貴方は私の

豆狸

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あったかもしれない物語② 親衛隊員アントニオ

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「ご同行いただいてもよろしいでしょうか」

 ここ一ヶ月ほどはピエトロ殿下も訪れてくれなくなっていました。
 そろそろ処刑かと思っていたとき、意外なお迎えがいらっしゃいました。
 この王国の人間ではありません。どう見ても海の向こうにある帝国の軍人です。

 だけど知っています。
 短く刈った黒髪に左頬に走る刀傷。それは幼いカーラ様が側妃の産んだ皇子の戯れで傷つけられそうになったとき、この目の前の青年が身を挺して庇ったことでついた傷です。
 丁寧な言葉をかけられて監獄塔の部屋から出され、高い塔の長い階段を降りながら、私はつい彼に聞いてしまいました。

「あなたはアントニオですか?」
「はい。学園でカーラ様にお聞きになっていましたか?」
「あなたはカーラ様の兄君の率いる魔獣討伐部隊の隊員だと聞いていましたが」
「今は新皇帝ウーゴ陛下直属の親衛隊員です」
「まあ!」

 どういうことでしょう。
 どうして海を隔てた帝国の皇帝親衛隊が投獄された王太子妃の私を迎えに来るのでしょう。
 いいえ、投獄された時点で王太子妃ではありません。王太子暗殺未遂犯でした。

 でも少し安心しました。
 ほかの異母兄弟ではなく実兄のウーゴ殿下が新皇帝になられたのなら、同母妹のカーラ様はお元気ですよね。
 お会い出来るのでしょうか。お会い出来ないとしても──

「あなたがカーラ様の初恋の人なのですね」
「はいぃっ?」

 アントニオは耳まで真っ赤になりました。
 私を迎えに来たのは彼ひとりではありません。おそらく同じように魔獣討伐部隊の隊員で、今は新皇帝の親衛隊員になったであろう男性が数名います。
 ……私が抵抗したときにこの人数がいないと対処出来ないと思われたのでしょうか。

「良かったなあ、アントニオ」
「お前の初恋の相手はカーラ様だもんなあ」
「うっうるさいよっ!」

 アントニオはほかの方々と比べると少し年が若いようです。
 きっと周囲に可愛がられているのでしょう。
 初恋──カーラ様とアントニオは初恋同士。ふたりの幸せを心から祈りました。私の小さな暴露がふたりの距離を縮める助けになると良いのですが。

 監獄塔を出た私は、王宮の大広間まで連れて来られました。
 国王陛下ご夫妻が寝込みがちになってからは王太子ニコロ殿下が座してらした玉座に、見知らぬ男性が座っています。
 絹糸のように細い黒髪を長く伸ばし、同じ色の潤んだ切れ長の瞳を光らせています。鍛えられていることがわかる逞しい体はしなやかで、会うのは初めてですが彼のことも知っています。

「真っ赤な髪……君がカーラお気に入りの侯爵令嬢だね。初めまして、コルミナちゃん」
「お会い出来て光栄です、皇帝陛下」
「ウーゴでいいよ」

 言いながら、皇帝陛下は玉座から立ちました。
 見た目も掠れた声もどこか艶っぽく、帝国で恋多き男として有名なのも納得です。
 王国に留学していたときのカーラ様からはよく兄君の女性関係についての愚痴を聞かされていましたっけ。

「で、コルミナちゃん、コイツらどうするー?」

 少し軽い調子で言われて、私は初めて気づきました。
 大広間の隅に私の家族が集められています。いいえ、向こうは私を家族とも思っていないでしょう。父と義母と異母妹ベラドンナです。
 縛られて転がされ王国の兵士に見張られた侯爵一家の前にニコロ殿下が立っています。

「コルミナ義姉上!」

 玉座の近くに立っていたニコロ殿下以外の国王陛下ご一家から、ピエトロ殿下が私に駆け寄っていらっしゃいます。

「義姉上のお友達だったというカーラ皇女に手紙を書いたら、皇帝陛下が救援に来てくださいました」
「救援……?」
「はい! 愚かな兄上を篭絡したあの女狐ベラドンナは両親とともにコルミナ義姉上の母君を殺した毒で我が両親を弑し、この国を乗っ取ろうとしていたのです」
「そう……」

 あまりのことに言葉が見つかりません。
 そこまでの大事になっているとは思ってもいませんでした。
 ベラドンナがニコロ殿下を手に入れたら、父も義母もそれで満足すると思っていたのです。それに……私のことは投獄したとはいえ、ニコロ殿下は優秀な方だったので王国の未来については安心していました。

 投獄されたときにもっと抵抗しておけば良かったのかもしれません。
 ピエトロ殿下は救援と言っていますが、帝国の皇帝陛下が玉座に座っていたのです。これではまるで侵略です。ああ、でも侯爵一家を拘束しているのは王国の兵士ですね。
 皇帝陛下が私に微笑みます。

「国家反逆罪だから殺すのは決定だけど、殺し方はコルミナちゃんが決めたのでいいよー。君が直接殺したければそれでもいい」
「あの……王国法に従って処罰してくだされば充分です」
「なっ!」

 父が声を上げました。

「なぜ助命をしない! これまで育ててやった恩を忘れたのか!」
「そうよ、この恩知らず!」
「間違いです、皇帝! 悪いのは全部その女なんですっ!」

 皇帝陛下は腰の剣を抜き、拘束された一家に近づきました。
 にこやかな微笑みを浮かべてしゃがみ込み、剣を光らせながら床に転がされた父達に言います。

「黙れ」

 一瞬でその場の空気が凍りつきました。

「実の娘の母親を殺しておいて育ててやったとは笑わせるねー。どっちが恩知らずなんだか。正妻の持参金と実家からの援助で愛人を囲って、王太子の婚約者への準備金として姉のために渡された金で妹を飾り立てて略奪させて……どこまで彼女を傷つければ気が済むんだ?」

 その気迫で父達を黙らせると、皇帝陛下は私を振り向いて微笑みました。
 抜いた剣で肩を叩きながら尋ねてきます。

「コルミナちゃん、コイツらの末路は君の言う通りにするけれど、ムカついたからとりあえず鼻だけ削いでもいい?」
「大広間が血で汚れるのでやめてあげてください」
「ははっ。そうだね、いつも掃除してくれてる人達に悪いもんねー。……連れて行け。貴族のための監獄塔など生温い。地下牢だ」

 やっぱり王国は侵略されてしまったのでしょうか。
 王国の兵士達は帝国の皇帝陛下の命令に従って侯爵一家を引き立てていきます。
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