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余話 愛の花を捧げたい。~後編~
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フェルナンドは鏡を見た。
ここは王都のセラーノ子爵邸。今日は婚約者のエミリアとのデートの日だ。
自分の顔を撫でてひとりごちる。
「やっぱりそっくりですよねえ」
さっき夢を見て前世を思い出したが、それは単なる記憶に過ぎない。
今のフェルナンドはフェルナンドでしかない。
エミリアの言っていた少女漫画『愛の花を君に捧げよう』に出てくる殺人鬼でもない。
前世の直人は、あの爆発では死ななかった。
死んだのは笑莉だけだ。
襲撃者がノーコンで、投げた爆弾が直人を通り越して背後で部屋を出たところだった笑莉を直撃したのである。直人は狂犬に戻り、男とその仲間達を血の海に沈めた。組織でも制御しきれない危険な人間と判断されて、理事の話も無くなった。
「俺のほうが後で死んだのに、どうしてこっちでは先に生まれたのでしょうか」
自分は年下扱いが嫌だったのだろうか、いや、あれはあれで悪くなかった、などと思いながらフェルナンドは支度をする。
フェルナンドは、エミリアが笑莉の転生だと確信していた。
漫画のことを覚えていただけでなく、フェルナンドが殺人鬼になるのを止めようとしてくれたお人好しがそう感じさせるのだ。笑莉は黒焦げになっていたから、結局顔はわからないのだけれど。
とはいえ、だから愛しているのだとは思わない。
フェルナンドは学園在学時から、恩人の娘が苦労していることを心配しているうちに彼女に惹かれていた。
婚約者のいる相手に近づかない理性を持っていただけだ。彼女に服も贈らずに、古臭い格好をしていると陰口を叩いていたロレンソには怒りしかなかった。前世の精神のままだったら暴れてロレンソから奪っていたかもしれない、と思って苦笑する。
「先生も親父さんそっくりだし、どこかでなにかがつながってるのかもしれませんね」
初めて闘士として地下闘技場に立ったときの古巣に戻ってきたかのような安心感を思い出す。
それは前世が直人だったからなのかもしれない。
前世で笑莉が亡くなった日、直人は彼女に見えないように後ろ手で花束を持っていた。大きなものではなかったものの、郵便受けからでは渡せないものだった。最初で最後の贈り物のつもりだったのだ。
「前世の直人の巻き添えで笑莉が亡くなったことは話しておきましょう。……見捨てられないと良いのですが」
前世でも関係があったに違いないと言い張って婚約したのは、なにか根拠があったからではない。
ただひたすらにエミリアを愛していたからだ。
彼女を欲していたからだ。
フェルナンドは、もうエミリアのいない人生など考えられない。
自分よりも遥かに小さな彼女の手に包まれて、その温もりを感じることで幸せになれる。
この胸で咲く大輪の愛の花は彼女に捧げるためにあるのだ。
直人の記憶が戻る前から、フェルナンドは漫画とやらの中の自分の行動が理解出来ていた。
存在を認識されていなくても、自分はエミリアに好意を抱いていた。
その相手に殺人という最低の行動を目撃されたのだ。自分が死ぬか、相手を同じところへ落とすしかないと考えたに違いない。
(今の俺の手は血で汚れてない。……少なくとも人間の血では)
魔獣の血は計算に入れなくても良いだろう。
(俺は貴女を愛しても許されますよね?)
服に宝石、さまざまな装飾品──いくら捧げてもフェルナンドの胸の花の大きさには足りない。
とはいえフェルナンドは、今はまだ自分の愛そのものを捧げるのは早いとわかっていた。
彼女が同じ気持ちになってくれるまでは一方的な押し付けにしかならない。
(いつか貴女の心にも……)
愛の花が芽生えて欲しいと、フェルナンドは願っている。──なにがあろうと彼女を手放す気はないものの、彼女の幸せを望んでいるのも真実なので。
ここは王都のセラーノ子爵邸。今日は婚約者のエミリアとのデートの日だ。
自分の顔を撫でてひとりごちる。
「やっぱりそっくりですよねえ」
さっき夢を見て前世を思い出したが、それは単なる記憶に過ぎない。
今のフェルナンドはフェルナンドでしかない。
エミリアの言っていた少女漫画『愛の花を君に捧げよう』に出てくる殺人鬼でもない。
前世の直人は、あの爆発では死ななかった。
死んだのは笑莉だけだ。
襲撃者がノーコンで、投げた爆弾が直人を通り越して背後で部屋を出たところだった笑莉を直撃したのである。直人は狂犬に戻り、男とその仲間達を血の海に沈めた。組織でも制御しきれない危険な人間と判断されて、理事の話も無くなった。
「俺のほうが後で死んだのに、どうしてこっちでは先に生まれたのでしょうか」
自分は年下扱いが嫌だったのだろうか、いや、あれはあれで悪くなかった、などと思いながらフェルナンドは支度をする。
フェルナンドは、エミリアが笑莉の転生だと確信していた。
漫画のことを覚えていただけでなく、フェルナンドが殺人鬼になるのを止めようとしてくれたお人好しがそう感じさせるのだ。笑莉は黒焦げになっていたから、結局顔はわからないのだけれど。
とはいえ、だから愛しているのだとは思わない。
フェルナンドは学園在学時から、恩人の娘が苦労していることを心配しているうちに彼女に惹かれていた。
婚約者のいる相手に近づかない理性を持っていただけだ。彼女に服も贈らずに、古臭い格好をしていると陰口を叩いていたロレンソには怒りしかなかった。前世の精神のままだったら暴れてロレンソから奪っていたかもしれない、と思って苦笑する。
「先生も親父さんそっくりだし、どこかでなにかがつながってるのかもしれませんね」
初めて闘士として地下闘技場に立ったときの古巣に戻ってきたかのような安心感を思い出す。
それは前世が直人だったからなのかもしれない。
前世で笑莉が亡くなった日、直人は彼女に見えないように後ろ手で花束を持っていた。大きなものではなかったものの、郵便受けからでは渡せないものだった。最初で最後の贈り物のつもりだったのだ。
「前世の直人の巻き添えで笑莉が亡くなったことは話しておきましょう。……見捨てられないと良いのですが」
前世でも関係があったに違いないと言い張って婚約したのは、なにか根拠があったからではない。
ただひたすらにエミリアを愛していたからだ。
彼女を欲していたからだ。
フェルナンドは、もうエミリアのいない人生など考えられない。
自分よりも遥かに小さな彼女の手に包まれて、その温もりを感じることで幸せになれる。
この胸で咲く大輪の愛の花は彼女に捧げるためにあるのだ。
直人の記憶が戻る前から、フェルナンドは漫画とやらの中の自分の行動が理解出来ていた。
存在を認識されていなくても、自分はエミリアに好意を抱いていた。
その相手に殺人という最低の行動を目撃されたのだ。自分が死ぬか、相手を同じところへ落とすしかないと考えたに違いない。
(今の俺の手は血で汚れてない。……少なくとも人間の血では)
魔獣の血は計算に入れなくても良いだろう。
(俺は貴女を愛しても許されますよね?)
服に宝石、さまざまな装飾品──いくら捧げてもフェルナンドの胸の花の大きさには足りない。
とはいえフェルナンドは、今はまだ自分の愛そのものを捧げるのは早いとわかっていた。
彼女が同じ気持ちになってくれるまでは一方的な押し付けにしかならない。
(いつか貴女の心にも……)
愛の花が芽生えて欲しいと、フェルナンドは願っている。──なにがあろうと彼女を手放す気はないものの、彼女の幸せを望んでいるのも真実なので。
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