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第九話 苦手な彼
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「正気なの?」
領地にあるフォーゲル辺境伯邸の応接室で、バルバラは元ミュラー公爵子息のダーフィトを見つめて溜息をついた。
彼は華奢にさえ見えるしなやかな体つきだが背は高く、力も強い。
同い年の学友でありながら、文武に優れたダーフィトはバルバラとアルトゥールの導き手のような役割を担っていた。
バルバラは彼が嫌いではないものの少し苦手だった。
(だってすぐにからかってくるのだもの。今回のこれも冗談なのではないかしら)
「確か貴方、ゲファレナに求婚したことがあったわよね。あの子がアルトゥール殿下と結婚したから、今度は異母姉の私に求婚したってわけ?」
「おや、嬉しいですね。嫉妬してくださるのですか?」
「……」
こういうところが苦手なのよ、と思いながらバルバラは無言で彼を睨みつける。
出されたお茶を優雅な仕草で飲んだ後で、ダーフィトは口を開いた。
「あのとき殿下にはご説明したのですが、ゲファレナ嬢への求婚は彼女と殿下を引き離すための苦肉の策だったのです」
「自分の人生を犠牲にしてまで殿下に忠誠を尽くそうとしたってこと? その割には剣術の稽古ではいつも遠慮なく負かしていたけど」
「懐かしいですね。僕が殿下を負かすと貴女が怒って敵討ちを挑んでくる。僕はそれがとても好きだったんですよ。そうでもなければ、殿下の婚約者である貴女と接する機会はありませんでしたからね」
「え……」
いつものようにからかわれていると感じなかったのは、ダーフィトがあまりにも真面目な表情を浮かべていたからだ。
彼は真剣勝負に挑む騎士のような顔で、いささか不敬な言葉を続ける。
「殿下に忠誠を尽くそうとしたことなど一度もありません。僕はずっと貴女が欲しかった。殿下の婚約者である貴女を欲しいだなんて、考えるだけでも罪になることはわかっていました。だから考え方を変えたんです。欲するのは貴女自身ではなくて、貴女の笑顔にしようと」
アルトゥール殿下からゲファレナ嬢を引き離せば、貴女が喜んで笑顔になってくれると思ったんですよ、とダーフィトは微笑む。
「だったら、どうして今になって求婚して来たの?」
辺境伯領へ来てから、バルバラは六歳の演技をやめていた。
最初から意識的にしていたわけではない。
王都にも噂は届いているかもしれないが王家からの問い合わせは来ていない。王妃による王家の秘の改革が進んでいるのだろう。アルトゥールもメーラー侯爵家へ婿入りしたと聞くし、今さらバルバラのことを掘り返す意味もないということだ。
「今になってじゃありませんよ。今だから、です。だってバルバラ嬢、貴女はもう殿下の婚約者ではないのですよ? 僕が貴女を欲しても良いでしょう?」
「ゲファレナは貴方と結婚しなくて良かったわね」
「あのときは殿下に縁談を壊されてしまいましたが、結婚したらちゃんとゲファレナ嬢を愛する努力をするつもりでしたよ? 貴女の異母妹を不幸にしたら、優しい貴女はきっと悲しむでしょうからね」
「私が優しい? 私は殿下のことで嫉妬してゲファレナを罵っていたのよ?」
「自分の婚約者を奪われたら嫉妬するのは当たり前のことです。貴女の立場なら彼女を始末することも出来たのに、貴女は彼女を罵っていただけでしょう?」
「あんまり酷いことをして殿下に嫌われたくなかったのよ。まあ、罵っていただけでも酷いことだし、殿下には嫌われてしまったけれどね……」
俯いたバルバラの耳朶を飄々としたダーフィトの声が打つ。
「僕は貴女を愛していますよ」
領地にあるフォーゲル辺境伯邸の応接室で、バルバラは元ミュラー公爵子息のダーフィトを見つめて溜息をついた。
彼は華奢にさえ見えるしなやかな体つきだが背は高く、力も強い。
同い年の学友でありながら、文武に優れたダーフィトはバルバラとアルトゥールの導き手のような役割を担っていた。
バルバラは彼が嫌いではないものの少し苦手だった。
(だってすぐにからかってくるのだもの。今回のこれも冗談なのではないかしら)
「確か貴方、ゲファレナに求婚したことがあったわよね。あの子がアルトゥール殿下と結婚したから、今度は異母姉の私に求婚したってわけ?」
「おや、嬉しいですね。嫉妬してくださるのですか?」
「……」
こういうところが苦手なのよ、と思いながらバルバラは無言で彼を睨みつける。
出されたお茶を優雅な仕草で飲んだ後で、ダーフィトは口を開いた。
「あのとき殿下にはご説明したのですが、ゲファレナ嬢への求婚は彼女と殿下を引き離すための苦肉の策だったのです」
「自分の人生を犠牲にしてまで殿下に忠誠を尽くそうとしたってこと? その割には剣術の稽古ではいつも遠慮なく負かしていたけど」
「懐かしいですね。僕が殿下を負かすと貴女が怒って敵討ちを挑んでくる。僕はそれがとても好きだったんですよ。そうでもなければ、殿下の婚約者である貴女と接する機会はありませんでしたからね」
「え……」
いつものようにからかわれていると感じなかったのは、ダーフィトがあまりにも真面目な表情を浮かべていたからだ。
彼は真剣勝負に挑む騎士のような顔で、いささか不敬な言葉を続ける。
「殿下に忠誠を尽くそうとしたことなど一度もありません。僕はずっと貴女が欲しかった。殿下の婚約者である貴女を欲しいだなんて、考えるだけでも罪になることはわかっていました。だから考え方を変えたんです。欲するのは貴女自身ではなくて、貴女の笑顔にしようと」
アルトゥール殿下からゲファレナ嬢を引き離せば、貴女が喜んで笑顔になってくれると思ったんですよ、とダーフィトは微笑む。
「だったら、どうして今になって求婚して来たの?」
辺境伯領へ来てから、バルバラは六歳の演技をやめていた。
最初から意識的にしていたわけではない。
王都にも噂は届いているかもしれないが王家からの問い合わせは来ていない。王妃による王家の秘の改革が進んでいるのだろう。アルトゥールもメーラー侯爵家へ婿入りしたと聞くし、今さらバルバラのことを掘り返す意味もないということだ。
「今になってじゃありませんよ。今だから、です。だってバルバラ嬢、貴女はもう殿下の婚約者ではないのですよ? 僕が貴女を欲しても良いでしょう?」
「ゲファレナは貴方と結婚しなくて良かったわね」
「あのときは殿下に縁談を壊されてしまいましたが、結婚したらちゃんとゲファレナ嬢を愛する努力をするつもりでしたよ? 貴女の異母妹を不幸にしたら、優しい貴女はきっと悲しむでしょうからね」
「私が優しい? 私は殿下のことで嫉妬してゲファレナを罵っていたのよ?」
「自分の婚約者を奪われたら嫉妬するのは当たり前のことです。貴女の立場なら彼女を始末することも出来たのに、貴女は彼女を罵っていただけでしょう?」
「あんまり酷いことをして殿下に嫌われたくなかったのよ。まあ、罵っていただけでも酷いことだし、殿下には嫌われてしまったけれどね……」
俯いたバルバラの耳朶を飄々としたダーフィトの声が打つ。
「僕は貴女を愛していますよ」
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