった。明日にでも隊内に公布されるが、君には先に教えておこうと思ってな」
「……そうですか」

 決まるのが早い気もするけれど、犠牲者は皆殺しだった。生存者の行方を聞き出す必要が無いぶん早かったのかもしれない。

「あの……子ども、は」
「元中隊長のご実家が引き取ってくださった。ただ名前は変えて、元中隊長とは無縁の子どもとして引き取ることとなる」
「それは……仕方がありませんね」

 巻き込まれただけの人間でも、のちのち災難をこうむることが多い。
 強盗団の襲撃を証言した人間も名前を公表していなかった。
 犯罪捜査への協力に対する懸賞金も固辞したという。

「ピエール、君は……」
「はい、ここで頑張ります」

 ピエールは元上司に別れを告げて、自分の机に戻った。
 初夏にエリザベトが行方不明になって、秋に強盗団が捕縛されて、それから半年で今は春。
 少し蒸し暑さを感じて、ピエールはハンカチで汗を拭った。大きな河が流れているせいか、王都は一年中湿気が多い。店で買っただけのハンカチにはなんの刺しゅうも無い。
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