貴方は私の

豆狸

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第三話 彼の初恋

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「私の初恋も君の教育もどうでもいいが……侯爵の犯罪が露見した」

 甘く蘇ろうとしている記憶を断ち切り、ニコロは話を再開した。
 今日はコルミナの手紙が来なくても、最初からベラドンナにこのことを話に来る予定だったのだ。
 ベラドンナが首を傾げる。なにもわからないという表情だが、少し汗を掻いている。彼女は自分が知っていたことを隠すつもりなのだ。

「お父様の犯罪?」
「正確には君のご両親ということになる。侯爵と君の母親は毒を作り、コルミナの母親であった正妻を殺したんだ。亡くなった侯爵夫人の実家の調査で明らかになった」

 コルミナの誕生パーティの後、侯爵は自宅の庭に植えられていた解毒効果のある花を撤去した。
 確実に正妻を殺すためだろう。
 もしニコロがコルミナを訪ねて侯爵家を訪れたときにあの花が見えていたら、光によって赤みが変わる彼女の髪に気がついていれば、初恋の人がだれだったのか、もっと早くにわかっていたのかもしれない。

「そんなの……っ。そんなのあたしには関係ないわっ!」
「ああ。だから私も君を連座させるのはやめてくれと父上達にお願いした、だが……」

 最近ニコロが忙しかったのは、この件を調べていたからもある。
 しかしベラドンナから距離を置いていた一番の理由は、彼女への愛が弱まったからだ。コルミナがいなくなってから、ベラドンナに会いたいとは感じなくなっていた。
 もしかしたら最初から初恋の相手ではないと気づきつつも、コルミナに嫉妬させたいがためにベラドンナと過ごしていたのかもしれない。

「だが君はメイドを脅して、父上達の食事に侯爵からもらった毒を入れようとしていたね。……もう庇いようがないんだ」

 ベラドンナを初恋の相手だと思い込んだのも、コルミナとの婚約を解消したのもニコロが選んだことだ。
 だからニコロは、ベラドンナと添い遂げるつもりでいた。彼女が罰せられるのなら、自分もともに罰せられようと思っていた。
 王国のことなら心配ない。ニコロには年の離れた弟がいる。

 それに──ベラドンナ亡き後の自分が長生き出来るとは思えなかった。
 ニコロに距離を置かれたことに焦ったベラドンナは、ニコロにも毒を飲ませ、看病することで愛を取り戻そうとしていたのだ。
 解毒剤は処方されたものの、毒によって壊れた内臓は治りきっていない。

「な、なによ、そんなのっ! そんなの知らない! あたしと結婚するために王太子を辞して継承権も放棄するなんて言い出したニコロが悪いのよっ! せっかく侯爵家の正式な娘になれたのに、王太子の婚約者になれたのに、平民に戻るなんてイヤに決まってるでしょっ?」

 ベラドンナはいつものように泣き喚いて、ニコロに当たり散らした。
 彼女につけていた監視役の女性騎士が取り押さえようとするのを止める。
 ニコロの背後にも騎士がいる。今日でベラドンナは捕縛され、後は処刑の日を待つだけになるのだ。最後くらい好きにさせてやるのが、婚約者としての最後の情けだろう。

 室内のものを投げつけられながら、ニコロはコルミナから届いた手紙と入っていた栞のことを思い浮かべる。
 婚約者として再会したあの日、君は私の初恋の人ではない、とコルミナに言う前に、君の初恋の人はだれだい、と聞いておけば良かったのだろうか。
 それとも愚かな自分は、聞いたとしても彼女が嘘を言っていると思って信じなかったのだろうか。

☆ ☆ ☆ ☆ ☆

 ──国王は王命の婚約を解消し、王宮に毒婦を引き入れるような愚かな息子でも愛しかったようだ。
 ニコロは太子を辞すだけで許された。
 コルミナからの手紙を見ていなければ、ニコロは意地を張ってベラドンナとともに罰せられることを望んでいたかもしれない。

 ベラドンナの処刑まで見届けた後でニコロは最果ての神殿を訪ねたが、そこにコルミナの姿はなかった。
 彼女は遠い帝国の貴族に見初められ海を越えて嫁いだのだと言われたのだ。
 行き先を調べようにも手掛かりはなかった。ふたりは帝国で婚姻すると言い、神殿にはコルミナが出て行ったという記録しかなかったのだ。

 太子の座を辞し、臣下に降りて年若い弟を支える立場となったニコロに他国のことまで調べる権限はない。
 ましてや今のコルミナは衆目を集める存在の王太子の婚約者ではなく、他人の妻だ。帝国は広く貴族といっても無数にいる。おまけに帝国は恐ろしい魔獣蔓延る大魔林に囲まれている。
 見つけ出そうと思ったら膨大な時間が必要になるだろう。そして、ニコロにそんな時間は残っていない。

「君は、私の……」

 その日、最果ての神殿から戻ったニコロは、コルミナから送られた栞を見つめた。
 もう色褪せてしまっているけれど、赤みを帯びた黄色い花の押し花が貼られている。
 その花と同じ色の髪を持っていた少女の儚げな笑顔を思い浮かべながら呟く。

「……君は私の初恋だった」
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