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あったかもしれない物語① 王太子妃コルミナ
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私はなんて愚かな娘なのでしょう。
王太子ニコロ殿下が円満な婚約解消をおっしゃってくださったときに受け入れていれば、異母妹が殿下の初恋の人だと知った時点で諦めていれば、こんなことにはならなかったのに──
私はくだらない意地を張りました。
だって、私の初恋の人はニコロ殿下だったのですもの。殿下の初恋の人は私ではなかったけれど、いつか愛すると約束してくださったのですもの。
私達の婚約が王命だったこともあり、婚約が解消されることはありませんでした。
学園を卒業後、私はニコロ殿下に嫁いで王太子妃になりました。
妃教育は学園在学中に終わっていたのです。
──ああ、私はなんて愚かだったのでしょう。殿下が愛しているのは初恋の人のである異母妹です。私ではありません。
私はお飾りの王太子妃に過ぎませんでした。
公務以外で殿下とお会いすることはなく、殿下が異母妹と睦み合っている間、ひとり枕を濡らす孤独な王太子妃です。
心の支えは初恋の人、二コラ殿下にいただいた花を押し花にして貼った栞だけでした。でも幼いころの私の髪と同じ色をしていた花はもう色褪せていて、私の大切な想い出も色褪せてしまったかのようです。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「……コルミナ」
ある日、ニコロ殿下が私の部屋にいらっしゃいました。隣にベラドンナの姿もありません。
喜びが胸に満ち溢れます。
どのようなご用件でしょうか。お役に立てると良いのですが。
「王太子殿下のご訪問光栄です。……お顔の色が悪いようですが、お疲れなのではありませんか? よろしければ薬湯を処方いたしましょうか」
私の母は亡くなりました。
父の侯爵が義母と異母妹を我が家に連れ込んでからのことは思い出したくもありません。婚約者の私を訪ねてきたはずの殿下は、いつもベラドンナと楽し気に過ごしていらっしゃいました。
いくらベラドンナが初恋の相手だからといってあんまりです。
私は母の死を自然死だとは思っていません。
父と義母の関与を疑っています。
母の生前から、私は薬毒について研究をしていました。母が父達に毒を盛られているのではないかと疑っていたのと、初恋の殿下が私にくださった花に解毒の効果があったことからです。
「薬湯……そういえば君は、学園のころも薬毒について研究していたな。帝国からの留学生のカーラ皇女と妙な本を読みながら」
「はい。カーラ様にはお世話になりました。帝国の大学で研究されている毒草の資料までお貸しくださったんですのよ」
ニコロ殿下は溜息をつきました。
「殿下?」
「ベラドンナに言われたときは信じられなかったが、やっぱり君なんだな」
「はい?」
「君が私に毒を盛っていたんだな!」
「そんな! そんなことしていませんわ。どうして私がそんなことを?」
「毒で弱った私を看病して心を得ようと考えたからだろう? 愛するという約束を破ったのは悪かったと思っているが、人間の心は変わるものだ。それに……君は愛せるような人間ではなかった」
呆然と立ち尽くす私を殿下の後ろにいた近衛騎士達が捕らえます。
近衛騎士達がいなくなった部屋の外にはベラドンナがいて、拘束された私の前でこれ見よがしに殿下に抱き着きました。
「ね、ニコロ。やっぱりそうだったでしょう? お異母姉様は暗くて陰気な性格だから、こんな汚い手段を使ってあなたを得ようとしたのよ」
暗くて陰気な性格は否定しません。
金目当てで母を娶った父と、その父が連れて来た義母と異母妹に迫害される日々の中で初恋の人まで奪われて、どうして明るく陽気になれるでしょう。
私の髪は燃える炎のように赤いのに、心はいつも凍りついていました。それでも公務のときは笑顔を忘れないでいたのですけれど。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
私は王宮の隅にある監獄塔に放り込まれました。冷たい石造りの地下牢よりもマシなものの、質素で飾り気のない部屋です。
ニコロ殿下の年の離れた弟君ピエトロ殿下が私の無実を訴えてくださったのですが、ベラドンナを愛するニコロ殿下の耳には届かなかったようです。
国王陛下ご夫妻も私の無実を信じてくださったのですけれど、今は体調を崩されていて、公務を代行しているニコロ殿下には強く言えなかったのです。
父や義母の証言もあり、私は王太子殿下暗殺未遂犯として処刑されることになりました。
私のやることすべてに文句をつけていたあの人達が薬毒の研究にはなにも言わずにいたのは、いつかこうして私を嵌めるためだったのでしょう。
「コルミナ義姉上、僕が絶対にここから出して差し上げます!」
「いいのですよ、殿下」
ピエトロ殿下は私が投獄された後も心配して通って来てくださいます。
「僕がもっと大人で、父上と母上がもっとお元気だったら……父上と母上の不調は、あの女狐のしわざに間違いありません。証拠さえ掴めれば……」
「危ないことはなさらないでくださいませ。私はもう、いいのです」
服は囚人用の簡素なドレスに着替えさせられてしまいましたし、お母様が遺してくださった装飾品もすべて奪われてしまいましたが、栞はまだ私の手の中にあります。
クシャクシャになってしまいましたが、取り上げられることはなかったのです。
きっともうすぐ処刑です。この初恋の想い出を胸に母のところへ行きましょう。
カーラ様──学園でお友達になってくださった帝国の皇女、留学生だったカーラ様とはもう一度だけ会いたかったですが、それは無理なことでしょう。
王太子暗殺未遂犯の願いなど聞き届けてもらえるはずがありませんし、今帝国は大変な状況なのです。
私が投獄される直前に、数多くいらっしゃる皇子のひとりが皇帝陛下に反乱を起こしたと聞きました。お会いしたいと望むより、カーラ様のご無事を祈りましょう。
王太子ニコロ殿下が円満な婚約解消をおっしゃってくださったときに受け入れていれば、異母妹が殿下の初恋の人だと知った時点で諦めていれば、こんなことにはならなかったのに──
私はくだらない意地を張りました。
だって、私の初恋の人はニコロ殿下だったのですもの。殿下の初恋の人は私ではなかったけれど、いつか愛すると約束してくださったのですもの。
私達の婚約が王命だったこともあり、婚約が解消されることはありませんでした。
学園を卒業後、私はニコロ殿下に嫁いで王太子妃になりました。
妃教育は学園在学中に終わっていたのです。
──ああ、私はなんて愚かだったのでしょう。殿下が愛しているのは初恋の人のである異母妹です。私ではありません。
私はお飾りの王太子妃に過ぎませんでした。
公務以外で殿下とお会いすることはなく、殿下が異母妹と睦み合っている間、ひとり枕を濡らす孤独な王太子妃です。
心の支えは初恋の人、二コラ殿下にいただいた花を押し花にして貼った栞だけでした。でも幼いころの私の髪と同じ色をしていた花はもう色褪せていて、私の大切な想い出も色褪せてしまったかのようです。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「……コルミナ」
ある日、ニコロ殿下が私の部屋にいらっしゃいました。隣にベラドンナの姿もありません。
喜びが胸に満ち溢れます。
どのようなご用件でしょうか。お役に立てると良いのですが。
「王太子殿下のご訪問光栄です。……お顔の色が悪いようですが、お疲れなのではありませんか? よろしければ薬湯を処方いたしましょうか」
私の母は亡くなりました。
父の侯爵が義母と異母妹を我が家に連れ込んでからのことは思い出したくもありません。婚約者の私を訪ねてきたはずの殿下は、いつもベラドンナと楽し気に過ごしていらっしゃいました。
いくらベラドンナが初恋の相手だからといってあんまりです。
私は母の死を自然死だとは思っていません。
父と義母の関与を疑っています。
母の生前から、私は薬毒について研究をしていました。母が父達に毒を盛られているのではないかと疑っていたのと、初恋の殿下が私にくださった花に解毒の効果があったことからです。
「薬湯……そういえば君は、学園のころも薬毒について研究していたな。帝国からの留学生のカーラ皇女と妙な本を読みながら」
「はい。カーラ様にはお世話になりました。帝国の大学で研究されている毒草の資料までお貸しくださったんですのよ」
ニコロ殿下は溜息をつきました。
「殿下?」
「ベラドンナに言われたときは信じられなかったが、やっぱり君なんだな」
「はい?」
「君が私に毒を盛っていたんだな!」
「そんな! そんなことしていませんわ。どうして私がそんなことを?」
「毒で弱った私を看病して心を得ようと考えたからだろう? 愛するという約束を破ったのは悪かったと思っているが、人間の心は変わるものだ。それに……君は愛せるような人間ではなかった」
呆然と立ち尽くす私を殿下の後ろにいた近衛騎士達が捕らえます。
近衛騎士達がいなくなった部屋の外にはベラドンナがいて、拘束された私の前でこれ見よがしに殿下に抱き着きました。
「ね、ニコロ。やっぱりそうだったでしょう? お異母姉様は暗くて陰気な性格だから、こんな汚い手段を使ってあなたを得ようとしたのよ」
暗くて陰気な性格は否定しません。
金目当てで母を娶った父と、その父が連れて来た義母と異母妹に迫害される日々の中で初恋の人まで奪われて、どうして明るく陽気になれるでしょう。
私の髪は燃える炎のように赤いのに、心はいつも凍りついていました。それでも公務のときは笑顔を忘れないでいたのですけれど。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
私は王宮の隅にある監獄塔に放り込まれました。冷たい石造りの地下牢よりもマシなものの、質素で飾り気のない部屋です。
ニコロ殿下の年の離れた弟君ピエトロ殿下が私の無実を訴えてくださったのですが、ベラドンナを愛するニコロ殿下の耳には届かなかったようです。
国王陛下ご夫妻も私の無実を信じてくださったのですけれど、今は体調を崩されていて、公務を代行しているニコロ殿下には強く言えなかったのです。
父や義母の証言もあり、私は王太子殿下暗殺未遂犯として処刑されることになりました。
私のやることすべてに文句をつけていたあの人達が薬毒の研究にはなにも言わずにいたのは、いつかこうして私を嵌めるためだったのでしょう。
「コルミナ義姉上、僕が絶対にここから出して差し上げます!」
「いいのですよ、殿下」
ピエトロ殿下は私が投獄された後も心配して通って来てくださいます。
「僕がもっと大人で、父上と母上がもっとお元気だったら……父上と母上の不調は、あの女狐のしわざに間違いありません。証拠さえ掴めれば……」
「危ないことはなさらないでくださいませ。私はもう、いいのです」
服は囚人用の簡素なドレスに着替えさせられてしまいましたし、お母様が遺してくださった装飾品もすべて奪われてしまいましたが、栞はまだ私の手の中にあります。
クシャクシャになってしまいましたが、取り上げられることはなかったのです。
きっともうすぐ処刑です。この初恋の想い出を胸に母のところへ行きましょう。
カーラ様──学園でお友達になってくださった帝国の皇女、留学生だったカーラ様とはもう一度だけ会いたかったですが、それは無理なことでしょう。
王太子暗殺未遂犯の願いなど聞き届けてもらえるはずがありませんし、今帝国は大変な状況なのです。
私が投獄される直前に、数多くいらっしゃる皇子のひとりが皇帝陛下に反乱を起こしたと聞きました。お会いしたいと望むより、カーラ様のご無事を祈りましょう。
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