貴方は私の

豆狸

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あったかもしれない物語③ 新皇帝ウーゴ

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 去っていく侯爵一家を見送っていたら、ピエトロ殿下が私の手を突つき、自慢げに教えてくださいました。

「兄上が太子を辞されたので、僕が次期王太子として皇帝陛下に代行をお願いしたのです!」
「そ、そうですか。陛下方はそれでよろしかったのでしょうか?」

 国王陛下ご夫妻が私の質問に頷きました。

「必死で気力を振り絞って立っているが、私達に家臣を指示する体力は残っていない。ニコロは……そもそもあやつが愚か者でなければ、こんなことにはならなかった」
「まあまあ陛下。陛下はご立派なものですよ。第二王子殿下をこんなに素晴らしい方にお育てになったのですから。うちの莫迦親父先代なんかじーちゃん先々代が予算削減のために後宮を廃止したっていうのに、下半身の赴くまま側妃を増やして莫迦皇子を量産した挙句、実の息子に殺されちゃったんですよー」

 皇帝陛下は軽く言っていますが、かなり重大なことです。
 国王陛下は色のない顔に自嘲するような笑みを浮かばせました。

「まあ、あなたに来ていただいていなければ、私も息子ニコロに殺されていたわけですがね」

 侯爵一家がいなくなった後も同じ場所に立っていたニコロ殿下が、体を硬くするのがわかりました。

「それじゃ一件落着ってことでいい?」
「はい、いいですよ」

 皇帝陛下に聞かれて、ピエトロ殿下はにこやかに答えました。

「じゃあ目的は果たしたし、後のことは任せていいかな? うちも俺が皇帝になったところでいろいろ忙しいんだ」
「仕方がありませんね。国内に残った不穏分子もいぶり出されているころでしょうし、お気をつけてお帰りください」
「ご心配ありがとうございます」

 ピエトロ殿下は大物になりそうです。

「じゃあ帰ろうか、コルミナちゃん」
「え」

 皇帝陛下は抜いていた剣を腰の鞘に戻し、私のことを抱き上げました。

「君をもらっていくことが王国の問題に首を突っ込む報酬だったんだよ。ほら、王国の兵士はいたけど騎士はいなかったでしょ? 結構な数の騎士が、この国の陛下が寝込んでいる間に国庫に手を出した侯爵から金をもらったり、母親と一緒で人のものを取るのが大好きな王太子の愛人ベラドンナに篭絡されててね、彼らを抑えるためにうちの優秀な親衛隊員達が必要だったわけ」
「コルミナ義姉上! 僕は義姉上のことが大好きですが、まだまだ子どもです。それに、これまで不幸だった義姉上には一刻も早く幸せになっていただきたいのです」
「俺がコルミナちゃんを幸せに出来る男だと見込んでくれてありがとう、ピエトロ殿下」
「……初恋は特別ですから」

 ピエトロ殿下が意味ありげに微笑んでいますが、状況がさっぱりわかりません。
 ニコロ殿下は頭を振りながら、ブツブツと呟いています。

「そんな、そんなつもりはなかったんだ。まさかベラドンナが父上と母上を害そうとしているなんて思ってもみなかった。コルミナに罪を着せ投獄させたのが、彼女に解毒剤を作らせないためだったなんて!」
「あ、陛下。皇帝陛下」

 私は皇帝陛下の腕の中で暴れました。
 どうしても聞いておかなくてはならないことがあります。

「ん、なぁに?」
「我が国の国王陛下方は毒を飲まされていたのですか? 解毒は?」
「もう済んでるよ。ずっと寝ていたから体力が戻ってないだけ。解毒はね、君がうちの妹に送ってくれた手紙に書いていた解毒剤で問題なかった。莫迦な悪党は、一度成功した手段を何度も使うからさー」

 私の母を殺したのと同じ毒を投与していたのでしょう。
 皇帝陛下の黒い瞳が私を見つめます。
 いいえ、黒ではありません。黒と見紛うほどに暗くて深い──私が見たこともない海の青色でした。

「帝国に行くのは嫌? コルミナちゃんが嫌がるなら駄目だって、ピエトロ殿下にもこちらの国王ご夫妻にも言われてる」

 そういうことは抱き上げる前に聞いておくべきではないでしょうか。
 なんとなくですが、勢いで押し切ろうとしてませんでした?

「私は……」

 ニコロ殿下に視線を送りましたが殿下は見つめ返してはくださいませんでした。
 初恋の人のベラドンナが投獄されて、いずれは国家反逆罪で処刑されることで悲しんでいるのでしょう。
 初恋は叶わないものです。私の初恋も叶いませんでした。

「カーラ様に会いたい、です」
「うん、そっか。カーラも喜ぶよ。今は帝国で新皇帝の留守に沸いて出た不穏分子と戦ってるからね、早く帰ってやらなくちゃ!」
「カーラ様になにをさせていらっしゃるんですか!」
「カーラ強いもん。アントニオくらいなら小指一本で倒せるし。帝国に帰ってカーラに会ったら、ついでに俺と結婚しようねー」
「初めてお会いするのになにをおっしゃっているのですか。私の家族は大罪人です。新しい皇帝陛下のお力にはなれませんよ?」
「……会わなくても恋に落ちることだってあるじゃない」

 そんなことを皇帝陛下と話しながら大広間を出た私は、ずっと握り締めていた栞をいつの間にか落としていたことに気づきませんでした。
 それを拾ったニコロ殿下が、なぜか色褪せた花の色がわかったことにも──
 なにしろ皇帝陛下の腕の中に抱かれたまま長い廊下を辿って王宮を出た後、陛下が魔獣討伐の際に手懐けたワイバーンに乗って帝国へ向かうことになったのですから。初めての空の旅と眼下に広がる果てしない海を見ていたら、ほかのことなど忘れてしまいます。

☆ ☆ ☆ ☆ ☆

 そうして、私は帝国の新皇帝陛下の妻となりました。
 冗談みたいですが本当のことです。カーラ様とアントニオも結婚しました。
 皇帝陛下は留学先の王国から届く妹のカーラ様の手紙を読んでいるうちに、そこに書かれている私の姿に恋をしたといいます。

「君が莫迦ニコロと不幸な結婚をしたって噂を聞いて、助ける力が欲しくて皇帝になったんだよ」

 と笑うのです。
 それは信じても良いのですが、私が初恋だという言葉には首を傾げています。
 だって陛下は恋多き男として有名だったじゃないですか! ニコロ殿下とは迎えることのなかった初夜も、その、とても手慣れていらっしゃいましたし。

「妬いてくれてるの? 嬉しいなあ」
「そういうわけではありません」

 私はいつの間にか陛下を愛していました。
 処刑されるかもしれないところで助けてくださったのもありますし、気づかぬうちにカーラ様の愚痴から垣間見える妹想いの兄君の姿に惹かれていたというのもありそうです。姿形を知らないことなんて恋をしない理由にはなりません。
 そして、私を見つめる暗く深い海の青色の瞳が──

「信じられませんけれど、本当だったら良いと思いますわ」
「本当だよー。……君は俺の初恋だ」

 とても、とても愛しいと思うのです。
 貴方は私の初恋ではないけれど、愛しい愛しい人なのです。
 ……今後は女遊びはしないでくださいね。

「初恋の君が腕の中にいるのに? するわけないでしょ、そんなこと!」

 海色の切れ長の瞳をさらに細めて、私のウーゴは笑うのです。
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