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第三話 かっぱっぱ
9・顔だけでもいいじゃない。
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車を走らせながら、忍野くんが溜息交じりに呟いた。
「しかし片桐仁王が俺のファンとはねえ……」
「男性のファンなんかいらない?」
「なんだそれ」
「高校のころ、そんなこと言ってなかった? 文化祭の後で風紀指導の先生に、どんなに優れた演技をしようとも普段の乱れた生活を改めなくては認めることはできない、って言われたときに」
「ああ、そんなこともあったか。お前、よく覚えてるなあ。そうそう、俺言ったな。……俺は女の子にだけ受ければいいんで、男のセンセーに認めてもらう必要ないんでかまいませーんって」
やっぱり俳優忍野薫は天才。
前を見て車の運転をしながらなのに、声音と口調を変えただけで彼は男子高校生に戻った。
高校時代の空気まで蘇った気がする。
わたしだけのミニステージが嬉しくて、ついつい口元が緩んでしまう。
「先生の言うことって理不尽だったよね。じゃあ普段清廉潔白な生活をしていたら、演技が下手でも認めるつもりなのか、っていう」
「いやお前、部活動は学校教育の一部なんだから、教師的にはそういう言い方になんだろ」
「でもべつに考えるべきだよ。校則は校則なんだから持って回った言い方してないで、俳優忍野薫がどんなに天才でも、忍野くんが校則を破ったら罰したらいいだけでしょ」
しばしの沈黙の後、忍野くんは重々しい声で問いかけてきた。
「……裏川、お前は俺の味方なの? 敵なの?」
「忍野くんには友達だけど、俳優忍野薫には河童だよ」
「そこで友達って出てくるようになっただけマシだな。……正直言うと俺、昔は女のファンもいらねーって思ってた」
「そうなの?」
「昔の話、それに裏川の存在はいつも支えになってくれてたぜ。ただほら、俺がいた劇団って美形揃いだったから、うちの舞台『イケメン鑑賞会』って揶揄されてただろ。女優は演目に合わせてほかの劇団から客演してもらってたし」
「べつに良かったんじゃない? パンフレットで団員さんの顔だけ見て騒いでたお客さんが開演すると俳優忍野薫の演技に魅せられて無言になっていくの、わたし好きだったよ」
「……そっか。でもあのころの俺は、最初に顔で寄って来られるのがイヤでさ。顔目当てのファンならいらねーって思ってたんだ」
「俳優忍野薫は無名に等しいんだから、顔からでも興味持ってもらえるだけありがたいと思うよ。あのころはもっと知られてなかったし」
なに贅沢言ってるんだか。
わたしが放った正論に、忍野くんが顔色を変える。
「お前……本当に俺のこと推してんの?」
「忍野くんは推してない」
「……だったな。お前が推してんのは役者のときの俺だけだよな。てか、それにしても酷いんじゃねぇの?」
「だって演技を見てもらわないことには、俳優忍野薫の素晴らしさなんてわかるわけないじゃない。どんなきっかけでも、まず舞台を観てもらわなきゃ」
「まあ、それはそうなんだけどよ」
ちょっと驚いた。
忍野くんはこういうとき屁理屈を言って、相手を黙らせるタイプだと思っていたのだ。
基本的に頭はいいのよね。
だから高校のときの先生も素行でしか注意できなかった。
実際怒られて当然の行動してたし。
忍野くんが既定の制服きちんと着てるとこ、高校三年間で一度も見た覚えないしなあ。
「なんか素直だね」
「……こないだの映画館のときさ、お前の元同僚と一緒にいた女以外の野次馬の中にも俺の顔知ってるのがいただろ? それが結構嬉しかったんだ。忘れられてなかったんだ、って。『キラーナイト』シリーズは映像だから、舞台のときみたいにリアルタイムで観客の熱気感じられなかったからさ」
「俳優忍野薫は最高の役者だよ。好みもあるから、みんながみんな沼に来て河童になってくれはしないけど、一度見たらだれも忘れないよ。天才なんだもの」
わたしが称賛すると、忍野くんは頬を膨らませた。
「そういうこと言うわりにお前、『ムーンドール』の暗殺者役、俺より片桐仁王のほうを評価してたじゃねぇか」
「だってあの舞台、乙女ゲームが原作で、観客が展開を選択するギミックまであったわけでしょ?」
「それが?」
「選ぶのはゲームの主人公である観客じゃなきゃいけないんだよ。アバターであるヒロインが勝手に暗殺者に恋しちゃったら、観客置いてきぼりじゃない。最初から一本道の舞台なら違ったけど。でも片桐さんはヒロインに恋する演技だった。あくまで選択肢は観客に預けてる。舞台の趣旨からしたら片桐さんが正解でしょ」
「……あの女優の演技に乗っかっちゃったんだよなあ」
「他人のせいにしない。それに、舞台の完成度は五年前のほうが上だったよ」
「だったら……片桐仁王に推し変したりはしないんだよな?」
「わたしの推しは、ずっと俳優忍野薫だよ」
当たり前のことを言っただけなのに、忍野くんの相好が崩れる。
機嫌がいいときに釘を刺しておこうと思い、わたしは口を開いた。
「……忍野くん。今後は女性に誘われてもホイホイ見境なくついて行かないでね。もしかしたら相手は忍野くんを利用するつもりなのかもしれないんだから」
「反省してる。そもそも好きでもない女の誘いには二度と乗らない」
「わかってるならよろしい」
「でも……好きな女の誘いなら乗るし、自分からも誘うからな?」
「はいはい」
スキャンダルにならないよう、わたしも気をつけなくちゃね。
──彼がわたしを好きなんて思い込みから解放された後も、俳優忍野薫沼の一番河童として認めてくれると嬉しいんだけどなあ。
「しかし片桐仁王が俺のファンとはねえ……」
「男性のファンなんかいらない?」
「なんだそれ」
「高校のころ、そんなこと言ってなかった? 文化祭の後で風紀指導の先生に、どんなに優れた演技をしようとも普段の乱れた生活を改めなくては認めることはできない、って言われたときに」
「ああ、そんなこともあったか。お前、よく覚えてるなあ。そうそう、俺言ったな。……俺は女の子にだけ受ければいいんで、男のセンセーに認めてもらう必要ないんでかまいませーんって」
やっぱり俳優忍野薫は天才。
前を見て車の運転をしながらなのに、声音と口調を変えただけで彼は男子高校生に戻った。
高校時代の空気まで蘇った気がする。
わたしだけのミニステージが嬉しくて、ついつい口元が緩んでしまう。
「先生の言うことって理不尽だったよね。じゃあ普段清廉潔白な生活をしていたら、演技が下手でも認めるつもりなのか、っていう」
「いやお前、部活動は学校教育の一部なんだから、教師的にはそういう言い方になんだろ」
「でもべつに考えるべきだよ。校則は校則なんだから持って回った言い方してないで、俳優忍野薫がどんなに天才でも、忍野くんが校則を破ったら罰したらいいだけでしょ」
しばしの沈黙の後、忍野くんは重々しい声で問いかけてきた。
「……裏川、お前は俺の味方なの? 敵なの?」
「忍野くんには友達だけど、俳優忍野薫には河童だよ」
「そこで友達って出てくるようになっただけマシだな。……正直言うと俺、昔は女のファンもいらねーって思ってた」
「そうなの?」
「昔の話、それに裏川の存在はいつも支えになってくれてたぜ。ただほら、俺がいた劇団って美形揃いだったから、うちの舞台『イケメン鑑賞会』って揶揄されてただろ。女優は演目に合わせてほかの劇団から客演してもらってたし」
「べつに良かったんじゃない? パンフレットで団員さんの顔だけ見て騒いでたお客さんが開演すると俳優忍野薫の演技に魅せられて無言になっていくの、わたし好きだったよ」
「……そっか。でもあのころの俺は、最初に顔で寄って来られるのがイヤでさ。顔目当てのファンならいらねーって思ってたんだ」
「俳優忍野薫は無名に等しいんだから、顔からでも興味持ってもらえるだけありがたいと思うよ。あのころはもっと知られてなかったし」
なに贅沢言ってるんだか。
わたしが放った正論に、忍野くんが顔色を変える。
「お前……本当に俺のこと推してんの?」
「忍野くんは推してない」
「……だったな。お前が推してんのは役者のときの俺だけだよな。てか、それにしても酷いんじゃねぇの?」
「だって演技を見てもらわないことには、俳優忍野薫の素晴らしさなんてわかるわけないじゃない。どんなきっかけでも、まず舞台を観てもらわなきゃ」
「まあ、それはそうなんだけどよ」
ちょっと驚いた。
忍野くんはこういうとき屁理屈を言って、相手を黙らせるタイプだと思っていたのだ。
基本的に頭はいいのよね。
だから高校のときの先生も素行でしか注意できなかった。
実際怒られて当然の行動してたし。
忍野くんが既定の制服きちんと着てるとこ、高校三年間で一度も見た覚えないしなあ。
「なんか素直だね」
「……こないだの映画館のときさ、お前の元同僚と一緒にいた女以外の野次馬の中にも俺の顔知ってるのがいただろ? それが結構嬉しかったんだ。忘れられてなかったんだ、って。『キラーナイト』シリーズは映像だから、舞台のときみたいにリアルタイムで観客の熱気感じられなかったからさ」
「俳優忍野薫は最高の役者だよ。好みもあるから、みんながみんな沼に来て河童になってくれはしないけど、一度見たらだれも忘れないよ。天才なんだもの」
わたしが称賛すると、忍野くんは頬を膨らませた。
「そういうこと言うわりにお前、『ムーンドール』の暗殺者役、俺より片桐仁王のほうを評価してたじゃねぇか」
「だってあの舞台、乙女ゲームが原作で、観客が展開を選択するギミックまであったわけでしょ?」
「それが?」
「選ぶのはゲームの主人公である観客じゃなきゃいけないんだよ。アバターであるヒロインが勝手に暗殺者に恋しちゃったら、観客置いてきぼりじゃない。最初から一本道の舞台なら違ったけど。でも片桐さんはヒロインに恋する演技だった。あくまで選択肢は観客に預けてる。舞台の趣旨からしたら片桐さんが正解でしょ」
「……あの女優の演技に乗っかっちゃったんだよなあ」
「他人のせいにしない。それに、舞台の完成度は五年前のほうが上だったよ」
「だったら……片桐仁王に推し変したりはしないんだよな?」
「わたしの推しは、ずっと俳優忍野薫だよ」
当たり前のことを言っただけなのに、忍野くんの相好が崩れる。
機嫌がいいときに釘を刺しておこうと思い、わたしは口を開いた。
「……忍野くん。今後は女性に誘われてもホイホイ見境なくついて行かないでね。もしかしたら相手は忍野くんを利用するつもりなのかもしれないんだから」
「反省してる。そもそも好きでもない女の誘いには二度と乗らない」
「わかってるならよろしい」
「でも……好きな女の誘いなら乗るし、自分からも誘うからな?」
「はいはい」
スキャンダルにならないよう、わたしも気をつけなくちゃね。
──彼がわたしを好きなんて思い込みから解放された後も、俳優忍野薫沼の一番河童として認めてくれると嬉しいんだけどなあ。
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