この傷を見せないで

豆狸

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 私は莫迦だ。
 小鳥の糞から見つけた種を育てたら、古書に載っていた通りの花が咲いたので嬉々として研究をし、最終的に我慢できなくなって焼いた根も使ってしまった。だから、わたしはひとりしかいないんだから炒った種を飲ませられないでしょうが!
 高い塔の狭い部屋、すっかり慣れた固いベッドの上で意識が消えていく。

 ああ、でもいいわ。
 このまま死んで消え去りましょう。
 今、どこかに吸い込まれるような感触が──

☆ ☆ ☆ ☆ ☆

 暗闇に吸い込まれた意識が消え去る寸前に、目が覚めた。
 私はベッドの上にいる。
 しかし高い塔の固いベッドの上ではない。豪奢で温かそうなベッドの上に横たえられていたのだ。嫌な予感が頭をよぎる。背筋を冷たい汗が辿った。

「お嬢様?」

 ベッドの横に目をやると、メイドがいた。
 私が幼いころから仕えてくれているメイドだ。私が趣味で研究していた魔道によって母親の病気を治したからか、とても慕ってくれている。
 私が高い塔に閉じ込められた後もよく差し入れを持って来てくれた。領民出身で私に優しかった牢番と、もうすぐ結婚すると聞いていたのに──

「……っ!」

 状況を察して、私はメイドを見つめた。
 彼女は優しく微笑む。
 婚約者にも家族にも愛されない自分に絶望し、ベッドの中でひとり泣いていた私に気づかない振りをしてくれていたときの笑みだ。

「やはり悪夢をご覧になっていたのですね。悲鳴を聞いて、お呼びもないのに控えの間から出てきてしまいました。……すごい汗ですよ」

 メイドが顔を覆う汗の粒を拭き取ってくれる。
 私は彼女に抱きついた。
 どうしても涙が止められない。だって……また戻って来てしまったのだ。与えられないと知りながら、婚約者と家族の愛を必死で求めていたあのころに。高い塔の安らかな生活で癒えたつもりだった心の傷が開いて、濁った血を吐き出し始める。

☆ ☆ ☆ ☆ ☆

「ぴちゅー」
「いらっしゃい」

 鮮やかな色の羽をした小鳥に呼びかけられて、手を伸ばす。
 高い塔にいたときも、この子は毎年訪れてくれていた。
 そう、この個体なのだと思う。同じ種類の鳥でも翼の模様は似ていて非なるものになるけれど、この子の模様はいつも同じ。大きな古傷が癒えた痕のよう。

「うふふ。いただいた宝石、ワタクシに似合っているかしら?」
「ああ、とても似合うよ。……なんだか嫌な匂いがするね」
「お姉様が裏庭で研究をなさっているのよ。あんなくだらないことばかりやって、我が家の恥だわ」
「そう言うもんじゃないよ。ははは」

 裏庭にいる私の元に、今日も中庭から風が妹と私の婚約者の声を運んでくる。
 三度目なのに、前と変わらず胸が痛い。
 婚約者のことを愛しているからだろうか。水を与えられない植物が枯れるように、気持ちを返してもらえない恋心も枯れてしまえばいいのに。

 死に戻る前、婚約を破棄されて高い塔へ閉じ込められていたのは、どんなに踏み躙られても愛を求めて魔道研究を捧げる莫迦な私を見抜かれていたからだ。
 外に出していたら、ほかの貴族や商人に目を付けられて自分の価値に気づくかもしれないと思われたのもあるかもしれない。
 実際使用人や領民達が私に外部の人間を紹介してきたこともある。彼らを信じきれなかったのもあるけれど、結局私は手に入るはずもない伯爵子息や家族の愛を求めて留まったのだっけ。

「……」
「ぴちゅー?」
「あら、私の手の上で気が緩んだの?」

 そんなに好かれるようなことをした覚えはなかった。
 初めて会ったときは小動物の扱い方がわからなくて握り潰しそうになったのをメイドに止められたし、餌を与えるときもなにを好むかとか、なにを吸収してなにをそのまま糞と一緒に出すのかを研究している。我ながら変な女だ。食べ物で羽の色が変わったりはしないのかしらね?
 なのにこの子は、私の手で糞をするほど気を許してくれている。……それとも小動物は、だれに対してもこうなの?

「お嬢様、そろそろ休憩なさってはいかがです?」

 裏庭にメイドが現れて、小鳥が羽ばたく。
 やっぱり私は特別なのかもしれない。メイドには悪いが、ちょっとだけ嬉しい。

「あははは」
「うふふふ」

 メイドは私の手に残った小鳥の糞を拭おうと──

「ちょっと待って」
「はい?」

 小鳥の糞には種が含まれていた。
 慣れたもので、メイドは微笑んで聞いてくる。
 私の歓喜を察してくれているのだ。

「南方の植物の種ですか?」
「ええ、そうよ」

 花を煎じれば皮膚を爛れさせ、茎を刻めば苦痛を与え、根を焼けば心臓を止める毒となるが、炒った種を口にすればすべてが癒える植物の種だ。
 効果に間違いはない。私が自分の体で試したのだから。
 ……これが、あれば。これがあれば、あの人達に愛されることができるだろうか。妹の顔を爛れさせ、両親に苦痛を与え、婚約者の心臓を止めてから助ければ、私を愛してくれるだろうか。お前が必要だと言ってくれるだろうか。

「ぴちゅー」

 私の手から飛び立った小鳥は、裏庭の立木の枝にとまっていた。
 考えてみると、いつもあの子がいた気がする。
 あの子の翼の模様は、私の心に刻まれた傷なのかもしれない。ずっと直視を避けてきた。見たくない、見せないでと思っていた心の傷があの子の翼の模様なら、案外美しかったのではないかと私は思った。

「楽しそうですね、お嬢様」
「ええ、そうよ。とても楽しいの」

 南の帝国には、小動物に自分の魔力を注いで操る魔道もあるという。確か使い魔とかいうはずだ。
 私は最初から操り人形だったのかもしれない。
 それとも私の心が勝手にあの子を作り出したのかしら。小鳥にもらった種を握り締めて、私はメイドとともに裏庭を去った。

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