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第三話 約束
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「おめでたいことですわ」
私との婚約を解消なさった王太子アンドリュー殿下は、意中の寵愛男爵令嬢グリーディ様と新しい婚約を結ばれたのです。
身分の差を口にする重臣の方々もいらっしゃったそうですが、初めて死神令嬢に打ち勝った彼女でなければ殿下の婚約者は務まらないという意見も多く、最終的にご実家を伯爵家へ陞爵させることで話がまとまったそうです。
毒の後遺症もなく学園へ戻ったグリーディ様には多くの護衛がつけられているというお話です。
「……キャロル嬢はこれからどうなさるおつもりなのですか?」
「逃げたと言われるかもしれませんが、母の実家のある帝国へ行こうかと思っています。未来の国王陛下に殺人犯だと思われたままで、この王国で暮らすのは難しいですから」
「そんな……ッ! そんなことを言わないでください。僕がきっと貴女の無実を証明してみせます! 怪しい人間に心当たりがあるのです」
「怪しい方……?」
私は首を傾げました。
ひとり目の伯爵令嬢の婚約者もふたり目の公爵令嬢(もちろんベンジャミン様のチェンバレン公爵家とはべつの公爵家です)の婚約者も、怪しいところはなかったという調査結果が出ています。
グリーディ様には確か婚約者はいらっしゃいませんでした。彼女は男爵家当主の愛人の娘で、つい先日嫡子の死に伴って引き取られたばかりなのです。
「毒杯を持ってきた給仕は、ひとり目のときが男性でふたり目のときは女性でした。でも小柄な体つきが共通していることから、同一人物が変装した姿だったのではないかと言われています」
「ええ、そうですわね」
「事件の後で王宮中を捜索されても見つからなかったのは、さらにもうひとつの顔があったからではないかと思うのです」
「もうひとつの顔ですか?」
「はい。給仕に扮していた人物の正体は、あの日王宮に招かれていた貴族子女のひとりだったのではないかと思うのです」
「そんな莫迦な! どうしてそのようなことをするのです?」
「理由はいろいろ考えられます。その貴族子女としての姿さえ偽りで他国の工作員だったとか、ひとり目の令嬢の婚約者に雇われた暗殺者でふたり目と三人目は偽装のために殺そうとしたとか……」
そこまで言って、ベンジャミン様は真っ直ぐに私の顔を見つめました。
「私の顔になにかついていますか?」
「いいえ! そうではなくて……そうではなくて、貴女がとても美しいので見惚れてしまっていたのです。今だけではありません。僕はずっと、ずっと前から貴女の美しさに囚われていました」
「ベンジャミン様っ? 私は……」
言いかけて気づきました。
私はもう殿下の婚約者ではありません。
私が気づいたということに、ベンジャミン様もお気づきになったようです。私と視線を合わせて首肯なさいます。
「そうです。貴女はもうアンドリューの婚約者ではありません。貴女が帝国へ行かれるというのなら引き留める気はありません。僕はこれまで貴女を助けることなど出来なかったのだから。ですが、少しだけお待ちいただけないでしょうか。僕は絶対に、貴女の無実を証明してみせます」
彼の瞳に私が映っていました。死神令嬢ではない、婚約者に捨てられた哀れな令嬢の姿です。
「僕に婚約者がいないのは、ずっと貴女を想っていたからです。貴女は僕の初恋の女性なのです。アンドリューの婚約者として紹介されたのが初対面なのに、恋してしまった。どうしても諦めきれなかった。ずっと貴女を見つめてきた僕だから知っています。貴女は死神令嬢ではありません。この世にただひとりのキャロル嬢です」
不意に頬が熱くなりました。
指で触れると肌が濡れています。
私は泣いていたのです。
「ありがとうございます。ベンジャミン様、それではお約束いたします。学園の退学手続きが終わり次第、帝国へ向かう予定でしたが、貴方が私の無実を証明してくださるまでお待ちいたしますわ」
「ありがとうございます!」
「お礼を言うのは私のほうですわ。私を信じてくださってありがとうございます」
「貴女が無実だと、僕は知っているのですよ」
ベンジャミン様が微笑みました。
私との婚約を解消なさった王太子アンドリュー殿下は、意中の寵愛男爵令嬢グリーディ様と新しい婚約を結ばれたのです。
身分の差を口にする重臣の方々もいらっしゃったそうですが、初めて死神令嬢に打ち勝った彼女でなければ殿下の婚約者は務まらないという意見も多く、最終的にご実家を伯爵家へ陞爵させることで話がまとまったそうです。
毒の後遺症もなく学園へ戻ったグリーディ様には多くの護衛がつけられているというお話です。
「……キャロル嬢はこれからどうなさるおつもりなのですか?」
「逃げたと言われるかもしれませんが、母の実家のある帝国へ行こうかと思っています。未来の国王陛下に殺人犯だと思われたままで、この王国で暮らすのは難しいですから」
「そんな……ッ! そんなことを言わないでください。僕がきっと貴女の無実を証明してみせます! 怪しい人間に心当たりがあるのです」
「怪しい方……?」
私は首を傾げました。
ひとり目の伯爵令嬢の婚約者もふたり目の公爵令嬢(もちろんベンジャミン様のチェンバレン公爵家とはべつの公爵家です)の婚約者も、怪しいところはなかったという調査結果が出ています。
グリーディ様には確か婚約者はいらっしゃいませんでした。彼女は男爵家当主の愛人の娘で、つい先日嫡子の死に伴って引き取られたばかりなのです。
「毒杯を持ってきた給仕は、ひとり目のときが男性でふたり目のときは女性でした。でも小柄な体つきが共通していることから、同一人物が変装した姿だったのではないかと言われています」
「ええ、そうですわね」
「事件の後で王宮中を捜索されても見つからなかったのは、さらにもうひとつの顔があったからではないかと思うのです」
「もうひとつの顔ですか?」
「はい。給仕に扮していた人物の正体は、あの日王宮に招かれていた貴族子女のひとりだったのではないかと思うのです」
「そんな莫迦な! どうしてそのようなことをするのです?」
「理由はいろいろ考えられます。その貴族子女としての姿さえ偽りで他国の工作員だったとか、ひとり目の令嬢の婚約者に雇われた暗殺者でふたり目と三人目は偽装のために殺そうとしたとか……」
そこまで言って、ベンジャミン様は真っ直ぐに私の顔を見つめました。
「私の顔になにかついていますか?」
「いいえ! そうではなくて……そうではなくて、貴女がとても美しいので見惚れてしまっていたのです。今だけではありません。僕はずっと、ずっと前から貴女の美しさに囚われていました」
「ベンジャミン様っ? 私は……」
言いかけて気づきました。
私はもう殿下の婚約者ではありません。
私が気づいたということに、ベンジャミン様もお気づきになったようです。私と視線を合わせて首肯なさいます。
「そうです。貴女はもうアンドリューの婚約者ではありません。貴女が帝国へ行かれるというのなら引き留める気はありません。僕はこれまで貴女を助けることなど出来なかったのだから。ですが、少しだけお待ちいただけないでしょうか。僕は絶対に、貴女の無実を証明してみせます」
彼の瞳に私が映っていました。死神令嬢ではない、婚約者に捨てられた哀れな令嬢の姿です。
「僕に婚約者がいないのは、ずっと貴女を想っていたからです。貴女は僕の初恋の女性なのです。アンドリューの婚約者として紹介されたのが初対面なのに、恋してしまった。どうしても諦めきれなかった。ずっと貴女を見つめてきた僕だから知っています。貴女は死神令嬢ではありません。この世にただひとりのキャロル嬢です」
不意に頬が熱くなりました。
指で触れると肌が濡れています。
私は泣いていたのです。
「ありがとうございます。ベンジャミン様、それではお約束いたします。学園の退学手続きが終わり次第、帝国へ向かう予定でしたが、貴方が私の無実を証明してくださるまでお待ちいたしますわ」
「ありがとうございます!」
「お礼を言うのは私のほうですわ。私を信じてくださってありがとうございます」
「貴女が無実だと、僕は知っているのですよ」
ベンジャミン様が微笑みました。
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