愛の花を捧ぐのは

豆狸

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最終話 紅い黒猫

 ロレンソとデロタの婚約披露パーティは、少女漫画『愛の花を君に捧げよう』ではラストシーンだった。
 今世とは比べものにならないほど出席者がいて盛り上がっていたっけ。
 少女漫画の中のエミリアは殺人鬼に脅されてたこともあって縦横無尽に暴れ回っていたから、婚約破棄されるのもやむなし、と周囲に思われてたんだよね。

 そんなエミリアは自滅して、殺人鬼のフェルナンドもロレンソに倒されていたから邪魔者はいない。
 天才薬師の父との契約は切られていただろうが、セラーノ子爵家の援助は受けられたはず。
 少女漫画ではデロタがヘススの子どもでないだなんて、だれも知らなかった。ヘススがだれかにそれを言う前に、フェルナンドが彼を殺してたんだもの。

 まあ叔父の婚約破棄がきっかけで家が降爵しなくてはならないほど落ちぶれた挙句、祖父がその遺児に財産を譲ろうとしてるのに、死んだはずの本人が亡くなった父親そっくりの笑顔で寄ってきたら腹立つよね。
 地下闘技場での試合の後、高級宿でヘススと出会って事情を聞いて、私とフェルナンドが驚いたことは言うまでもない。
 ヘススはフェルナンドの亡くなった父親そっくりだったし、後で会った衛兵隊長からも二十年間のことを聞いたので、発言に間違いは無いと判断した。

 とはいえ難しい問題だから、ロレンソ達の婚約披露パーティへ行くまでの三ヶ月、私達は裏取りをしていた。
 フェルナンドの祖父、先々代セラーノ家当主とヘススが再会したりもした。
 ヘススは一旦住んでいる島へ戻って、婚約披露パーティに合わせて王都へ来たのだ。

 両親の件についてはデロタに罪はないし、実行犯のふたりはもう生きてない。
 でも、だからといって彼女をセラーノ家の血筋と認めることは出来ない。
 あのときのデロタは怒って泣き喚いていたけれど、かなり恩情のある解決だったと思うよ。

 ヘススはデロタが自分の子どもでないことは宣言したものの、セラーノ家とは絶縁状態のままだ。
 島へ戻って漁師を続けている。
 今の家族を大切にしているようだ。

 フェルナンドはたぶん、ヘススが島で結婚して作った子ども達にはなんらかの支援をおこなう気だと思う。
 複雑な気持ちは今もあるだろうが、ヘススは一度死んだのと同じだ。本人も反省しているのだから、いつまでも二十年前のことで責め続けても仕方がない。
 ヘススの父であるフェルナンドの祖父もそのつもりだろう。

 ──そして、なぜか、私はフェルナンドと婚約することになった。

「エミリア、貴女が手を握ってくれていたから、俺は叔父上を手にかけないでいられたんです。侯爵邸でだって、貴女がいなければ彼女デロタを殺していたかもしれない」
「フェルナンド様はそこまで野蛮な方ではないと思いますわ」
「そう見えてますか?」

 一ヶ月に一度の交流お茶会はしていないけれど、フェルナンドは毎日のように私を連れ出してくれる。
 今日は王都の植物園でデート中だ。あの地下闘技場の試合の日のように、私は彼に贈られたドレスを着ている。髪にも彼からの贈り物、そのふたつ名を思い出すような紅玉の飾りをつけている。
 デートのときの彼の手は、いつも私の手を握っていた。

 これまでは王都に滞在するときは高級宿に泊まっていたフェルナンドだが、今後のことも考えて降爵した際に売ったセラーノ伯爵家時代の館を買い直して常駐している。
 使わないときの人件費や維持費を払っても大丈夫だと考えたのだろう。
 なにしろ私の父が、セラーノ子爵家の専属薬師になったからね! 子爵領の運営は先々代が頑張ってくれている。

「俺は地下闘技場で『アカい黒豹』のふたつ名を持つほど野蛮な男なのに? 貴女の知っている前世の物語の中では殺人鬼だったじゃないですか」

 フェルナンドに告げたことは夢で見たのではなく、前世の物語で読んだのだということは白状した。
 そんなわけのわからないことを言う人間とは……と、婚約の申し込みを考え直してくれるのではないかと思ったのだ。
 私の夢は薬師だし。

「不安になると私の手を握って離さないフェルナンド様は、黒豹というより黒猫ですね」

 つないだ手を上げて見つめると、彼は嬉しそうに微笑む。

「そうですよ、貴女といると甘えん坊の猫になってしまう。きっと俺達は前世でも夫婦で、貴女は今世で俺が道を誤らないように記憶を取り戻してくれたんです」

 前世の記憶があると教えても、フェルナンドの意思は変わらなかった。
 私達は前世から関係があったに違いないと言うのだ。
 個人情報は相変わらずふわっとしているので、あり得ないこともない。独身喪女の記憶が強いのは少女漫画を読んだのがそのときだったからで、その後で前世のフェルナンドと出会って結ばれた……だったら良いな、と少し思っている。

「貴女の薬師になるという夢を止める気はありません。我が家はチャベス侯爵家ほど大きい家ではないので、祖父と俺がいれば運営出来ます。いずれは俺達の子どもも手伝ってくれるでしょうしね。先生のことも大切にします。もちろん薬師の仕事の合間に、貴女に手伝ってもらえたら嬉しいですよ。……いつも一緒にいたいので」

 そう言って、上げた私の手の甲に口付ける黒猫が殺人鬼に変わる未来は、きっともうない。
 あの日、地下闘技場でフェルナンドが捧げてくれた勝利はいつの日か、私の胸で咲き誇る愛の花に変わるのかもしれない。今髪に飾られた紅玉のように鮮やかな花に。
 ……だったら良いな、と思っている。

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